山路力也

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家/ミュージシャン | テレビ・雑誌・…

山路力也

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家/ミュージシャン | テレビ・雑誌・WEBで情報発信中/『Yahoo!ニュース個人』オーサー他/飲食店アドバイザーや業態商品開発もしています/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えています/

マガジン

  • 僕が僕で在る為に

    山路もこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

  • 飲食店の方へ

    飲食店の方たちに読んで頂きたいコラムや情報をまとめています。Twitterで好評の【飲食店の方へ】ツイートもまとめていきます。

  • ラーメンに関する幾つかの考察

    ラーメン評論家がラーメンについて稚拙ながらも真剣に考えてみる試み。

最近の記事

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存在証明

戦略は皆無。 徒然なるまま心に推移する泡沫を拿捕し、 本能の赴くまま唯只管に駄文を書き綴る、 刹那的かつ知的な快楽に身を委ねた危険な遊戯。 前後即因果の思考回路から生じる短絡性。 論点相違、語義曖昧、又は偶有性に基づく誤解。 多面的な錯覚と断片的な結論を現出させる危険性。 電脳社会に露出した限りなく前衛的な自慰行為。 時に其れは自我と対峙する為の模索。 時に其れは存在を証明する為の嗚咽。 誤謬の認識は真理の発見よりも容易い。 所謂無産階級の防衛本能による愚行。

    • 餅の未来

       今年も正月にお雑煮を食べた。どちらかと言えば餅は好きな食べ物なのだが、お正月以外になかなか食べる機会がない。本当なら磯辺焼きや安倍川などでも食べたいのだが、お正月以外に餅を食べる機会がないので、結果としてお雑煮になってしまう。  好きなのだからいつ食べても良さそうなものだが、ついつい餅の存在を忘れてしまう。年末になるとスーパーなどに切り餅や鏡餅が並べられて、あぁそう言えば餅という食べ物があったと思い出し、正月にお雑煮として食べて、いつしかスーパーでは乾物などの売り場の片隅

      • 半径5メートルの倖せ

         長引くコロナ禍の中ではあるが、今年も終戦の日を迎えた。  これといった思想のない私だが、毎年8月15日にはスケジュールが合えば靖國に行って祈る。先の戦争で亡くなった全ての人種の全ての人に対して、感謝の意味を込めた祈りを捧げている。  毎年この日は物凄く暑い日で、蝉が騒がしく鳴く中、多くの人が訪れており参道を歩くのがなかなか大変なのだが、今年は夕方近くだったこともあり、駐車場もスッと入れて割と過ごしやすく感じた。  いつからなのかは覚えていないが、この終戦の日に靖國参拝

        • 【飲食店の方へアドバイス致します(無料/有料)】

          お客様に愛される店になることを、飲食店を営まれている方なら誰もが望んでいます。何度でも通いたくなる店に出逢うことを、お客様の誰もが望んでいます。それなのに、お客様にまた来たいと思って貰えないお店がたくさんあることは、とても哀しく淋しいことです。 お客様に愛される店には共通点があります。お客様に愛されるポイントは意外なところにあります。店に入ったその瞬間に、あぁこの店にまた来たいと思う理由。メニューを見た瞬間に思わず注文したくなる技術。そして、料理を食べる前から美味しさを感じ

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          【飲食店の方へ】Postまとめ

          【飲食店の方へ】というテーマで、Xにて不定期にPostをしています。Xでは検索しにくいので、こちらで逐次転載してまとめていきます。ぜひブックマークしてお使い下さい。 【1】五感に訴えかける料理を意識しましょう① 料理店として味(味覚)が美味しいのは当たり前。ビジュアルやパフォーマンス(視覚)香り(嗅覚)食感(触覚)そして特に大事なのが、調理や仕上げの時の音(聴覚)。「音」を意識した料理を心掛けて下さい。 【2】五感に訴えかける料理を意識しましょう② 視覚はとても重要です。

          【飲食店の方へ】Postまとめ

          書くことと話すことの相違

           今年から音声による情報発信を始めてみた。きっかけは言うまでもなく「Clubhouse」である。コロナ禍により自宅警備員が急増したタイミングでの日本上陸で、多くの人がこぞって音声によるコミュニケーションを楽しんでいたが、自宅警備の任務が解かれて野に放たられるや否や、閑散とした場となってしまった。夏草や兵どもが夢の跡。  とは言え、音声によるコミュニケーションの可能性を改めて感じることが出来たのは収穫だった。音声の場合は文章では表現し辛い「抑揚」「律動」を伝えやすい。そして何

          書くことと話すことの相違

          心配する人と心配しない人の分断

           珍しくバスに乗った。街を走る路線バスではなく、空港まで行く高速バスだ。自宅から歩いて5分のところから、空港直行のリムジンバスに乗れる。とても便利だ。  普段は車で移動しているので、電車やバスなどを使うことは稀である。だからこそ、久々に乗る公共交通機関に対しては事前の準備が欠かせない。車は自分で運転するので行く先を間違える事はないが、電車やバスは行き先を間違えると知らないところに連れて行かれてしまう。だから事前に何度も確認をする。  日本の鉄道は世界一時刻に正確だと聞いた

