地方製造業が『もの』を作りだしちゃう前に、企業、役所、金融機関が考えるべきこと~直前記事の【後編】も兼ねて
さて、前回の後編としての意味もあります。地方製造業が『もの』を作り出しちゃう前に考えるべきことを書きます。ちなみに下の記事が前回ですが、読まなくても大丈夫です。(読んでくれると嬉しいです)
前回の話の流れなので、企業としては「モノを作るときにどこを考えるか」、そして、行政、会議所などの地方組織や金融機関は「どこに支援すると、効果的なのか」ということについて私見を書いていきたいと思います。
結論から言えば「セリング」ではなく「マーケティング(ブランディング)」に支援しましょう。もっというと「セリング」と「マーケティング」の区別をつけましょう。
です。
※「マーケティング」と「ブランディング」は異なる概念ですが、ここでは、理解を優先し、「ブランディング」の概念まで含めてを「マーケティング」と呼ぶことにします。
セリングとマーケティングは何が違うのか
さて、ここで語句を定義しましょう。セリングとマーケティングは何が違うのか。様々な定義がネットを見ると出てきますが、ここでは、(一財)ブランド・マネージャー認定協会の定義を参考にします。
セリング
「売り込む手段」のこと。「すでにあるものを、どのように売り込むか」またその際の「売る手段」に狙いを定めた考え方
マーケティング
企業の商品・サービスを価値として創造し、消費者・顧客と価値を交換する関係を構築することである。その関係は『売れる仕組み』をつくる活動でもある
上記を見ると違いが分ると思います。シンプルにいえばセリングは『売り込む技術』で、マーケティングは『売れる仕組みを作る技術』とも言えます。
つまり、既に出来上がった商品について『さあ、この商品を売り込みましょう』がセリング、商品を作る前に『このターゲット客層にはどのような商品やサービスだと刺さるのか』を考えるのがマーケティングです。
「マーケティング」の失敗は「セリング」で取り返せない
目の前のお客様とのコミュニケーションで、この商品を買うことを納得してもらうこと、説得すること、この現場技術が「セリング」です。
マーケティングが戦略とすれば、セリングは戦術(戦闘)です。昨日大河ドラマで織田信長の足軽が今川義元を討ち取りましたが、そもそも、西の今川義元と戦うのか、北の斎藤義龍と戦うのかを決めるのが「マーケティング」で、戦場で目の前の敵を倒すのが「セリング」です。
ここまで書けば分ると思いますが「マーケティング」が失敗すると戦術が良くてもビジネスは失敗、少なくとも大成しません。例え今川義元の首を取っても、北から齋藤がより強大になって攻め込んできたら、家が滅んでしまいます。
個別の兵士の戦闘能力が高くても、全体の戦略が破綻していたら、戦争には勝てません。(個人的にはビジネスを戦闘に例えるのは余り好きでないのですが。)
具体的に見ていきましょう。都心の若い女性をターゲットにした食品商品が10食入りだったらどうでしょうか?はっきり言って、多いですよね。女性の1食当たりの消費量、購入価格帯、保存期間、そういったものに合わせていかなければいけません。
と、書くと、当たり前のように思いますが、実際の地方製造業では、「こういう商品を作ってみた、売り先はここから考える」というケースが本当に多いです。地方の経済誌を見てると「新商品開発!」の記事はやたらあるけど、記事中の製造業者のコメントには「***に売れるのではないか?」とか、とりあえずで「東京の富裕層に」とか「若い女性に」とか言ってみてる。そんな記事が大量にあります。多分、中部経済新聞なら一日3件は掲載されています。
作ってみてから「これ、どうやったら売り込めますかねえ?」みたいなことを考え出しても、もう遅いんです。大体その時点で、パッケージとか発注済みとかで、もう後戻りできないところに来ちゃったりしてる。
そこまで完成してると、もう、「マーケティング」ってやれることがないんですよ。卵買ってきて、既に作った目玉焼きを渡されたところで、もう、それは目玉焼き以外には出来ないのですよ。塩コショウをふるか醤油をかけるかぐらいだけ。
まだ、卵の段階だったら「ゆで卵」にしたり「目玉焼き」にしたり「卵焼き」にしたり、「生で卵かけご飯」にも、相手にあった、その場に応じた、色んな料理にできるのに。なぜ、卵を割る前に相談しなかったの?完成してから相談してくるの?と言う話です。
地域支援策は「セリング支援」を「マーケティング支援」と勘違いしている
