超高齢化社会の断片
見出し画像

超高齢化社会の断片

山路力也

 駅前のコーヒーショップでカフェラテを飲みながら時間を潰していた。学生たちがノートを広げていたり、サラリーマンがパソコンを叩いているような、セルフスタイルのよくあるチェーン店だ。

 僕の席の近くに一人の女性が座っていた。歳は70歳前後ではなかろうか。身なりもしっかりとしていて、煌びやかな時計やネックレスなども目を引く。中でもキリッとした眼鏡が彼女を知的に感じさせた。

 そこに同じくらいの年齢の女性がやって来た。どうやら待ち合わせていたようだ。いくつになっても女性はお喋りが好きなのだな。なんてことを思いながら、僕はスマートフォンに目を落とし、SNSを眺めていた。

 しばらくして、ふと先程の女性たちの席に目をやった。すると、後から来た女性の姿はなく、別の男性が同じ女性の前に座って話をしていた。その女性の姿が面接官か占い師のように見えてきた。

 いけないことだと分かっていても、断片的に聴こえてくる会話につい耳を傾けてしまう。女性は男性の話を頷きながら聴き、時折相槌を打つ。「お若いですね」「モテるでしょう?」「60代にしか見えないわ」。

 男性は嬉々として女性に色々と話す。仕事を辞めたことや日々の楽しみのこと。それをニコニコしながら聴く女性。しかし彼女は彼の話よりも、手元にある資料の方が気になるようだった。

 彼の話が途切れた頃合いを見計らって、女性はおもむろに眼鏡をかけて「それでは」と切り出した。その煌びやかな眼鏡の奥に、鋭く強い光が瞬いたことを僕は見逃さなかった。

 携帯電話の通信料はバカらしい。格安サービスでも月にいくらかかる。それを広告費で賄えば無料で使う事が出来る。さらにその販路を広げれば代理店収入が得られる。老後の不労所得が手に入る。

 最初は黙って聞いていた男性も、どんどん前のめりで質問し始める。百戦錬磨の彼女からすれば、彼をその気にさせるのは簡単なことだろう。まるで食虫植物の捕食シーンを見ているような、なんだか切ない気持ちになり僕は店を出た。

 日本は世界にも類を見ない超高齢化社会である。およそ三人に一人は65歳以上というこの国で、人は何を求めて、何を夢見て生きていくのか。そして僕はこれからどう生きていくのか。これまでそんな風に思っていた。

 しかし、幾つになっても人は決して枯れることはない。もっと良い服を着たいし、もっと美味しいものを食べたいし、もっとお金が欲しいのだ。幾つになっても切なさと愚かさと欲を抱えて人は生きていく。ほんの少し自分の老後が明るく感じた。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
山路力也
フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家。著書「トーキョーノスタルジックラーメン」他。連載「SENSE」「シティ情報Fukuoka」他。TV「郷愁の街角ラーメン」(BS-TBS)レギュラー。「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えています。