75点の プレバト!! 俳句を振り返ろう!

【はじめに】
2022年1月7日放送の「プレバト!!」では、約1年半ぶりに「75点」という高得点の査定の俳句が飛び出しました。今回は、過去5年での実質的な最高得点にあたる「75点」の名俳句を振り返っていきたいと思います。

※2022年1月14日が、特待生・柴田理恵さんの誕生日なので公開しました。

0.「プレバト!!」の得点分布について(おさらい)

「プレバト!!」の俳句査定コーナーは、表面上は100点を満点とし、40点未満が「才能ナシ」、40~69点が「凡人」、70点以上が「才能アリ」という査定で7年近く続いています。

しかし、70点まではほぼ5点刻みで分布しているのに対し、「才能アリ」は様相が大きく異なり、得点のインフレが顕著(厳密には今がデノミというかデフレというか圧縮されてしまっているのだが)な初期を除き、1点の重みが大きく異なっています。

このことについては、2020年5月に2本の記事を書いていますので、そちらをご参照いただければと思いますが、番組発足当初は80点台も頻繁に見られましたが、年を追うごとに点数の上限が下げられています。

この記事を書いた後でいうと、2020年は73点が、2019年は72点が最高点であり、ここ5年(2017年度以降)は「75点」が事実上の最高点となっています(直近の80点は2016年6月、76点以上は2016年11月が最後)。

よってここからは、番組が始まって半分以上に当たる5年間、事実上の最高点として君臨している「75点」の名句をご紹介していきたいと思います。

※ただ、2016年度以前でも、75点には名作が多いので、ここでリストアップしておきます。

・『五月晴れだから空色のワンピース』 藤田弓子
・『はや6年遥かスイスや古都は雪』 春香クリスティーン
・『梅雨空にジャズの流れて夢二の画』 石倉三郎
・『夏帽子夜行列車の網棚に』 横尾渉
・『青く濃きさつきの空に舞う大魚』 千賀健永
・『登山列車近づく空はラムネ色』 宮田俊哉
・『あじさいや三日続けて昼は蕎麦』 武田鉄矢
・『コスモスや女子を名字でよぶ男子』 村上健志

( 2016年度以前の75点の名句たち )

1.もてなしの豆腐ぶら下げ風の盆/柴田理恵(2017/08)

2017年8月14日放送分より。4回連続才能アリながら前回凡人で「特待生」候補から少し遠ざかっていた「柴田理恵(現/特待生)」が披露した句です。

おわら風の盆は、富山県富山市八尾地区で、毎年9月1日から3日にかけて行われている富山県を代表する行事(年中行事)である。

越中おわら節の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い町の道筋で無言の踊り手たちが洗練された踊りを披露する。艶やかで優雅な女踊り、勇壮な男踊り、哀調のある音色を奏でる胡弓の調べなどが来訪者を魅了する。

おわら風の盆が行なわれる3日間、合計25万人前後の見物客が八尾を訪れ、町はたいへんな賑わいをみせる。

季語「風の盆」は、『二百十日』にあたる9月1日~3日に風の神を鎮め、豊年を祈るために行われる富山市八尾町のお祭りです。ですから、ローカルの行事ではあるのですが、伝統があり全国的にも知られるため、俳句歳時記に秋の季語として掲載されています。

まだ俳句特待生ではなかった柴田理恵さんですが、「俳句歳時記」を読み、地元(旧・八尾町出身)のお祭りが季語になっていることを知って、恐らく実体験を元に詠んだ句だったと思います。細かく見ていきましょう。

「もてなしの」
まず上五の「もてなしの」という言葉は、夏井先生も仰っていた通り、言葉の経済効率が非常に良い表現です。これだけで古き良き心遣いを感じ取れる世界観にたった5音で導くのですから、『非映像』の言葉として優秀です。

「もてなしの豆腐」
続いて、「豆腐」という(季語ではない)映像をもった言葉が出てきます。「もてなし」という言葉に比べると「豆腐」というのは非常に質素なもののように感じますが、その僅かな謎をもたせつつ後半に展開します。

「もてなしの豆腐ぶら下げ」
これが「豆腐を持って」とか「豆腐を買って」でない、「ぶら下げ」という動詞が、リアリティや手に袋を提げた質量を感じさせる点でも見事でした。この後の展開を読むと、市販のスーパーというより、地元の商店街とかの「お豆腐屋さん」ではないかと想像できます。

「もてなしの豆腐ぶら下げ風の盆」
そして、先に掲載しましたが、「風の盆」という土地感のある季語を下五に持ってくることで、全ての答え合わせがなされます。富山の水で作られた「お豆腐」を買って帰宅して、帰省かをする来客を出迎える、そんなおもてなしの心が現代にも息づいている、そんな北陸・富山の「風の盆」の頃であるよ、と。素晴らしい作品だと思いました。

※ちなみに柴田さんは、この後も「富山」らしい季語を多用して、才能アリを重ね、当時まだ少なかった女性特待生に昇格。特待生5級当時に「干鱈」の句で番組史上2人目の「2ランクアップ」を果たしましたよね。

