事あるときは幽霊の足をいただく!【長編小説】第3章 第6話 (1) ジンジャークッキーはいかが?
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【真之助視点】
気持ちよく晴れ渡った空に、ふかふかの布団のような雲が浮かんでいる。
何も考えず、のんきに雲の上で昼寝ができたなら、これほどの至福はないだろう。
昼休み。
東校舎と西校舎の間にある中庭に寝転んでそんなことを考えていると、一羽のカラスが水を差すように横切り、私は体を起こした。
「寿々子さんがこっちを見ているぞ」
お弁当を食べる真に促され、肩越しに振り返ると、成瀬さんが友達同士でお弁当を広げている姿があった。
その後ろで、私たちに向かって大きく手を振る寿々子さんに、真は人目を憚って小さく手を振り返す。
「おい、真之助も振れって」
「面倒だなあ」
私はお座なりに手を振って、すぐに顔を元に戻した。
成瀬さんにまとわり憑く不成仏霊のストーカーは昼休みになっても姿を現していなかった。
真はせっかく寿々子さんに成瀬さんの傍にいるよう頼まれているのに、奥手な恋愛下手が災いして、結局こうして遠くから見守っている。
これではまるで真の方がストーカーだ。
「まだストーカーは現れないのかよ?」
ストーカーがストーカーの出現を気にする可笑しな構図に、私は笑いをかみ殺して応える。
「さあ」
「さあ、じゃねえよ。しっかりしてくれ。真之助がこんな腑抜けじゃあ、成瀬さんを助けることができないだろ。今日中に不成仏霊が現れなかったら、作戦は明日も継続だからな。お前のやる気スイッチを見つけてやろうか?」
真は道を踏み外した友人を非難するように言った。情熱が沸騰している真に比べ、ぬるま湯程度の私のやる気が気に入らないらしい。
私は不良少年になったつもりで反論する。
「もともと私は納得していないんだ。仮に寿々子さんの作戦通りに動いたとするよ。それが裏目に出て、真の身に危険が迫ったとしたら誰が真を守るっていうのさ? 私は成瀬さんの守護霊じゃない、真の守護霊なんだ。そこんとこ夜露死苦」
「何が夜露死苦だよ。もう勝手にしろ、お前には頼まねえよ。そんなに気乗りしないんだったら、オレが真之助に代わって成瀬さんを守ってみせるからな」
「それは名案だ」
根拠のない自信に満ち溢れている真に賛同する。
「私は掟を順守するから、真は成瀬さんを守ればいい。そして、不成仏霊の返り討ちにあって勝手に死んじゃえばいいんだ。真が死んだら成瀬さんと付き合える可能性がゼロになるだけだからね。さあて、彼女は将来どんなイケメンと付き合うのかな」
「真之助様、申し訳ありませんでした。どうかお許しください。愚かな私をお守りください」
真は態度を急変させ、印籠の前で呆気なく非を認める悪代官のように深々と頭を下げた。
地面に額をこすりつける見事な低姿勢には感心するが、私は考えを変えるつもりはない。気乗りしないものはしないのだ。
「何度も言うけれど、寿々子さんがしていることは掟破りなんだ。自分のお付き人を守るために他の守護霊を頼ったり、まして、他人のお付き人の前に姿を現すなんて以ての外。第一、寿々子さんは印綬を帯びた立派な守護霊だ。真が心配するほどヤワじゃない。あのね」
守護霊の資格の信用性について強調するために、わざと重い口調を心掛ける。
「守護霊は厳しい訓練を乗り越えたほんの一握りの幽霊だけがなれる特別な仕事なんだよ。人の命を預かる責任があるから、生半可な覚悟じゃ務まらないんだ」
「だからって、今更聞かなかったことにはできねえよ」
「真が何と言おうと、協力するのは今日限りで延長はしない。放課後には解散だ。何て言ったってバイトの面接があるんだからね」
放課後には昨日坂本君から紹介されたファミレスのアルバイト面接が控えている。これ以上は寿々子さんの作戦に付き合いきれない。
「守護霊にとって掟は絶対なんだよ」
真は「ふん」と言い捨てると、自棄を起こしてガツガツとご飯をかきこんだ。
それから、納得のいかない顔で私に箸を向ける。
「だいたい掟を破るとどんな罰を受けるっていうんだよ?」
「それ訊いちゃう?」
私は大仰な仕草で周囲を確認してから、真の耳に口を寄せた。
「まず守護霊裁判を受け、有罪が確定した守護霊は罪人として、地獄へ連行される。そこで待ち受けているのは刀を持った鬼たちだ。やたらめったらに刀で切りつけられ、ミンチにされる。それから他の罪人の血肉と一緒に混ぜられ、小判型に整えられた挙句、熱々の地獄プレートで焼かれるんだ」
確か真が生まれる少し前に流行った歌だったと思う。お弁当から覗いたハンバーグを見て、コロッケの作り方を歌ったアニメ主題歌を思い出しながら、適当な嘘を口にした。
「三田村さんの始末書の方が百倍マシだな」
私の嘘を真《ま》に受けた真は聞かなきゃよかったと後悔を滲ませる。
今のはハンバーグの作り方なんだよと冗談の引っ込みがつかなくなった私は、
「それにしても聖子先生は強いね。プライベートで通り魔事件の被害にあったばかりなのに、クラスで盗難事件が起こってしまうだなんて、弱り目に祟り目だ」
多少の罪悪感を埋めるために盗難事件を口にしたが、聖子先生への同情は嘘ではなかった。
中庭からは東校舎一階の職員室が丸見えで、聖子先生が迷惑そうに首を横に振っている姿がある。相手は二階堂先生だ。デートの誘いを断っている様子だとすぐにわかった。
真は私の視線を辿って、二階堂先生のしつこさに呆れた様子を見せたあと、私に向き直った。そして、重大な告白をするように声を潜めた。
「真之助は財布を盗んだ犯人が誰なのか知っているんだろ?」
「知らないよ。守護霊はお付き人と常に一緒だから、真が見聞きした情報や経験が私のすべてなんだ」
「じゃあさ」
今度はずいと膝を詰めて、幸福の青い鳥を見つけたようにキラキラと瞳を輝かせた。
「クラス全員の守護霊に、犯人を知っているか聞いていけば、簡単に見つかるんじゃねえの?」
「オレって天才じゃね?」と言わんばかりの得意顔を、私は「ダメダメ」と無慈悲に一蹴する。
「犯人を捕まえたい気持ちはわかるけれど、守護霊界は生者の社会が足下にも及ばないほどプライバシーの管理が徹底しているんだ。守護霊同士が互いのお付き人の情報を交換することも御法度だ」
「別に犯人を捕まえたいわけじゃねえよ。守護霊たちに聞いて回れば、クラスの中に犯人がいないと証明されるかもしれない、そう思ったんだよ」
「また、ひとりで喋ってんのかよ。そこに誰がいるっていうんだ?」
購買部から戻ってきた友人A君がパンを片手に、同情に傾いた気の毒そうな視線を真に投球した。
素敵なイラストはmaoさんに描いていただきました゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚
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