そして、この企業などからの「完成してからの相談」に市役所や会議所、地場の金融機関は答えようとします。それを「マーケティング」支援という名目で。
例えば「販路開拓セミナー」「展示会出展支援補助金」「ホームページ作成補助金」「チラシ作成講座」「ビジネスマッチング」「顧客紹介」「海外EC業者紹介支援」、、、といったものです。
これ、全部「セリング」支援です。「マーケティング」支援ではないです。ホームページやチラシの作成だって、「商品が出来てから行うことは全部セリング」と思って良いです。「マーケティング」はもっと手前の活動です。
「こういう商品が出来ました!売るためにホームページ作りましょう!」「こういう商品を作ることが出来ます!海外に販路を開拓しましょう!」「こういうサービスを開発しました!サービスのチラシを作りましょう!」
全部、セリング支援です。マーケティング支援ではありません。
私も、市役所の関係のある会議で、「本市はマーケティング支援に対する補助金、支援策がない」ということを指摘しましたが、商工会議所の方が「そんなことはない!あります!」と仰いましたが、聞いてみたら、全部セリング支援だったことがあります。
「セリング支援」に偏ってしまう地域経済の特徴
では、なぜ「セリング支援」になってしまうのでしょうか。まず、「セリング」は「目の前のお客さんに対する活動」、「マーケティング」は、いわば「未来のお客さんに対する活動」といえます。
そして、「目の前のお客さん」の方が、当然直感的に思い浮かびやすい。具体的な商談相手を想起しやすいため、「足りないこと」が目に見えやすいんですね。「あそこにお客さんがいるのだけど、そこに情報に届けるためにチラシが足りない」とか「この商品を売りに行きたいのだけど、商談相手を探す時間が足りない」とか。
そのため、「企業からの要望が具体的にあがりやすい」=「政策、施策などに反映されやすい」という関係が成り立ちます。
また、基本的に地方の経営者はセリングに強い人が多い。というのがあります。セリングって、お客さんへの売り込みなので、熱意と行動力が関与する予知が大きいのです(特に耐一般消費者の商品やサービスほど)。
「営業を科学する」みたいなキャッチコピーがありますが、この場合の「営業」とは「セリング」のことが多いです。商品が既に出来上がってると、あとは営業現場個人の技術の勝負になる。そうなると、話し方とか、礼儀作法とか、熱意とかが入り込んでくる。そのことが悪いわけではないです。
売る商品が同じだったら、お客様に何人接触したか、何軒の営業訪問が出来たか、行動力の勝負であり、「休日返上でお客様のところに行きました!」と稼働時間を上げていく勝負。
営業の科学といっても、「ある程度見込み客を区別する力」であり、「いかに効率的にお客様を回るか」「いかに分りやすい資料を作るか」という、熱意と人海戦術をどこまで効率的にやりきるか?という視点が多く、
「そもそも、私たちはどういう商品やサービスを作るべきか?」というのは、「それは、会社から与えられたものであって、私たちの関与するとこではない。私たちは与えられた商品を売るのが仕事」という立場からスタートするのが、世の中によくある営業講座です。
そして、なぜ、こういうことになるかというと、地方はいわゆる「タイムマシン商売」「フランチャイズ商売」なんですよね。東京など都市圏で流行っていて、まだ地元にない商品・サービス・業態について、地元で一番最初に手をつけて広めた会社が勝つ、という経済。
この勝ち方は、既にやり方が分っている商売、売れることが他の地域で実証された商品やサービス・業態を、その商売やサービスや業態がまだ存在しないところに移植する」という点で、独立型でも、フランチャイズでも同じです。
「セリング」に強い地方経営者
ここで、重要なのは、意外と地方経営者は東京に対する感度は高くて、コマ目に東京都地元を往復していたりします。また、「**総研」とか「**協会」とか「**会議所」などを通じたネットワークを持っていたりします。
東京でちょっとおしゃれなカフェが流行ったぞとなれば、安い居抜き物件を手配してバイト集めて始める。東京でタピオカが流行ったとなれば「フランチャイズ募集」にサクッと応募する。
つまり、「流行ってる商品やサービス・業態に対する情報を仕入れて独立事業やフランチャイズの形で地元に持ち帰り、既に地元で培ってきたネットワークを通じて、安いコストの物件、人材の募集、地元への強い販路と知名度を活用して、新しい商売を友人知人ネットワークを総動員した人海戦術や、行動力勝負の圧倒的な宣伝で一気に売り込んでシェアを取る。」
