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仙台城という城が、ない

仙台には、仙台城という城が、ない。ないのだ。

いや、正確には「あった」のだが、第二次世界大戦時に焼失してしまい現在はその跡しか残っていないのだ。


ふざけんな
ねえのかよ!!なにが仙台城"跡”だよ!!申し訳程度に書くなよ!!よく読んでなかったじゃねえか!!

それも、俺は跡地をみて初めてないことに気がついたのだ。散々肩透かしを喰らった俺はもう、仙台城に対する憤りを抑えきれない。

険しい坂道を登りきって、仙台城があったとされる場所についたときの失望感たるや。驚愕の事実に気づく直前までを、そのときの視点で綴りたい。


ーー

3月13日。その日はよく晴れていた。

東京からバスに揺られること6時間、俺は仙台駅前に降り立った。

ロフト、ユニクロ、イオンにファミマ。遠くに来たってのに、見慣れた店ばかりだ。俺は正直辟易していた。

仙台らしいものが、何一つ見当たらない。というか仙台って何が有名なんだ。社会に疎い俺には、仙台を仙台たらしめるものがなんなのか、まるでわからなかった。しかたなくスマホを叩くと、Googleはすぐに教えてくれた。

牛タン

そういえば朝から何も食べていなかった。不意に腹がなる。なるほど牛タンも悪くない。早速牛タンの店へ向かい、値段をみる。


1800円

踵を返した。
考えてみれば、牛タンなんかどこでも食えるじゃないか。ここでしかできないことをしたい。俺は再びスマホを叩いた。

仙台城

これだ。きけば仙台とは城下町として発展を遂げた街だという。仙台のルーツ、ここにあり。早速俺は、仙台城へと向かった。ファミチキがうまい


ーー

青葉通りを進み、大橋を渡って広瀬川を越えると、目の前に上り坂が見えてくる。
この坂を登った先に、仙台城がある。

なるほど、と俺は思った。社会に疎い俺だが、高い土地に城を構える理由はなんとなくわかる。合戦のとき上方に構えておいたほうが有利だからだろう。入り口に書いてあった地図にあった、巽門、清水門、沢門を通るルートで本丸を目指す。思った以上の急勾配だ。それにものすごいカーブが途中いくつもある。

なるほどこれは攻め込むのが大変だ。しかもこれを甲冑を着て武器を担いで、大勢が一気に攻め込むのだから、本丸に到達するまでにかなりの体力を使うはずだ。俺は戦乱の時代、この地で死んでいった人たちに思いを馳せ、一歩一歩を踏みしめた。
(ちなみにあとで知ったのだが、ここでの合戦は過去に一度も起きていない)

いよいよ最後の直線に差し掛かったところで、眼前には大きな石垣が現れた。この石垣の上には仙台城がーーー


みえない。
仙台城がまるで見えないのだ。


普通の城なら、石垣を仰がずともこれみよがしに建っている城を拝めるというのに

備考:普通の城


どうしてみえないんだ




「...ジャパニーズビューティー」


はっとした。
ジャパニーズビューティー。その一言が頭をよぎった。

あれは、初夏のある日のことだった。当時付き合っていた彼女と花火大会に行くときのために、根津にある着物屋に浴衣を見に行ったときのことだ。(ちなみに花火大会の前に別れた)


何の変哲もない黒い甚平が一着、ものすごい高額で売られていた。

「どうしてこんな値段がするんですか?」不躾にも俺は店のおばさんにそんなことを訊いた。するとおばさんは言う。「内側をごらん。」

すると普段はみえないところ、甚平の内側、一面にきらびやかな刺繍が施してあった。

「男性用の着物はね、華やかな女性のそれと違って外からはみえないところにおしゃれをするものなの。それが、かっこいいのよ」


ジャパニーズビューティー。
その言葉を、何度も反芻していた。

服の上から計れない刺繍、石垣の上にみえない仙台城。
ジャパニーズビューティー。

元来城とは、尊厳を象るように建てられたものであるが、威風堂々として遠方から拝めるような城は実に低俗だ。まして天守閣に金の鯱だなんて、聞いて呆れる。

仙台城。これこそが、日本人の繊細な美的感覚を汲んだ城。

俺はそのまま、石垣を前に立ちすくんでしまった。

そして、スマホを取り出す。



パシャッ。









仙台の空は、どこまでも青かった。

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