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事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第8話 (1) その刃が向かう先

前話までのおさらいはマガジンで読めます。


第1章第1話はこちらから読めます。



【真之助視点】

 教室に戻る途中の真はぼんやりしていた。

「でさ、オレが思うにクラス全員でLINEグループを作ろうと聖子ちゃんが言ったのは恋の駆け引きなんだよ。ってなるとオレは今試されている状態なわけ。そう思うだろ?」

 ポジティブ選手権が開催されたら優勝候補間違いなしの友人A君の発言をよそに、真は「ナイフの芦屋」がよほどショックだったのか、心ここにあらずの状態で、「そうだな」といい加減な相槌を打つばかりだった。
 
 三年一組の教室の前で女子生徒の悲鳴が聞こえた。

 走る二人のあとに続いて教室に入ると、顔面蒼白の女子生徒がカバンの中身を机に広げ、「財布がない!」と叫んだところだった。

 その声が引き金となり、みんな各自の荷物を確認する。次々と声が上がった。
 
「オレもない!」
 
「私のもないわ!」

 長いことガサガサとバッグの中を探っていた真が私を見上げて、「オレのもない」と昭和時代の漫画のように頭上から葦簀よしずを垂らした真っ青な顔で唇を震わせた。

「だから、友人A君を見習って聖子先生に財布を預けようと言ったじゃないか。私のアドバイスを無下むげにするからだよ」

 被害にあった生徒は真を含め四人。その中には成瀬さんもいた。寿々子さんは成瀬さんの傍らで悔しげに爪を噛んでいる。

 私は泣き言を洩らす真をからかい半分とがめつつ、果たしてこれはどういうことだろうかと腕を組んだ。

 これまで犯人は慎重さを見受けられるほど、ある程度時間をおいてひとりずつ狙いを定めていたのに、今日は四件もの大仕事を成し遂げてしまった。

 普通の営業マンが四件の契約を取ってくれば、大手柄だと褒められるところだが、盗ったのは財布だ。

 犯人にどんな心境の変化があったのか、ずいぶんと大胆不敵になったものだと感心してしまう。

「聖子先生に知らせなきゃ」
 
 教室を飛び出そうとした女子生徒の前に立ち塞がった人がいた。学級委員長の宮下君だ。

「聖子先生にこれ以上の心配をかけるのはやめにしないか」

「どういうこと?」

 訝しげに訊ねる彼女から視線を外し、宮下君は声を張り上げた。

「みんな聞いてくれ! オレたちは子供じゃない。聖子先生のためにも、オレたちの問題は自分たちで問題を解決するべきだ。それにはみんなの協力が必要になる。今から全員で持ち物検査をしよう!」

 丸い形には「丸く収める」という意味がある。その平和の象徴である丸い眼鏡をかけた宮下君だが、角のある物言いと穏やかさを欠く提案でクラスメイトを驚かせた。動揺が駆け抜ける。

「持ち物検査はやり過ぎじゃないのか」

 そう疑問の声を上げたのは坂本君だ。学級委員長と風紀委員が対立する。

「オレはただ三年一組に犯人がいないことを証明したいだけなんだよ。持ち物検査をして盗まれた財布が出てこなければ、オレたち全員の疑いが晴れる。そうすれば、聖子先生を安心させることができるだろう」

 宮下君の自信と確信に満ち溢れた言葉でクラスの空気が一変した。

 みんなが次々と宮下君に賛同し、持ち物検査が開始されてしまったのだ。

「犯人がいない証明」

 これには坂本君も納得したようで、自ら助手を買って出た。

 ひとりずつ机の中から、カバン、個人用のロッカーまで、荷物を机の上に広げる。盗難の被害にあった生徒の参加も決まったのは公平さを保つための坂本君の案だ。

 この強硬策ともとれる持ち物検査がすんなり受け入れられたのは、クラスメイトを疑うことにみんなが疲れていたからだと思う。

 疑うことに後ろめたさを感じ、真もそうだったように疑心暗鬼になる自分自身に嫌気が差していた。罪の意識に気づき始めたのだ。

 すでに問題が解決したかのようなみんなの晴れやかな表情がそれを物語っている。

「崎山、問題なし。次は芦屋君だ」

 真の持ち物検査が滞りなく終わると、確認役の宮下君と坂本君が友人A君の横に立った。

 友人A君はハンカチやポケットティッシュ、のど飴などのカバンの中身を几帳面に並べる。

 取り分け、「これで落ちる! 年上女性の口説き方テクニック編」と銘打った洗剤のキャッチコピーのような謎のハウツー本が目を引いたが、今は気にしている場合ではない。

 友人A君の手が止まったのだ。
 
「どうした?」
 
 最初に異変に気がついたのは真だった。

「いや」
 
 何でもない、とでも言うように一度は否定した友人A君だけど、貝の中に閉じこもるような重く不自然な沈黙を身にまとった。
 
 宮下君と坂本君が顔を見合わせる。先に手を伸ばしたのは宮下君だ。

「芦屋君、中を見せてくれ」

 友人A君から強引に奪い取ったカバンを確認すると宮下君はフリーズしたパソコンのように一瞬硬直した。それから、カバンを逆さまにして乱暴に振った。中身がバラバラと落とされる。
 
「わお!」
 
 私は思わず興奮して、手を叩いた。

 宮下君はマジシャンかもしれない。歓声を上げたときは本当にそんな錯覚に陥りそうになった。
 
 聖子先生に財布を預けているはずの友人A君のカバンから突如として財布が出てきたからだ。

 それも全部で四つ。盗まれた財布と同じ数だ。真の財布もその中にある。


素敵なイラストはmaoさんに描いていただきました゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚


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きたおおじ よあけ
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