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掌編小説 言花(ことはな)

口を開けば、言葉のかわりに花が飛び出すようになった。息が、唇から漏れ出るかどうかのところで結晶のように花となる。気持ちをうまく言葉にできなくて、日頃から悩んでいたからかもしれない。

出てくる花は、気持ちに沿ったものだった。ささやかな喜びは可憐な花、強い感動は鮮やかに咲き誇る大輪の花というように。幾重もの花びらがとりまいた丸いもの、流れるようなラインの美しいもの、小花が寄り集まって空気をはらむように揺れるもの。名も知らない様々な花が口からこぼれては、机に、床に、はらりと落ちた。

はじめは自分も相手も驚いたが、花を束ねて手渡すと、言葉よりも伝わっている気がした。

尖った気持ちをぶつけたくなるときは、とげのある花も出る。そんなときは、相手も痛いし、自分も痛い。話しながら、あるいは「花し」ながら、唇が切れ、しおからい鉄のような味がした。花を拾いあげた相手の指先にも赤い血が滲んだ。

相手を傷つけてやろうとする意図はなかった。ただ、とげを見てもらうことで、痛みをわかってほしかっただけ。反省してからは、そんな花が出そうになったら、飲みこむことにした。

そのうち、とげのある花がのどに、腹にひしめきあうようになった。何かあるたび、とげがちりちりと内側から刺した。「わたしたち、まだいます」と主張しているようだった。

ある日、ついに腹が裂けた。体も心も限界で、とげがつけた無数の亀裂を修復しきれなくなったのか。

「飲みこんではいけないものだった」

目が覚めたようになり、言花はとまった。腹を縫ったあと、取りのぞいた花の束は川に流した。それからは不器用なりに、気持ちを言葉にして表すようになった。

このときの経験のおかげで、どんな花にどんな思いがのっているかがわかるようになったので、今の仕事をしている。

――というのが、花を束ねる人の語った話。

わたしは送別会のための花束を、職場代表で店頭まで受け取りにきたのだ。渡す相手は、入社以来、十年以上ずっと一緒にやってきた同期だった。転職するなんて、ちっとも知らなかった。プライベートでも何度もメッセージのやりとりをしたり、食事をしたりしていたのに。

オフィスに戻る途中、道の脇でアザミが咲いていた。紫の綿帽子のような花の、下部のふくらみにはびっしりととげが生えている。葉先も剣先のように鋭い。アザミの傍らにしゃがんだ。茎の柔らかそうなところに慎重に指をかけ、抱えた花束をのぞきこむ。


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短い小説を書いています。よろしければ、こちらもぜひ。



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