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読書メモ『スモモの木の啓示』ショクーフェ・アーザル著

『スモモの木の啓示』(英題:The Enlightenment of the Greengage Tree)
ショクーフェ・アーザル著/堤 幸 訳 白水社 2022年
※原著はペルシャ語。英訳からの邦訳だそうです。

亡命イラン人作家による長編。イスラーム革命に翻弄される一家の姿が、末娘である13歳の少女の視点から語られます。首都テヘランから、隔絶された北部の村へ。革命の火の手を逃れたつもりが逃れきれない。果たしてどうなることか……。そんな様子がマジックリアリズムの手法で描かれます。

「わ、重そう」と敬遠する方もいらっしゃるかもしれません。でも、ぜひ手に取ってページをめくってみてください。きっと、これからの読書の地形や、世界への向き合い方が変わっていくはずです。

わたし自身、読書会のメンバーの方に薦めていただいていなかったら、読んでいたかどうか。実際、扱っているテーマや作中の事実はまったく軽いものではなく、むしろ、苦しすぎるくらいです。始まりからして、母が「スモモの木の啓示」を受けたのは兄が政治犯として処刑された瞬間だったというもので、以降も目を背けたくなるような現実が続いていくのですから。

厳しい現実や切実な思いなど、「ほんとう」のことをどう書くか、きっと作者は悩んだはずです。正面から書けば命が危うい。それに、いったいどれだけの人が読んでくれるかと。

だからこそ、空想や幻に託したのでしょう。物語の運びは、現実と幻、生と死との境を超越し(というよりも、混ざりあって境がない)、時間だって自由に行ったり来たり、伸び縮みしてはぐるぐるまわったり。ゾロアスター教や民話の味わい、幽鬼やふしぎな現象なども交えながら、ある意味遊び心のある奇想天外なものです(「千一夜物語」のルーツがある国だったな、と思い起こさせられます)。

そうして、一瞬の啓示から始まる、長い長い物語をひとめぐりして受けた印象は「物語の形をした祈り」でした。

キーワードはやはり「スモモの木」。
スモモと聞くと、日本では中国原産の赤い実を想像しますが、英題のGreengageはイラン原産で緑色の実をつけるもの。生でかじるのはもちろん、鶏肉と煮込むなどの家庭料理にも使われるようです。著者はスモモの木をイランの象徴として、家族、伝統、文化、歴史、誇りといった「大切なもの」をいかなる力にも屈することなく守り抜けるようにという気持ちをこめたのではないかと感じました。

著者は亡命しているとすでに述べましたが、英訳者も「安全上の理由」から名を伏せているそうです。自らの思いを言葉に取り出してみせること、またそれをわかちあおうとすること。命をかけた試みを経て、いまわたしたちがその「実」を受け取っているのですね。作中でも文学へのこだわりが随所にみられましたが、あらためて文学の役割の大切さを教えてもらった気がします。

これまでイランの文化に触れることはほとんどなかったのですが、「一部のメディアによってつくられたイメージの奥に触れたい」「実際の暮らしぶりや大切にしているものを知りたい」というように、本書を通じて強く関心を寄せるようになりました。

世界規模の感染症や不穏な社会情勢を経験して「日常」が当たり前ではないことを、多くの人がすでに実感していると思います。
たとえ大きな声でなかったとしても、ひとりひとりが暮らしのなかの気づきや喜びという「実」を送り出し、わかちあうことは「日常」を続けていくための大切な営みなのではないでしょうか。そして、その貴重な場のひとつがnoteなのかもしれません。

なお、本書は「国際ブッカー賞」「全米図書賞」最終候補作品、訳書は2023年「日本翻訳大賞」最終候補作品です。英訳はまだ読めていないのですが、時間をつくっていつか挑戦したいです。


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読書メモです。英語の勉強を兼ねて、対訳があるものを中心に楽しんでいます。よろしければ、こちらもぜひ。


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