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#退席せずにのどすっきり

今回は伝統企業の新陳代謝についてのお話です。

「ゴホン!といえば○○○」

丸の中に入る言葉はなんでしょう?


そう「龍角散」!と、即答できたあなた。
もしかしたらあんまり若くない方かもしれません。


失礼しました。。。


龍角散と言えば、先日熊本市議会で起きたいわゆる「のど飴問題」が記憶に新しいのではないでしょうか。

分からない方のために説明すると、「のど飴問題」とは9月28日の熊本市議会で緒方夕佳議員が「龍角散のどあめ」をなめて質疑を行ったことに端を発するトラブルです。

当日緒方議員は風邪のため喉の調子が悪く「お聞き苦しくないように」と龍角散のどあめを舐めながら議場へ登壇しました。

しかし、その様子を見た他の議員たちからマナー違反だと批判が上がり、議会は会議規則の「品位の尊重」に触れるとして、緒方議員に出席停止の懲罰を下します。

この時の議会の様子を収めた録画映像が各所で放映され、議会の対応がナンセンスだと国内外からバッシングを浴びることとなりました。

読者の皆さんの中にも、実際に映像を目にしてそれぞれ感想を持たれたのではないでしょうか。

***★***

龍角散を製造している株式会社龍角散の創業は1871年、会社設立は1928年という伝統企業。
同薬は鎮咳去痰薬で、風邪をひいたときに喉を休めるために飲む家庭用薬品です。非常に長い歴史を持ち、1797年に作られたと言われています。
TVの黎明期からCMを打つなど全国的な知名度を誇り、1978年には「ゴホン!といえば龍角散」というキャッチコピーでACCのCMフェスティバルでグランプリに選ばれています。

株式会社龍角散はこのような伝統を誇る老舗ではありますが、その一方で売上は時代とともに下落の一途をたどります。

主となるユーザーの高齢化が進み、また新商品を投入しても競合他社の商品には勝てず、移り変わる消費者ニーズに応えることができなかったのです。

ついには企業として存亡の危機に瀕してしまい、現社長である藤井隆太氏が就任した1994年時点で年商40億円で負債も40億円という危険水域にまで落ち込んでいました。

おしりに火が付いたこの伝統企業はここから創業家8代目藤井社長とともに再起を図ります。

35歳の若さで新社長へと就任した藤井氏は社内の古い常識や慣習、過去の発想から離れるために様々な社内改革を敢行し、ヒット商品を連発。
そこから23年後、2017年についには売上が就任時の実に4倍、160億円まで跳ね上がります。

主な戦略は以下の3つ

・顧客の生の声を集めてトップが直接触れる
・社員全体を説得するのは諦め、小さなチームで挑戦を始める
・製品ではなく社会的役割から市場を考える

藤井社長はのどを守るための製品は、その役割を果たせるなら、オリジナルの40代後半から50代以降のユーザー層だけではなく、広くあらゆる世代に使ってもらえるはずだ、という新前提に立ちました。

そして「龍角散」というブランドを活かしながら、「のどの専門メーカー」として、より消費者ニーズに寄り添った商品開発を続々と世に放つのです。

代表的なものは以下のとおり

・「クララ」 ⇒ 45年間販売を続けた製品の廃止。
・「龍角散ののどすっきり飴」 ⇒ 発売から5年でのど飴市場のシェアでトップとなり、現在ではスティックタイプのものだけで1日に10万本近く出荷するほどに成長。
・「らくらく服薬ゼリー」「おくすり飲めたね」 ⇒ 服薬専用のゼリー。介護用の製品として産声を上げ、その後消費者の声をもとに子供用まで販路を拡大。

藤井社長の言葉を紹介します。

会社存続の危機を救ったのは、長く「龍角散」を愛用してきた消費者の声でした。「龍角散」ののどを守るという使命は、「龍角散ののどすっきり飴」「らくらく服薬ゼリー」といった当社の新たな商品にも通じるものです。これからも、医薬品企業としての責任や社会貢献を意識した企業活動を進めていきたいと考えています。

***★***

冒頭の「のど飴問題」に話を戻します。

この事件の直後、龍角散はTwitterにある投稿をします。

これは「龍角散の のどスッキリタブレット」のプロモーションです。

「なめててもしゃべれる」をキャッチコピーに持つこの商品を、緒方議員がのど飴を舐めながら登壇して退席を迫られたという時流を逃すことなく#退席せずにのどすっきりというハッシュタグに乗せて発信しました。

この行動に多くのSNS住民がリアクションし、現在進行形でバズっています。

龍角散は本件で思いもよらず訪れた”おいしい”立場を、あざとくは映らないようにユーモアを用いることで自らのブランディングに役立てました。この”スピード感”と”したたかさ”は伝統企業という字面の持つ格調高さとはかけ離れたものです。

龍角散のネーミングを拡散することを見事に成功させた手際の良さは目を見張るものです。いったい誰の仕業でしょう? その答えは分かりかねますが、若い世代のプランナーの仕業だということは容易に想像できます。

藤井社長が伝統のある自社ブランドの力を利用して続々と新商品を生み出したように、若い世代もまた新しいメディアを巧みに操り新しい世代に向けたブランド戦略を打ち出している。

「のど飴問題」に端を発する龍角散のとった一連の行動を振り返ると、藤井社長が古い常識と戦ってきた戦果が各部署の根っこまで浸透し、それが活き活きとした活動として表出している様子が見て取れますし、そしてまた株式会社龍角散が長年にわたり築き上げてきた専売特許とも言える広告センスが今なお社内に根付いていることが理解できます。

企業を活かすも殺すも人であり、人が築き上げてきた文化こそが企業であるという相関関係がくっきり見える好例ですね。

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