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恋探偵!姫崎ヒメノ~和歌のヒミツを解き明かせ!【児童小説】

「うーん! わかんないなあ」
 あたしは何回目かのため息をついて、手に持った手紙を高くかかげた。自分の部屋の、魚の形をしたペンダントライトに透かしてみても、なんにも変わらない。いたってフツーの手紙だ。
夢佳ゆめかちゃん、お手紙きてるわよ」
 そう言ってママがポストから出してきた手紙は、シンプルな白い封筒だった。宛名のところにはたしかにあたしの名前『池野夢佳さま』と書かれている
「差出人が書いてないけど、心当たりある?」
「んー。わかんない。友だちかなあ」
 あたしたちの学校では、こういう手紙のやり取りがはやっている。直接とどけたい相手の家のポストに手紙を入れて、返事を出し合う遊びだ。メールとかチャットアプリとかでいろいろやりとりもできるけど、やっぱりお手紙をもらうとうれしい、って大盛り上がりなんだよね。
 でも、友だちからの手紙はだいたいキラキラしてて、かわいい封筒とシールでたくさん飾られているんだけど、この手紙は違った。だから、何か変だなって思う。
 たぶんすごく心配したんだと思う。「お母さんもいっしょに見ていい?」ってママが言ってきたけど、あたしは断った。だって、もし友だちからの手紙だったらママに見られるのすごくイヤ。
 ママは不満そうだったけど、変な手紙だったらすぐに相談することを約束して、部屋に持ち込むことに成功した。
「でも、わかんないんだよね」
 かわいさのかけらもない封筒の中には手紙が一枚。そこにはこう書かれていた。

【水枯れて 池のゆめみし鯉わずらふ ひさしくまつは 文月の雨】

「これ、短歌ってやつだよね」
 残念ながら、あたしはあんまり古典が得意じゃない。中学に上がったばっかりの定期テストでもさんざんだったのに、こんな難しい言葉を使われても、何言ってるのかわかんない。
 あたしはもう一回ため息をついて、ベッドに寝ころびながら手紙を眺めた。よく見ると、手紙の裏に何か書かれている。
「久松……あめ
 思わずガバっとベッドから起き上がる。
「天くん!?」
 天くんは、小学校からの友だちだ。頭が良くて、読書家で、中学校は私立に行っちゃった。それでも、近所だし、会えば話すし、一緒に遊ぶこともあった。でも……。
「天くんのバカ!」
 よりによってこんな意味わかんないの、くれなくてもいいじゃない。
 手紙をくれるの、ずっと待ってたのに。とどいたのがこんな変な手紙で、しかも意味わからないし。なんだか悲しくなってきて、あたしはクッションに顔を押しつけた。

 こうなったらしょうがない。あんまり頼りたくなかったけど、あの子に聞くしかない。
 他ならぬ天くんの手紙だもん。読むのをあきらめるなんて、ぜったいにイヤ!
 クッションからバフっと顔をあげて、あたしはスマホを取り出した。

 ***

「で、私が選ばれたってワケね?」
 そういって、姫埼ヒメノはキレイな顔でにっこり笑った。

 ヒメノの部屋は相変わらず整っている。大人っぽい焦げ茶色の学習机に、同じ色の木彫りのイス。カーテンは細かな花もようで、アンティークなピンク色がヒメノによく似合っている。壁一面の本棚には、あたしが知らない、きっと読もうとも思わない本がいっぱい詰まっていた。

