事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第7話 (2) ナイフの芦屋
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【真視点】
バスケットコートの中、友人Aは聳え立つ巨大な壁のように立ちふさがっている。彼の長身とガッチリとした体躯に圧倒されて、対戦チームは巨人に睨まれた小人のようにすでに戦意喪失しているのが伺えた。
今ボールを持っているのは友人Aのチームメイトだ。オフェンス、つまり攻める側にある彼は対戦チームのディフェンスを振り切った。
その先には友人Aが待っている。
パスを回せば、確実にゴールが決まる――ものだと思った。
けれど、チームメイトはボールを譲らなかった。独走し、突き進み、自らシュートを放ち、ゴールを外した。彼は悔しそうに拳を振り下げた。
そんなことが一度だけではなく、他のチームメイトがボールを持ったときにも起こった。
友人Aがノーマークだろうが、パスを受けるために躍り出ようが、チームメイトたちは味方であるはずの友人Aにボールを一度も渡さぬまま、試合が終盤を迎えたとき、対戦チームの平沢が友人Aのディフェンスを振り切れず、バランスを崩して転んでしまった。
「芦屋に保健室へ連れて行ってもらえ」
足を引きずるようにして歩く平沢に、体育教師は言った。
平沢は「付き添いなんて必要ないです」と全力で辞退したが、結局は半べそをかきながら、友人Aに付き添われて、保健室へ消えた。
「今の試合、友人Aを無視していたよな?」
真之助に同意を求めたところ、数人の男子生徒が一塊になって話している内容が耳に届いた。
「ナイフの芦屋」
昨日、上野をぶん殴った友人Aを真之助がそんな名称で呼んでいたのを思い出し、オレはそいつの肩を掴んだ。
「おい。何だよ、そのナイフの芦屋って」
男子生徒は教師に注意を受けたのかと思ったらしく一瞬目を丸くしたが、相手がオレだとわかると安堵し、息を吐いた。
「知らないのか。あの人、目つきが鋭くてナイフみたいだから、ナイフの芦屋って呼ばれているんだ」
「友人Aが?」
「友人Aって呼ぶのはよせよ、ガチで殺されるぞ。ヤバい不良グループと繋がっているから、警察に目をつけられているって専らの噂だぜ」
「そんなのデマだろ」
「デマじゃねえよ。酒、タバコ、クスリに万引き、恐喝、そればかりじゃない、暴力事件を起こして一度は退学になったんだけど、親か何かのコネであっさり取り止めになって留年処分で戻ってきたんだよ」
「留年処分?」
「そ。だから一年センパイ。とっとと卒業してくれていたら、平和だったのにさ。お前、何にも知らなかったの?」
『オレにあだ名をつけてくれよ』
始業式早々、隣の席同士になったばかりで無茶なお願いをされたことを思い出す。
「オレ、崎山真。あんた、名前なんていうの?」
高校生活も三年目に入ると言葉を交わしたことがなくても学年のほとんどの顔を案外覚えてしまうものだった。しかし、隣に座るタレ目の少年には全く見覚えがなく、転校生かと思い、声をかけたのだ。
「オレに訊いてんのかよ?」
「他に誰がいるんだよ。転校生だろ?」
「ちげーよ。エーイチ、芦屋瑛市」
「よろしく」
「……ふん」
タレ目は不機嫌そうに応えた。無愛想なやつが隣になったもんだなあ、まあいいか。
オレは連日連夜のゲーム三昧により睡眠不足で一秒でも早く仮眠したかった。机の上を整え、いざ眠りの世界へ出発だ。と顔を伏せようとしたとき、タレ目が頬を赤らめ照れ臭そうに「オレにあだ名をつけてくれよ」と両手を合わせて頭を下げたのだ。目に見えない尻尾をブンブン振って。
面倒くさいやつが隣になったもんだ。
オレは本当に適当に、多頭飼育崩壊の飼い主くらい無責任にあだ名をつけた。
それなのに友人Aときたら、イケメンだねと褒められたかのように嬉しげに笑ったのだ。
「ナイフの芦屋……」
口に出して呟いてみる。実感のない軽い響きが鼓膜を上滑りしていくようだ。
昨日、上野や取り巻きたちが友人Aの姿を見た途端、尻尾を巻いて逃げ去ったのは、「ナイフの芦屋」だから。
『彼は強い、いつも負け知らずだ。なんて言ったって「ナイフの芦屋」なんだからね。学校で居眠りばかりしているから、何にも知らないんだよ』
真之助や他校の生徒でも知っていることをオレは何も知らなかった。
同じクラスで一番近い距離にいるのにオレは何も――。
「カモにされないように気をつけろよ」
男子生徒が忠告した。
その後、平沢がひとり保健室から戻ってきた。なぜか一緒だったはずの友人Aの姿はなく、授業も終わりに近づいた頃になって、ようやくのっそりと現れた。体育教師の大目玉を食らった友人Aは「トイレに行っていた」と言った。
そして、授業終了後、三年一組の教室へ帰ったオレたちは愕然とすることになる。
再び、盗難事件が起こってしまったのだ。
次話『第8話 (1) その刃が向かう先』はこちらから読めます。
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