          心配する人と心配しない人の分断

          超高齢化社会の断片

           駅前のコーヒーショップでカフェラテを飲みながら時間を潰していた。学生たちがノートを広げていたり、サラリーマンがパソコンを叩いているような、セルフスタイルのよくあるチェーン店だ。  僕の席の近くに一人の女性が座っていた。歳は70歳前後ではなかろうか。身なりもしっかりとしていて、煌びやかな時計やネックレスなども目を引く。中でもキリッとした眼鏡が彼女を知的に感じさせた。  そこに同じくらいの年齢の女性がやって来た。どうやら待ち合わせていたようだ。いくつになっても女性はお喋りが

          超高齢化社会の断片

          私の天職

           トイレットペーパーを交換するのが私の役目だ。誰かに任されているとか頼まれているとかそういうことではなくて、なぜかいつも私の時にロールが終わってしまうのだ。だから私が取り替える。これまでに何百、何千ものロールを交換してきた。  そんなの偶々だろう、あるいは使う量が多いのでは、と思われる事だろう。しかし、これが家だけではなくデパートやレストラン、ホテルなどでもそうなのだとしたらどうだろう。いつ何時どんな場所でも交換の機会は突然訪れる。私の中では、トイレットペーパーを交換するこ

          私の天職

          「令和」に想う

           新元号が「令和」に決まった。  日本はおろか世界でも最も長く使われた元号である「昭和」に生まれ、人生の半分以上を「平成」に生きて、そしてこれから「令和」を生きる。一生のうちに二度も改元の時を経験し、三つの時代を生きられるという事は、何とも形容し難い想いがある。  昭和天皇が崩御されて「平成」になった1988年、私は二十歳だったが、元号発表の瞬間を覚えていない。もちろん時の官房長官が「平成」と書かれた額を示した映像は脳裏に焼き付いているが、それをリアルタイムで観ていた記憶

          「令和」に想う

          遠い戀の記臆

           かつてとても好きだった女性と、中野の路地裏で久々の再会を果たした。もう十年近くは会っていなかっただろうか。端正な顔立ちこそあの頃の面影を残しているものの、十年の月日は残酷なもので、やはり僕の知っている彼女とは程遠いものだった。  会わなくなって暫く経った頃、彼女を知る友人たちの多くは「彼女は変わってしまったよ」と哀しい顔をして僕に呟いた。中には「会わない方がいいよ」とまで言う人もいた。大切で美しい想い出はそのまま残しておくべきなのは分かっている。しかし、出逢った瞬間に胸

          遠い戀の記臆

          リアルとリアルの狭間

           SNSにどっぷりと浸かっている。twitter、Facebook、Instagramなど数分置きにチェックしている。IPhoneとMacBook Airを駆使して、SNSをチェックする合間に仕事をしているような状況だ。起きてる時間の大半をSNSに費やしている。依存症と言っても良いかも知れない。  世の中にSNS依存症の人はある一定数いるだろうが、おそらく他の人たちと私とでは使い方がやや違うのではないかとも思っている。私の場合は他人の投稿をほとんど見ない。私にとってSNSと

          リアルとリアルの狭間

          美味しさの理由

           別段、その店が目的でその街に降り立った訳では無かった。その街で友人が営む飲食店で会食があり、待ち合わせに遅れてはいけないと早めに家を出たら、予想以上に道が空いていて、一時間以上も早く着いてしまったのだ。  さてどこで時間を潰そうかと、街をウロウロしている時に一軒のラーメン店を見つけた。正直、看板や店先のポスターなどを見ても、あまりというか全くそそられない。普通であれば間違いなく素通りする佇まいだ。しかし、この店の名前は記憶の片隅にあってふと立ち止まった。  その店は別の

          美味しさの理由

          冷やし中華が嫌いだ

           私は冷やし中華が嫌いだ。夏の風物詩として必ずといっていいほど名前が挙がる食べ物だが、街の中華屋さんなどで「冷やし中華はじめました」の文字をみるたびに憂鬱になる。  冷やし中華はじめなくて良い、と思う。あるいは始めても良いけれど、私の知らないところでひっそりと始めてくれ、と思う。そして私の知らないところで早く終わってくれと願う。何ならそのまま永遠に終わってしまってくれて良いとも思う。  「なぜ冷やし中華が嫌いなのか」と人は問う。まず、その質問の設定自体が「冷やし中華は

          冷やし中華が嫌いだ

          先入観の危うさ

           前職が学習塾講師だったということもあって、20年近くのあいだたくさんの子供たちや親御さんたちと関わってきて、私が率直に感じたことは、その差は多少あれど、親は自分の子供のことをよく分かっていないのだ、見えていないのだ、ということ。親は子供に対して、いい意味でも悪い意味でも先入観だったり期待だったり、一種のフィルターがかかっていることで本質が見えていない事が実に多い。  例えば、学生時代に数学が苦手だったお母さん。自分の血を引いているから、子供も算数や数学が苦手だと思っていた

          先入観の危うさ

          ラーメンのスープは飲み干すな

           よく、ラーメンの食べ過ぎは身体に良くないと言われることがある。油分も多くカロリーも高く、野菜が少なく栄養バランスが悪いなど、人はラーメンをそんなイメージで悪者扱いするわけだが、冷静に考えてみれば、ラーメンよりも遥かに油分が多くカロリーも高く野菜も少ない食べ物など、世の中にはいくらでもある。例えば「とんかつ定食」などカロリーはラーメンの倍はあるし、野菜など水でさらして栄養分の抜けた千切りキャベツ程度。ラーメンばかりが目の敵にされるのが不憫で仕方が無い。  しかし残念ながら、

          ラーメンのスープは飲み干すな