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吸血師Dr.千水の憂鬱㉑警備隊ナメとんがかっ!?

前回の話

第21話  警備隊ナメとんがかっ!?

 竹内の発言は、残念ながら最初山岳警備隊の仕事に誇りを持って、精一杯の事をやってきた全ての先輩らの心に届いたわけではなかった。


「警備隊自体激務ながいぜ、仕事で眠れないなんて生易しいもんじゃないがいちゃ。その間に死ぬことだってあるがやぜ?そんながにお前、いつ他の事勉強する時間なんかあんがけ?甘っちょろい事言うなま(言ってんじゃねえ)!警備隊舐めとんがか!!」

宮森はそう怒鳴りつけそうになったが実際はそうならなかった。カッとなる自分と、もう一人「もし東洋医学なら、外科的な事も内科的なことも、もう少しその場で出来る事があるような気がする」という部分にハッとする自分がいたからだった。

  千水がココにやってきた頃、宮森は40間近の中堅隊員だった。当初は自分達と異質の千水が人間じゃないように思えた。千水は口数が少なく、普段からニコニコ愛想をふりまくタイプでもなかった。かと言って高圧的なわけでも、とっつきにくいわけでもなかったのだが、宮森はこの美しい若造の白く細い指が自分の手を取って、手の甲に牙を立てる行為を目の当たりにする度、どこかそわそわ落ち着かない気持ちになるのだった。

「牙を立てている」のをどれだけ直視しても、痛みもかゆみも何も感じないのが、手の甲に口づけをされているようにしか思えず、男が自分の手に吸い付いている構図が居心地が悪かった。手持ち無沙汰から

 「センセ、酒はイケる口け?」

と関係のない話を振ってはスルーされ、測り終わった後で

「血を読んでいる時は、管歯を血管に挿入していて喋れないし、気が散るから静かにしていてもらえると有難いのだがな。」と淡々と言われて

「あ~ごめんごめん」

と笑ってごまかすというのが、自分の学習能力のなさをひけらかしているようでバツが悪かったが、お決まりのパターンになってしまった。

 そんなある時、沢で滑落したという登山者の救助に向かった際、幸い登山者に大きな怪我はなかったものの、岩場に足を取られて転倒しかけた登山者を庇うように横倒れになった際、左足の外側をゴツゴツした岩にまともに打ち付けてしまった。左足に激痛が走り、宮森に守られるように倒れた登山者が、別の隊員に起こされた後、宮森は自分で起き上がろうとすると頭がクラクラした。激しい動悸と手足が冷たくなる感覚から、自分の身体がショック状態に陥っているのに気がついた。少しそのままで安静にすべきところだが、その場にいるのは、通報してきた登山者と後輩隊員だった。

さっきの痛みは骨まで行ったと思ったが、無理やり立ち上がって歩いてみると何とか歩けた。歩けるからには折れてはいない。宮森はそう判断した。

守られた登山者と後輩隊員は今の転倒の激しさに、しきりに宮森の身体を案じたが、「大丈夫、軽い捻挫ですからご心配なく。」そう言って、後輩隊員に登山者3名をリードさせ、一応センターに自分が足を挫いて帰着が少し遅れると連絡を入れると、登山用ステッキを使い歩き出した。

「歩ける」と思ったのはショック状態の中 気が立っていたからで、峰堂センター付近に辿り着く頃には、足が靴の中でパンッパンに腫れあがり、地面につくたび破裂しそうなほどに痛んだ。痛みの余り飛び跳ねたい衝動に駆られたが、この岩場で足を取られて、反対の足までやられたらシャレにならない。

最後の1キロ弱ほどのところで、宮森を心配して担架で迎えに出て来てくれた隊員達と会い、普段なら減らず口を叩く宮森も、この時ばかりは大人しく仲間の担架のお世話になった。

 担架はセンターに入るとそのまま千水の待つラボに直行した。

宮森は細身ではあったが頑丈な体だけが取り柄の男で、これまで千水の検診は受けても治療を受けた事がなかった。そこらへんで摘んできた草とか、非科学的な昔ながらの医術を使うと聞いていたので、痛めた足首を無理やりゴキゴキされるのかと思うと脇に嫌な汗が滲んだ。