2.子らの引く綱の雄々しく匂ひけり/武井壮(2017/10)

12回挑戦して才能ナシが1度もないという安定感を見せ続けている武井壮(直近では4回連続「才能アリ」)は、過去8回中6回が凡人査定という中で9回目の出場となる2017年10月19日の放送分で覚醒します。

(敢えて兼題の発表は最後にしますが、放送自体は10月=秋でした)

最も原理主義的に捉えれば、一見すると、この句には明確な季語らしいものはありません。また、季語の世界で「綱」を使った季語に「綱引(綱曳)」というものがありますが、季節を見てみると「新年」の季語となってます。

ポイントとして、俳句歳時記に載ってる江戸時代からの「綱引」は、小正月などに催される神事であるのです。(↓)は秋田県大曲の綱引の模様。

ですから、勿論、「子ら」を含めた男性陣が伝統行事の『綱引』を雄々しく引いて、その綱が匂ってくる(旧仮名遣いですし)光景と詠んでもOKです。

一方、季節が10月中旬なことからも明らかですし、皆さんが一般に「綱引」と聞いて経験したことがありそうなのは、運動会で行われる方の「綱引き」ではないでしょうか。

歳時記に、こちらの「綱引き」は載っていませんが、「運動会」自体は掲載されています(※秋で良いのかは一旦置いておくとして)。ですから運動会の子どもたちの「綱引き」の句として詠んでも、

「子らの引く綱の雄々しく匂ひけり」/武井壮

は、素直に後継を描けていて良い という評価だったかと思います。理想を言えば、「綱引きが新年の季語にもあることを知っていますよー、決して、『誤解していない』ですよー」というのをアピールしながら句を作った方が皆さんは宜しいかと思いますが、この句は絶妙なバランスでどちらの読みも成立しています。

※ちなみに武井壮さんは、NHK Eテレで「俳句番組」のMC(司会)を務めるなど、「プレバト!!」以外の俳句番組での活躍が目覚ましいです。

3.賽銭の音や初鳩青空へ/鈴木光(2019/01)

2018年は最高でも73点となっていた中、2019年1月3日のお正月3時間SPで、久々の「75点」が飛び出しました。番組対抗戦に出場した、「東大王」チームの【鈴木光】さんです。

初挑戦が才能アリ75点、2回目で「特待生」昇格を決めるなど【村上健志】名人以来となるスピード出世を決めた鈴木光さん。現行制度となってから、初挑戦で75点を決めたのは、彼女が最後となります。

番組対抗戦で迎え撃った“立川志らく(当時・特待生)”も添削ナシながら、鈴木光さんに軍配が上がりました。どこが良かったのか、見ていきます。

「賽銭の」
お賽銭自体は、一年中しても構いませんので、これ自体は季語となっていません。ただ場所が寺社仏閣であることは分かりますので、上手い上五です。

「賽銭の音や」
(初挑戦なのに)いきなりの句またがりを見せ、しかも「映像」の上五に「音」と付け加えることで聴覚も刺激してきています。加えて切れ字「や」で余韻を響かせる効果にも成功しています。

「賽銭の音や初鳩」
中七までで相当な要素が出てきているのですが、「賽銭の音や」でカットが切り替わった上で、次に登場してくるのが「初鳩」という新年の動物の季語です。(※「初○○」という形で新年最初に見たものを祝う気持ちについては別途記事を書いているのでご参照ください)

「賽銭の音や初鳩青空へ」
下五で更に「青空へ」という広い光景に展開した所の鮮やかさが見事です。実はこの句、それぞれを季語として言えば、「初詣」+「初鳩」+「初空」という3つの光景を1つの新年の季語によってバランスを見ながら、17音に収めきっている作品でもあるのです。

助詞「へ」については比較的イメージしやすいと思います。「(場所)へ」とすることで、「初鳩が青空へ【飛んでいく】」という部分が省略されているのですが、全く読みにブレは生じませんし、視線誘導もシンプルかつ自然です。この句を読むたびに、太平洋側のお正月の初晴の澄んだ青空が脳内に再生されてきそうです。

4.万緑に提げて遺品の紙袋/春風亭昇吉(2020/05)

鈴木光の快進撃の印象が強い中で、ほぼ同じく2回目で特待生昇格を決めたのが「春風亭昇吉」さん。2回目の登場時に披露した作品は、両永世名人からも絶賛をされるものでした。

「万緑に」
『万緑』というのは、映像があるようで漠然とした夏の季語です。どちらかというと、万緑の「頃合い」なニュアンスが強いため、実際のものが必要になってきます。

「万緑に提げて」
中七には動詞「提げる」が出てきます。柴田さんの句は「下げ」でしたが、こちらは提灯など用途が限定され、ぶらぶらと提げる印象の表記ですよね。

「万緑に提げて遺品の」
この中七の後半で、一気に空気感が日常から「非日常」に変わります。それだけ「遺品」という3音が力を持っているのです。残りのドラマを描くのは5音しかありません。

