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産休・育休中にリスキング?! -出産前後の体の変化の観点から

「産休・育休中の『リスキング(学び直し)』を後押しする」という政策案に、思わず

「ふぁ?!?!」

のような素っ頓狂な声が出たのは私だけではないでしょう。

「休暇」という名前がついているので、産後すぐの赤ちゃんの子育てに関わったことのない人には、この時期ゆったりと休んでいるイメージがあるのかもしれません。

しかし、産まれたての赤ちゃんとの生活は「休暇」のイメージとは程遠く、重傷を負った体の回復もままならず、細切れ睡眠のなか日々なんとか生き延びる、そんな感じの日々です。

赤ちゃん(に限らずかなり大きくなるまで子ども)を抱えて勉強することがいかに非現実的か、という話は既にあちこちで報道され、またSNSを賑わせています。

新生児・乳児の育児の過酷さや、女性に負担が集中しがちな社会構造の面からは様々な視点から話が出ているので、ここでは「産後の女性の体」に絞ってお話ししたいと思います。

産まれたら元通り、ではない


つわりで辛そうな様子に、周りの人も「これはただ事ではない」と、妊婦さんの体の変化を感じるかもしれません。

さらに徐々にお腹が大きくなってくると周りの人にも視覚的に妊婦さんの体に大きな変化が起きていることがわかります。

臨月の妊婦さんなど、お腹が重そうで見るからに大変そうですよね。

実際、赤ちゃんに送る分血流量が増えているのでちょっとした動きでも心臓バクバクです。

大きなお腹で肺も圧迫されているのですぐ息も切れてしまう。

赤ちゃんの重さのおかげで恥骨や腰、膝などに痛みが出たり、膀胱が圧迫されて頻尿になったり、仰向けにしろ横向きにしろ長いこと同じ姿勢でいるのがつらいこともあり夜もよく眠れないのでふらふらだったり、産前の体は本当に大変です。

では、産まれてしまえば、赤ちゃんの重みがなくなるので体はラクになるのでしょうか?

答えはもちろんです!!

比較的ダメージが少ないと言われる経膣分娩でも、骨盤を押し広げ、狭い産道をぐりぐりと時間をかけて赤ちゃんが出てくるわけです。

赤ちゃんと一緒に胎盤など子宮の内容物も剥がれて排出されるわけですから子宮の中も産道も傷だらけ。

産後の悪露が約1ヶ月程度続くことからわかるように、子宮の内部、そして産道の傷は治るまでに1ヶ月ほどの期間を要します。

帝王切開はもっと大変です。

物理的に子宮に到達するまでの筋肉を何層にも渡って切るわけですから、傷が完全に回復するまでにはそれなりの時間がかかります。

しかも子宮の内容物は、経膣分娩であれば赤ちゃんと一緒にある程度出て行ってくれるところ、産後に自力で排出しないといけません。

帝王切開切開の場合、産後の悪露が続く期間が経膣分娩の人より長いのはそれが理由で、その分体への負担は増します。

出産とはその後1ヶ月ぐらい、なんなら入院してゆっくりと体の回復を待ちたいレベルでの傷を負うものであるということは、子どものいない人でも常識として知っているぐらいのレベルで広がってほしい知識です。

また、赤ちゃんの成長に合わせて大きくなったお腹は急に元に戻るわけではなく、半年ぐらいの期間をかけて徐々に戻っていきます。

お腹が大きくなるとは具体的にどこが伸びるのか、なにがおきているのかは、産後の運動についてまとめたこちらを是非どうぞ。

上に貼った記事でも述べましたが、伸びたお腹が元に戻り、体が産前のバランスを取り戻すのにはおよそ半年程度かかります。

また、骨と骨をつなぐ靭帯を緩ませるホルモンの働きもようやくこの頃に落ち着いてきます。

しかし、上に貼った記事でも述べましたが、体がだいたい元に戻りホルモンの働きが落ち着くと言っても、一旦は緩んでばらばらになった体が急に産前と同じように動くわけではありません。