 あたしと姫埼ヒメノは幼なじみ。家がとなりだったものだから、幼稚園から中学校までおんなじで、気心知れた友だちだ。
 ヒメノは髪の毛がつやつやしてて、目もパッチリ大きくて、名前の通りお姫様みたいな顔をしている。
「ちょっと状況を整理してもいいかしら?」
 ヒメノはさらっと流れる黒髪をかき上げて、あたしにほほ笑みかける。
「久松天くんからのお手紙がきた、でも内容がわからない、と」
 そこまで言って、ヒメノはくるりと首をかしげた。
「あら、でも久松くんって、水野三中みずのさんちゅうじゃないわよね? 私立に行ったって聞いてたけど」
「……そう」
「なんで夢佳ちゃんの家に手紙が届くの?」
「そ、それは」
「あらあら、あらあら、あーらあら!」
 ほら、やっぱりこうなる。この美人なあたしのお友だちは、そっち方面……恋愛に関しての勘がするどい。どんどん顔が熱くなるあたしを見て、ヒメノはにやにやが止まらないみたいだった。
「うふふ、いいわよ。この恋探偵! 姫埼ヒメノにお任せあれ!」
「その恋探偵っての、まだ生きてたんだ」
 姫埼ヒメノは恋愛が大好物。だから、恋の悩みはヒメノに相談すれば、だいたいのことは解決してしまう。
 小学校の時は大変だった。ヒメノに話を聞こうとして、たくさんの女子が列を作っている姿はちょっと面白かったのを覚えてる。いつの間にか『恋探偵』ってあだ名までつけられて、しかも本人もそれがお気に入りなんだよね。
「当たり前よ。だって私、こういうのに目がないんだもの」
 そう言って、ヒメノはあたしが持ち込んだ手紙を手に取った。
「あらあら、なるほど、あらあら……」
 ヒメノは頷きながら手紙を読んで、キャッと言って頬を押さえる。
「やだ、もう! 久松くんたら積極的なんだから!」
「え!? なに? なにかわかったの!?」
 思わずつめよると、ヒメノは顔を真っ赤にしながらこほんと咳をした。
「私、この和歌の内容はわかったわ」
「ほんと!?」
「ええ。でも、伝えていいのか迷ってるの。たぶん、久松くんは夢佳ちゃん本人にだけ、この和歌のことを言いたかったんじゃないかって思うのよ」
 あたしはまよった。
 天くんがあたしだけにくれたメッセージなんだ。きっとヒメノはその天くんの気持ちに気づいて、気配りをしてくれているんだ。
「ヒントなら出せるわよ。どう? 夢佳ちゃん」
「……あたし、がんばって読んでみる」
 天くんのメッセージだもん。あたしが読まなきゃ意味がない。
 その言葉をきいて、ヒメノはお花が咲くみたいににっこり笑った。
「じゃ、ヒント」
 あたしは、ごくりとのどをならした。
「これは、掛詞よ」
「かけ、ことば」
「古典の授業で習ったじゃない」
「そうだっけ?」
 だから、古典は苦手なの!
 ヒメノは呆れたように肩をすくめると、もう一度手紙を開きなおした。

【水枯れて 池のゆめみし鯉わずらふ ひさしくまつは 文月の雨】

「じゃあ、この和歌の表の意味だけ教えるわね」
「表?」
「そう。掛詞が使われている和歌は、表と裏の意味があるの。表は、普通に読んだ時の意味ね。で、裏はその和歌が本当に言いたいことが書かれているのよ」
 なるほど、とあたしはうなずいた。
「この『水枯れて』はそのままの意味ね。水が枯れてしまって、ということ。『池のゆめみし』は池の夢を見た、という意味よ。そうすると、池の中の『鯉わずらふ』……これは、鯉が病気になってしまった、ということね」
 ここまでは分かった。つまり、水が枯れてしまって、池の夢を見た鯉は病気になってしまった、ということなのかな。
「『ひさしくまつは』は、長く待っている、という意味。文月は七月だけど、雨がかかっているとなると、梅雨を指すのかもしれないわね」
「つまり、繋げると……」

【水が枯れてしまって、池の夢を見た鯉は病気になってしまった。はやく梅雨が来て雨が降らないだろうか】

 ヒメノは新しいレポート用紙を出すと、そこにきれいに文字を書きつけた。
「これが、表の意味ね。裏の意味は夢佳ちゃんが解いてね」
「えー!」
 あたしは思わず声を出す。だって、こんなところで放り出されても、ぜったいにわかんない。
 あたしのその様子に、ヒメノはくすくすと笑って、本棚から一冊の本を取り出した。それをえいと床に置く。
「げ」
 古語辞典だ。うそ、まじで?
「なんて顔してるの、夢佳ちゃん。私も見ててあげるから、一緒にがんばろう!」
 しょうがない。あたしは覚悟を決めて古語辞典を手に取った。