という、「セリング」超特化型の経営者が、地方の成功者に多いのです。この戦略だと、「商品開発」の必要は無いです。ある程度勝ち筋が分ってる商品やサービスや業態なので。フランチャイズだったらそもそも商品は本社が開発してくれます。むしろ、やるべきことは地元に合わせた販売努力です。悩むよりも如何にスピード感をもって一歩目を動き出しアクセル踏み込むか、の方が成功に繋がります。「やるか、やらないかだ」の世界です。
そして、当然、企業や金融機関に期待する支援策に対するイメージも、セリングを支援する施策が欲しくなります。
私は、こういう経営者の存在を否定しません。むしろ、こういう経営者が地方には絶対に必要であり、多いに尊敬をするところです。
それは前回述べた、「地域内で完結する経済を厚くする活性化」することに繋がり、地域内に雇用を作り、地域内に東京や外国で流行っている優れた商品やサービスを、独立事業やフランチャイズの形で普及させると同時に、その地盤ネットワークに雇用を作りだしていく大切な役目を担っているからです。
そのため、「熱意と行動力とネットワークで「セリング」に特化することがビジネスだ!」という風に、ビジネス(商売)に対する意見をしがちですし、「セリング」は「マーケティング」に比べて、「努力の結果が出やすい」領域のため、行政の政策や金融機関の施策として採用するのに、極めて相性が良いのです。
必要な「マーケティング」支援とは
では、やっと本題。必要な「マーケティング支援」とはなんでしょうか。色々ありますが、私が考える必要な支援は「リサーチ支援」です。
「マーケティング」は「何を売るか」の前に、そもそも「誰に売るか」を設定するものです。誰に売るかを絞っていくことをターゲティングといいます。
「若い女性に売りたい」では、ターゲティングしたことになりません。「好きな歌手が三代目J Soul BrothersとBIGBANGです」という女性と、「好きな歌手はスピッツと秦基博です」という女性が、同じでしょうか?
よく買う雑誌が「mina」の女性と「姉ageha」の女性とは同じでしょうか?よく見る深夜番組が「テラスハウス」の女性と「水曜どうでしょう」の女性は同じ「若い女性」でしょうか?
違いますよね。
そして、それぞれに対して開発する商品そのものも、商品の見せ方も自ずと異なってきます。フルタイムで勤務するキャリアウーマンを対象にするのと、仕事を一時セーブして育児に忙しい女性を対象にするのとでも、商品のサイズから広告を打つべき鉄道路線まで、全部異なります。どっちも「多忙な女性」でくくってはいけないです。
でも、そんなの分らないですよね。地方の製造業のおじさんに、都会の女性の機微の感覚を分かれなんていうのは無理難題です。
ここまで極端ではないにしろ、「地域の外からお金を持ってくる」「地域の外で売れる商品を作る」「地域の外に人に来てもらう」には、地域に住んでいる自分ではない視点での商品開発が必要なのです。
つまり、マーケティングとは「他人の気持ちになって考えること」なのです。ここが間違えやすいポイントなのですが、「高級志向の商品」を作るなら、「自分が高級だと思う商品」ではなく、「ターゲットにとって高級と感じられる商品」にすべきなのです。この考え方の軸が出来れば、販売チャネルや接遇レベル、パッケージのデザイン、チラシやホームページの記載事項など、「セリング」の施策が自動的に決まる柱となります。
スポーツ用品の開発なら、「自分は軽い運動ならお金をかけずに家の周囲をジョギングで済ませるけど、そこにわざわざお金を出してトレーナーについてジムで運動する人」の気持ちになること。自分の気持ちを一旦横に置くことが大事です。(それは、熱意を捨てることを意味しません。)
「私は日曜日は友達とバーベキューするのが好きだけど、日曜日に美術館に行く人の気持ちになって考える」「私はシンプルな服装が好きだけど、ガーリーな服装が好きな人の気持ちになって考える」と、自分の好みや価値観を一旦リセットして、ターゲットになる人の気持ちに共感すること。
そして、そのターゲットになった人の行動を観察して、食品なら「1回で食べる量はこのくらい」とか、「調理時間は意外と時間かけられる」とか「直ぐにでも食べたいから簡便な方がいい」とか、「一旦家に帰ってからエコバッグをもって買い物に行くから、そこそこ大きくても持てる」とか「食品は会社帰りに買うから、通勤バッグにも収まるぐらいがベター」と、発見をしていくことが第一歩です。
