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掌編小説 記憶の玉

冬晴れの並木道、すっかりむきだしになった梢の間にぽつんと丸いものが見えた。鳥の巣だろうか。五階建てのビルとならぶ高さにあり、目を細めてみても、微かに凹凸と陰影がみとめられる以外はよくわからない。

「あの玉は何だろう」

思わず口にすると、どこからか呆れたような声がした。

――あなた、あそこから来たんじゃないですか。

いや、まさか。反論しようとあたりを見まわしたが、誰の姿もない。吹きつけた風に肩をすくめ、ウールコートのポケットに手を入れると、硬いものが右の指先に触れた。

取り出してみると、こちらもまた玉だった。無色のガラス状で、この季節の澄んだ空気がこごったようだ。

しるしだ。そう直感した。もうひとつの眼球のように片目にあて、ふたたび樹上の玉を見る。光の屈曲で世界が上下反転し、ゆらりと迫ってくる。

指先の玉越しに目を凝らすと、鳥の巣のように見えたものは樹上などではなく、もっともっと遠くにありそうだ。どうやら天体らしい。漆黒の靄が渦を巻き、ふくらみながらまだらに光る。光は間断なく弾け、どんどんまぶしくなっていく。玉が、映し出す天体に共鳴するように熱く震える。わたしは何かに支配されたように、指を下ろすことも、まぶたを閉じることもできない。

閃光が走って視界が白一色になった。あっと声を上げた瞬間、記憶が降りてきた。

そうだった。ずいぶん前には、あちら側からこんなふうに地球をのぞんでいた。透きとおる青い玉に憧れて、わたしはここにやってきたのだ。




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