【水枯れて 池のゆめみし鯉わずらふ ひさしくまつは 文月の雨】

「この水、っていうのは水だよね? 蛇口をひねると出てくるやつ」
「そうね」
 ヒメノは頷く。
「でも、そうじゃないかもしれない。次の『枯れて』を見てみましょう」
 ぱらぱらと古語辞典を開く。
「あった! 『枯れ』は……『れ』……? はなれて、ってこと?」
「そう。枯れる、は離れる、の掛詞なのよ。そうすると、その水っていうのは……」
「離れる……」
 あたしは、はっとひらめいた。
「もしかして、中学校のこと?」
 あたしたちが通っている中学校は、水野三中……水だ。
「それでいきましょう」

【水野三中から離れて 池のゆめみし鯉わずらふ ひさしくまつは 文月の雨】

 レポート用紙に、新しい文字が書きつけられた。
「次は、『池のゆめみし鯉わずらふ』だけど」
 ヒメノは、ちらっと意味ありげにあたしを見た。
「ちょっと、がんばってみてほしいわね」
「えっ……わかった、やってみる」
 あたしは古語辞典を引き寄せた。
「えっと、池、池……」
 その横で、ヒメノがそわそわと体をゆすっていた。
「夢佳ちゃん」
「なに?」
 今、ちょっと忙しい!
 この辞典っていうやつ、すごく重いし文字が細かい。だからなかなか文字が見つからなくて、あたしはちょっとぶっきらぼうに返事をした。
「夢佳ちゃんのお名前は?」
「へ?」
「夢佳ちゃんの、お名前は?」
「あたし? あたしは、池野……」
 うそでしょ?
 あたしはもう一度手紙を見直した。
「池の、は、池野? あたし? じゃあ、この『ゆめみし』って……」
 待って、待って、展開に頭がついていかない。
 ヒメノは、この和歌は掛詞だって、何か裏の意味があるんだって言っていた。顔がどんどん熱くなっていく。
「あ、あのさ」
「なにかしら」
「これって、そういうこと? そういうことなの?」
 ヒメノは頬をぽっと染めて、小首を傾げる。
「……夢佳ちゃんも分かったことだし、最後の句も読んでみましょうか」
 あたしは深呼吸した。そうだね、途中までで浮かれてて、最後で突き落とされたらたまんない。
「『ひさしくまつは 文月の雨』だけど」
 ヒメノはこほんと咳をする。
「もうわかるでしょ? この『ひさしくまつ』は」
「久松天の、久松……」
 口に出して、あたしはドキドキが止まらない。
「そう。久松くんは、自分の名前と、久松くんの思いを歌に込めたのね。『ひさしくまつ』は、長く待っている、ということ」
「じゃ、じゃあ『文月の雨』は!?」
 ヒメノはす、と古語辞典を指さした。
「あーもう! わかった! 調べる、調べるってば!」
 ふ、ふ、ふ、と口に出しながら、あたしは古語辞典をめくった。
「ふみつき、だけど、これは七月っていう意味だけで考えない方がいいのかな」
「分解してみたらどうかしら?」
「分解?」
 ヒメノにヒントをもらって、あたしはもう一度考える。この『文月』を、『文』を『月』に分けると……。
「文、は……そっか、手紙。じゃあ、月は?」
「それは掛詞ではなく、言葉遊びになるかしら。月は『つき』と読むでしょう。つまり」
「手紙が、着く……?」
「ご名答!」
 嬉しそうに手を叩くヒメノに、あたしは困った顔をかくせない。だって、こんなの想像していなかったんだもの。
「どうしよ、ヒメノ、あたし、どうしたらいい?」
「……夢佳ちゃんの気持ちはどうなの?」
 あたしの気持ち。……そんなの決まってる。だってあたしはずっと天くんを見ていたんだもの。
 あたしはこくりと頷いた。まだ顔が熱い。でも、それ以上に悔しい気持ちで胸がいっぱいだった。
「ねえ、ヒメノ、あたしも和歌、書きたい!」
「夢佳ちゃん?」
「うん! だってこんな回りくどいことされて、あたしほんと腹が立ったの。だから、仕返ししてやりたい!」
 ぜったい、ぜったいに許さないんだからね!
「ね、ヒメノ! 返事を書くの、てつだって!」
 そういうと、ヒメノはにっこり笑った。
「うふふ、いいわよ。この恋探偵! 姫埼ヒメノにお任せあれ!」

【水枯れて 池のゆめみし鯉わずらふ ひさしくまつは 文月の雨】

(水野三中から離れて、池野の夢を見た。これは恋わずらいだ。手紙が着くのをずっと待っている。久松天より)

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