この作業をやって、それ以降も段階を踏まえて、はじめて、価格帯とか、商品名とか、サイズとか、パッケージデザインとか、そういうものが決まっていくのです。
もっと言えば、まず価格帯を決めるのが先決。ラーメンでも、一杯5000円のラーメンと一杯300円のラーメン、一杯800円のラーメンなら、使う食材も、接客のレベルも、店舗の立地も、戦略も、想定客層もまるで異なります。
ダメなのは「ラーメンにかける愛情、お客様への誠意、何より味で勝負」
これ、客観的に書くと「そんなことしないよ」と分るのですけど、現実には、「うちには良い農産物がある」「うちのは良い技術がある」だから「うちの商品は良いものだから売れるはず「こんな商品出来ました!」と、いざ自分のやってることは「味で勝負」になってる人が本当に多いと感じます。もったいない。
「地域の外の顧客を取り込む」には、「どんな顧客を取り込みたいのか」「それに見合う商品、サービスを作っていけるか」を往復しながら、商品やサービスを育てていかないといけません。
「マーケティング」で欲しかった補助金
正直に、私が欲しかった補助金を書きます。都心向けにあま酒の高級化、リブランディングをしたときです。展示会の出展費用の補助金が豊橋市は30万円ですが、同じ30万円なら、ターゲットとする顧客へのインタビューと、1日密着での調査の設計にこそ、補助金が欲しかったです。30万円あれば、中小企業であれば、十分良質な調査結果が得られたと思います。
だって、私は女性じゃないし、東京にも住んでないから、分らないんですよ。分らないことは予算かけて情報として仕入れるしかない。得意なことはエネルギーを投資して努力で伸ばせば、それだけ見返りが来るけど、不得手なことはお金で買えるなら買った方が、エネルギーの使い方としては正しいです。不得手なことで努力しても、苦手科目と得意科目なら、同じ勉強時間でも結果の伸びが違うのと同じです。
実は、この話を、市役所の人にしたことがありますが、「そういう補助金は難しい」ということでした。なぜかというと、「そういう調査をする会社が地元に無いし、東京の女性に直接謝金として渡すと地元にお金が落ちない。」と。まあ、これは役所としては仕方ない発想と思いますが、もっと柔軟になっても良いのではないかとも思います。
地域の外のコンサル、リサーチ会社を毛嫌いする「何でも地元で解決」志向もありますが、私は、ここについては積極的に利用すれば良いと思います。分らないことは聞けばいい。
問題は、その聞いた結果が適切かどうかの判定。これを地域側で担当するのは、「地域の消費価値観に馴染んでいない人」がよいでしょう。地元には良いものがない、地元の商品で満足していない、でも、家業があるとか介護があるとか諸事情があって地元にいる人。そして、身銭を切って、地元にない商品を取り寄せたり都市圏へ行って購入している人です。
要するに想定ターゲットに近い人種を地域内に探して確保しておくのです。そういう人は、「地元に馴染んでいない」故に、「地元ネットワーク中心の情報収集では救いづらい」人です。あるいは、「地元がつまらないからと都会の大学に行って、20代で1000万円手前ぐらいの年収もらっちゃったし、それだけの仕事は地元にないから、帰ってこない人」、誰かの娘さん息子さんにいるはずです。そういう人を発掘して束ねて、リサーチ部隊として作れる地域は、間違いなく強いです。
まとめ
以上、地方製造業が『もの』を作りだしちゃう前に、企業、役所、金融機関が考えるべきことについて考えてきましたが、要するに、「そもそも誰に売るのか」を細分化したターゲティングで考えることです。
最後に、重ねて、地方の行政や地方組織、金融機関などに強く訴えたいのですが、製造業への補助金や支援策が「機械やシステムの購入」か「販路開拓」ばかりです。つまり、「物体」と「セリング」にはお金が出ても、「商品開発」「企画」にはお金が出ることが極端に少ない。是非、補助金や支援施策に「商品開発」の段階からの予算投入を反映して欲しいところです。
そして、「地域の外で売れる商品を作る」ためには、「地域の外の意見を聞く」が一番大事、それを地元にアレンジするには、「地元にいるけど、地元に馴染んでない人で、身銭切って都会で消費してる人」を、「その個性や消費感覚を活かしたまま、地元に染めずに、どうやって地域に参画してもらっていくか。」それが、「稼げる地域」「外からお金を持ってこれる地域」を分けていくことになると思います。
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