「万緑に提げて遺品の紙袋」
読みによっては「紙袋(の束)」が遺品という可能性もありますが、普通は「遺品が入った紙袋」という省略かと思います。結局は、下五まで詠んでも「紙袋の中に入っている遺品」が何かは分かりませんが、そこに「想像」の余地があり、それこそが俳句という17音の小さい器にピッタリ収まった作品だと思います。

5.冬天よ母を泣かせて来る街か/福田麻貴(2022/01)

新年一発目の査定で75点が出るのは2回目となりました。2022年の一発目の放送は、冬麗戦を前にした通常回。事前の番宣でも、1位は番組史上最高級の評価だと囃されていましたが、それが現実のものとなります。

2019年の鈴木光さん以降の3年間で、年に1回も出ていなかった「75点」が新年一発目の放送で飛び出したからです。詠者は芸人「3時のヒロイン」のメンバーでもある【福田麻貴】さんです。

「冬天よ」
日常語では「冬空」などと言いますが、より冷たく高い響きを持つ漢語の「冬天とうてん」も冬の季語となっています。そこに「よ」という呼びかけるかのような助詞を使って上五を切っています。

※思い出すのは、ダイヤモンド☆ユカイさんが2018年12月に披露した作品の「オリオンよ俺にシャウトをさせてくれ」です。これも形は近く、冬の空の季語に「よ」と呼びかけている思いのこもった作品でした。

「冬天よ母を泣かせて」
これも中七の後半で空気が変わります。「冬」と「母」を取り合わせた作品は五万とありますが、「母を泣かせて」という7音だけで、描けるドラマというのは尋常ではありません。漠然としていながら迫力や臨場感のある表現だと強く感じます。
中七まで読むと、この「冬天よ」の「よ」が、いわば『おお神よ!』の様な悲痛な思いの籠もった表現ではないかと感じられるようになります。

「冬天よ母を泣かせて来る街か」
正直言いまして、東国原名人が2020年の春光戦を制した「まるでシンバル移り来し街余寒/東国原英夫」という句よりも、この句は上ではないかとすら私は思ってしまうほどです、それぐらいの傑作です。実は下五もサラッと書いているようですが、工夫が凝らされている様に感じました。

  1. 「街」という字を使うことで「町」ではなく「都会」(東京や大阪など)レベルの街に「上京」などをしてきたことが一発で分かります。

  2. 私ならば、きっと「来る都会」などとしていましたが、「とかい」の3音ではなく、「街」と2音にした上で、最後に「か」という助詞を設けて、心情の吐露を表現している着地が本当に見事でした。

  3. また「来る」は現在形です。例えば私ならば「母を泣かせて来し」などと手癖で時制を過去系(来し=来た)としてしまいそうです。そうすることで、今まさに来たぐらいの臨場感が句を支配するのです。

福田麻貴さんについて、私は現状、最も特待生が近い存在の一人だと感じています。過去に詠んだ作品にも、

  • 1回目・70点:傷秋の箸とめぬよう団欒す
     → 団欒す傷秋の箸とめぬよう(ならば75点だった)

  • 4回目・70点:朧夜や四つ目のガム母まだか
     → 四つ目のガム朧夜を母まだか
      (これが分かるようになれば特待生 by 夏井先生)

などは、特待生を狙える様な文字通り「才能」のある70点・才能アリです。5回目(連続の才能アリ)で75点を獲得したのに、特待生への打診が無かったことが悔しくて堪らなかったのですが、チャンスはしばらく続くと思いますし、5回目の句を見れば、すんなり名人を取ってもおかしくないほどだという風に感じました。

※恐らく、才能アリ句の「芸風」が似ている(筒井真理子さんにも似た趣旨の注文がついたことがあった)ことがマイナス要因だったと思うのですが、ぜひそれならば放送中に一言添えてほしかったです。それぐらいの位置まで彼女は来ているというふうに感じました。

【おわりに】

「プレバト!!」の75点の句、如何だったでしょうか? 一つ一つの句を丁寧に詠んでいくと、それぞれの単語がはっきりとした意味を持ち、非常に絶妙なバランスで17音を構成していることが分かります。

2ランクアップの記事の最後には「2ランクアップ」の頻度が上がるのではないか? と書きましたが、こちらの「75点」はそう簡単には頻発しないと思います。「才能ナシ5点」と比べても同様です。

それぐらいに「傑作」に出会える機会は少ないので、もし貴方が「75点」の俳句(それ以上も理論上はあり得る)を見かけたら、1年に1度あるかないかの瞬間に立ち会えたのだと感じながら、その句をじっくり鑑賞していただきたいと思います。

(↑)夏井先生の新著(前回「世界一わかりやすい俳句の授業」から数年を経て、中級者にも対応した書籍)では、まさに今回の記事で話している様な「鑑賞」について丁寧に説明してくださっていますので、ぜひ一度お読みいただきますと幸いです。


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