事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第3話(2) 成瀬美月 【前編】
前話までのおさらいはマガジンで読めます。
【真之助視点】
「寿々子さん。成瀬さんに憑きまとっているストーカーはどんなやつなんですか?」
声を洩らさぬよう口元を本で隠した真が訊ねた。この本は手近な書架から適当に引き抜いたもので、背表紙には興味もないだろう郷土史のタイトルがある。
「言うなれば」
寿々子さんは記憶を呼び起こすように天井に視線を這わせた。
「血が通っていないような青白い顔に、生気のない鋭い目、艶のない総髪に、黒装束。まるで、死人のような殿方でございました」
わずかな沈黙のあと、真は瞬きを重ねて、「そりゃ、ストーカーは死者なんですもんね。死人に見えて当然ですよ」と困惑を隠しきれないといった視線を私に投げて寄越した。
フォローをしろと目で訴えているのだ。まるで、スマートフォンの操作に戸惑う祖母の千代と同じ顔をしている。
「他に特徴は?」
仕方なく真の困惑を引き継いで訊ねると、
「死者ということ、くらいでございますかね」
あっけらかんと寿々子さんは応えた。
「わたくしが数日前から異変を感じているのは不成仏霊の気配だけでございます。じっと物陰に潜み、こちらの様子を窺《うかが》っているだけで、直接、姿を見たわけではございません。しかし、多くの不成仏霊はそういうもの」
「どういうものだよ?」
さらに困惑の重ね塗りをしたような複雑な表情を浮かべた真が疑問を私に投げてくるから、仕方なく寿々子さんの補足をする。
「不成仏霊と言っても、生前の未練や執着が成仏を阻んでいるだけで、実は彼らのほとんどは『自らの死を受け入れている』ものたちなんだ。だから、ちゃんとこの世が自分の居場所じゃないことも理解している」
「それがストーカーとどう関係あるんだよ?」
「この世が自分のいるべき場所じゃないから、問題が起こるんだ。不成仏霊は常日頃、肩身の狭い思いをして、不安で押しつぶされそうになっているんだよ。文字通り生きた心地がしない。そんな彼らの望みはただひとつ、安心できる居場所が欲しい。それだけなんだ」
「安心できる場所?」
「あの世のことだよ。不成仏霊の安住の地は本来逝くべきあの世にあるから、本心では成仏したいんだ。でも、生前の未練や執着が成仏を阻んでいるせいで、その方法を知らない彼らはあの世への案内人が必要だと思い込んでいる」
「つまりは」
寿々子さんが取って代わって説明に回る。
「成仏の仕方を知ってそうな生者をストーカーすることで、あの世への案内人として相応しいか見定めているのでございます。運悪く適任者と認められた生者は命を奪われ、不成仏霊と共にあの世へ逝くこととなります」
「そんな乱暴な……」
真は恐怖のどん底にいるような顔で押し黙った。
実際、不成仏霊が他人(生者)にストーカーをする事案は稀に発生している。
「衝動に歯止めをかけるブレーキが故障したかのようでした」元不成仏霊を招聘した守護霊界の講義で貴重な体験談を耳にしたことがあるが、彼によると不成仏霊も好き好んでストーカー行為に走っているわけではないらしい。
彼は「成仏したいと願う強い欲望に乗っ取られてしまった」と二股騒動を起こした芸能人のようなことも言ったけれど、その表現は強ち大袈裟ではないと思う。不成仏霊の弱い心に浸け込み、理性を乗っ取る輩がいるのだ。
元凶だ。
元凶が憑依する対象は不成仏霊さえ例外ではなく、元凶の憑依を受けた不成仏霊が今回のように生者に対しストーカー行為を行うのだ。
ストーカー行為がエスカレートすれば、生者の言う「悪霊による憑依」の状態になり、お付き人は元凶と不成仏霊の二方向から影響を受けることになる。
二重の憑依は守護霊もかなり苦戦を強いられるから、大抵はこうなる前に何らかの手を打つのだけれど、私たちも人間、完璧ではない。
ふいに訪れるアクシデントやトラブルにより上手く力が発揮できなければ、元凶を引き寄せる運命期とは関係なく、お付き人は不慮な事故や事件に巻き込まれ、最悪の場合、命を落としてしまうことも充分起こりえる。
「幸いにも美月はまだストーカー被害の初期でございます。しかし、不成仏霊にストーカーされるなど、わたくしにとっては初めてのこと。何分、うまく追い払えるか心配で心配でなりません。美月に万が一のことがあっては遅いのでございますから」
初期の対処が不成仏霊を脅威に変えるか否かの要になる。
お付き人を守りたい気持ちが強ければ、寿々子さんのように慎重になるのも無理もない話なのだ。
次話『第4話(1) 成瀬美月 【後編】』はこちらから読めます。
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