 ラボに入ると、そこにいる千水と目が合った。

隊員達が千水の指示に従い、宮森を脇から抱えて、歯医者にあるリクライニングシートのような椅子に宮森を載せ部屋を出て行った。

そのリクライニングシート的な診察台は、介護用入浴の為の椅子を改造したもので、椅子に座ったまま入浴できるタイプのものだった。足を載せる部分は、車椅子のように脇に立てて収納できた。

 千水は慣れた手つきでほとんど振動も与えずに宮森の靴紐を緩め、そっと靴を脱がせると、側面が足の小指から脛(すね)の横辺りまで青黒く、くるぶしもわからなくなるほど風船のようにボンボンに腫れあがった足が露になった。

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蒸れた足の匂いが立ち込める。座っている自分にさえ匂いが立ち上ってくるのだから、足元で自分の靴を脱がせ、今隊服のズボンの裾を膝までめくりあげている千水は、さぞ苦痛な思いをしているだろうと、宮森は居たたまれない気持ちになった。

あまりの居たたまれなさに一言愛想でも、と口を開きかけた瞬間、

「報告では足を挫いたとだけ聞いているが、これは左半身を岩場に叩きつけたという事で間違いはないか。よくここまで歩けたな。大変だったろう。」

千水は優しい穏やかな口調で声を掛けると、立ち上がって宮森の頑張りをねぎらうかのように肩をポンポンと叩いた。

宮森は正直、千水にはこの怪我で無理やり歩いて戻ってきたことを咎められるかと思っていた。


自分の為に他の仲間に迷惑を掛けたくない、という気持ち。しかし無茶をして怪我を悪化させれば、回復に時間がかかって、却って余計に皆に迷惑をかけてしまうという事実。

わかっていても、なかなか「俺怪我しちゃったから迎えに来て💗」なんて事は言いにくい。それはきっとどの隊員も同じだ。
でも、アンタは違う。そんな事ここにいる医者先生にはわからないよなぁ?


もし何かうるさい事を言われたら、そんな逆ギレじみた腹立だしさをぶつけてやろうと攻撃態勢だった心は、
「わかってくれた」
そう思った瞬間どこかに霧散した。

「足以外に、上半身で痛むところはないか?」

千水が言葉を継ぐと、宮森は目を充血させて
「なあん(いいや)大した事ないちゃ。足元がちょっこお(ちょっと)ゴツゴツしとったがいちゃ。後は小石ばっかりやったから、なん、どもないちゃ(いいえ、どうって事はありません)」

「それでは上半身は後から確認しよう。」

 そう言って千水は、大きなプラスチックの桶にぬるま湯を張ったものを宮森の足元に置き、リクライニングで浮いた宮森の足を、桶の底に足がつかないように桶の角度を調整して浸けた。それは足マッサージ用の電動桶で、ボタンを押すと、桶の中だけがジャグジーのように泡だった。泡は勢いがいい割にソフトタッチだった。温度も多分体温より若干低い程度に設定してあるのだろう。ぬるいが身体が冷えるような冷たさではなかった。

リクライニングチェアと足桶のイメージ図。椅子の足部分がフレキシブルなのと、足桶の角度調整可能なところをお伝えしたく(自分のいろんなイメージをビジュアルで伝えたい気持ちはあるのですが如何せん、画力が伴いません…(T_T)…orz)

10分ほどの足ジャグジーの後、千水は怪我をした左足を刺激しないようにタオルで拭かず、タオルを風呂敷のように四隅を持って足をふわりと包み込んだ。

そして椅子をリクライニングさせ、宮森をほぼ横たえると、今度はそのリクライニング椅子の高さを調整して、立っている千水の胸の辺りまで上げた。

千水の動きにはいつも無駄がない。まるで全てが決まりきった一連の動きであるかのように淀みなかった。

「随分高く上げるんだな」

と思って千水を見た宮森の目に飛び込んできたのは、自分の左足をさっと消毒液で撫でたところに千水がかぶりつくところだった。

続く

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