この時期に初めてのギックリ腰や、ひどい肩こりを経験する人も多いようです。

妊娠から出産まで、一般的には40週かけて体は変化していきます。

元に戻すのもやはり40週ぐらいはかかると考えるとよいでしょう。

体の回復のために必要なこと


怪我や病気からの回復に必要なのはなんといっても眠ること。

ところが、産後は、体が傷ついているにも関わらず有無を言わさず育児が始まります。

2〜3時間おきの授乳やお世話でまとまった睡眠をとることがままならなくなります。

また、傷の回復に必要な成分を届けてくれるのは血液です。

そして母乳も血液が変化したもの。

体で作られる血液の量は限られているにも関わらず、かなりの量が母乳で持って行かれてしまうため、傷の回復に必要な成分を届ける血液は非妊娠時より薄くて少ないのです。

必要な睡眠、そして充分な血液を確保できないのが「産後」という時期なのです。

産後に「学び直し」ができるのか


里帰り出産などで家事は同居の家族に頼める環境だとしても、特に産後1ヶ月は上述した通りまずは傷からの回復を最優先してほしい時期です。

睡眠時間を削って勉強時間を取るなどもってのほか。

この時期に無理をすると、免疫力の低下や細菌感染などのリスクがあり、また将来的に更年期が早く始まり症状が重くなるとも言われています。

また、睡眠不足は精神的な不調を招きます。

そうでなくても産後はホルモンバランスの急激な変化で精神的な不調が起こりがち。

まとめて眠ることが難しい時期とはいえ、できるだけ横になる時間を取ってほしいものです。

産後1ヶ月を過ぎて傷が癒えてきても、出産で変化した体はまだまだ回復途中。

特に母乳育児の場合、自分の血液を赤ちゃんに分け与えているわけですから通常より体に負担がかかっています。

産後、どうも頭が働かない、うっかりミスをしてしまう、というのは多くの人が経験していると思いますが、これはある意味当たり前で、脳に送る血液の量が不足している、あるいは質が悪くなっている(貧血気味)からです。

睡眠の面からも血液の面からも、重傷を負っているにも関わらず回復に必要な2つが不足するこの時期は、人生の中でも最も勉強に向いていない時期ではないでしょうか。

「回復」への支援を


ここまで見てきたように、産休、育休中の女性の体というのは激しく変化し、傷を負っている時期です。

アスリートが産後すぐ競技に復活するのを褒め称えるような風潮がありますが、一般人はそんなに強靭ではありません。

産休、その後の育休は「赤ちゃんのお世話、育児のための休暇」というイメージが強いですが、体の回復のためにも必要な期間です。

多くの女性が通ってきた道であることから、(そして喉元過ぎれば熱さを忘れる的に)、産後の女性の体がダメージを受けているという事実はあまり一般に認知されていないのではないでしょうか。

私は仕事柄、産後のママさんとお話しする機会もありますが、みなさまとても真面目に赤ちゃんの成長を見守る一方、自分の体には少し無頓着な人も多いように思います。

自分さえ頑張れば、と多少の不調には気付かないふり、そんなものかなと放置するママさんの多いこと…。

そして、産前とはどうにも違う、なんだかすっきりしない疲れが抜けない体調の中、育児をしながら職場復帰が果たしてできるのか、という不安を抱えています。

そんな時期に、今回の「リスキング後押し」は「休んでいるならせめて勉強しろ、職場復帰はそんなに甘くない」と言っているように受け取れました。

これではますます体の不調を言い出しづらく、自分の努力が足りないのでは?と追い詰められるママさんが増えてしまうのではないでしょうか。

まるで、出産、子育てが「リスク」のようにも感じます。

「異次元の子育て支援」を謳うなら、例えば産後1ヶ月ぐらい全世帯に産後ドゥーラ(新生児育児にも詳しい家政婦さん)を派遣するとか、韓国の産後調理院のような産後に養生できる施設を増やし、そこで1ヶ月程度過ごすのを当たり前にするとか、フランスのように公費で産後リカバリートレーニングを受けられるようにするとか、産後の女性の回復を全力で支援する、そんな政策を期待します。

産後の女性も、自分の体のダメージを軽視することなく、休むことに罪悪感を感じることなく、堂々と体の回復をはかってほしいと思います。

もし「学び直し」が必要なら、充分に体が回復してからにしてくださいね。












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