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2023年はどんな年?

年をとったなあと感じる1年だった。

無茶をしたらしっかり体調崩すし、体は思うように動かなくて怪我するし、酒を飲んだら二日酔いに確実になるし。
常備薬に加えて、ヘパリーゼや病院から処方された薬を何錠も飲むような日々だった。
今年は医療費と薬代が半端なかった。出費が痛え〜💸

食べ物の好みや許容量も変わってきた。
油っこいものや甘いものを立て続けに食べられなくなった。特に焼肉と天ぷらは胃もたれ必須になってしまった。
去年まではケーキを2つ以上食べれていたのに、今では1個でまあまあキツイ。
あんなに避けてきた辛いものも少しずつ食べるようになった。まあまあ美味しい。
小さい頃、薬と一緒に飲んでた麦茶を口に入れる度吐き気がしていた時期があるくらい、苦手だった漢方も普通に飲めるようになってた。

わたしの身体は、ちゃんと年を取ってるらしい。無茶をして、知ることが出来ても、実感することは難しいね。これが大人の言っていた、「永遠に10代の気持ちのまま生きてる」感じか。

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昨日、書きっぱなしだった親への思いを綴った文章を3つ公開した。

数ヶ月前、流行病に罹って久しぶりに高熱を出した後に書いたものと、2〜3年前のもの。
いずれも、その時のわたしの気持ちまんまで、今のわたしも共感できる内容だ。
なんとなく、公開しておきたいなあと思ったから、今更出した。

わたしは自分の文章が好きで、過去の日記もふとした時に趣味感覚で読み返す。
「あ〜わかる〜」って時と、「え〜そんなこと思ってたん?」って時があって、今も昔も、わたしは変わらないところと変わってくところがはっきりしてて面白いなって思う。

ちなみに、今現在の親への気持ちは、「しゃ〜ない人らやなあ、一周まわって愛おしいわ笑」です。
この前祖母の家で、母と父が結婚する前の、バカップルぶりが発揮されたアルバムを見つけてしまった。祖母とふたりでそれ見てたら、もう愛おしくなってしまって。
両親はわたしが見たと知ったら恥ずかしくて恥ずかしくて死んでしまうやろうなという、してやったりな気持ちももちろんあるし、バカップルばりを限りなく馬鹿にしてるところもあるんだけど、それ以上に「こんな若かったんか〜」って気持ちがでかい。

母と父は19歲の頃に出会って、21歲で結婚、22歳で長女であるわたしを生んでる。
アルバムの中の両親は、今のわたしより実年齢が若くて、精神年齢は更に幼く見えた。自分らのことしか見えてない、まさに"青くて痛くて脆い"青年だった。

わたしら家族の問題は、まだまだ発達途上の青年が抱えるには、重すぎたと思う。結婚したら恋だけじゃ、好きだけじゃどうにもならないことが沢山ある。
自分たちの過去も、今も、何も整理できないまま、拗らせたまま、子どもや理想の家族の幻想に寄りかかって生きてきたんだと思う。
だから、新たな問題が起きた時、なんの対処もできず、ただ場に翻弄されて、自分を守ることに必死で、相手を傷つけてしまったんだと思う。

要は、まだまだガキンチョだったってこと。そして、今現在46歳の父と母も、24歳になったわたしよりもずっと幼くて、精神年齢が低いまま。それでも、22歳だった彼らよりは、ずっとずっと成長してることを、わたしは知ってる。

だから、もう本当に吹っ切れたというか、期待が無くなった。悲しい言い方に聞こえるかもしれないけど、かなり前向きでポジティブだよ。
理想の父母を求める気持ちが本当に無くなって、ありのままの父と母を愛おしく感じるようになった。

だからって、今後も関わることは無いけどね。わたしが父と母を受け入れることが出来たと言えども、これ以上あの人たちに傷つけられることは決して許さないし、勘弁して欲しいもの。
それに、父と母は変わらない。あの人たちは、ありのままのわたしを受け入れることはできないと思う。だって、ありのままの自分を受け入れることすら出来てないから。

でも、それでいい。あの人たちにとっては、それが自分を守る方法で、生かす方法だから。それがあの人たちの生き方だし、それでも一緒にいてくれる人や、生きてくれてる人がいるから。それでいいの。そこにわたしはいないだけ。

そして、わたしのこれからの人生にも、あの人たちはいない。正味、誰もいないと思う笑
その時々を一緒に生きる人達とはこれからもたくさん出会うけれど、一生ずっと一緒にいる人はいない気がする。
それに、わたしの1番大事な人はわたしだから、それより優先する人が見当たらない笑 わたしがわたしを優先するように、子どもたちを大事にしていくことはあるだろうけど、わたしが不動の一位っていう事実は永遠に変わらなさそう。

そんな感じで、メンタルもめちゃくちゃ安定した年だった。
大人っていいね。小さい頃から切望していた大人に近づいているのを感じて嬉しい。

ただ、子どもの頃や、それこそ1年前のわたしの感覚も忘れたくないし、好きだなあって思う。
トゲトゲで、自分に振り回されていて、他人に真摯にバカ真面目に関わって、正義感が強くて、語気は強いけれど、そんな自分に嫌気がさしていて。そんな過去のわたし。
今もわたしのなかにあるし、時折顔をのぞかせるけど、冷静に客観的にメタ的に認知する力も前に比べてついてきたから、あんなにも真っ直ぐなわたしはあの頃ならではだったと思う。
そんなわたしも大好き。

小さい頃から変わらないわたしもずっとそこにいて、その輪郭がはっきりしてきたのも、今年からかな。
物心ついた時から、人権について、しっかりと魂の底から善悪を理解していたと思う。(この言い方もあんまりしっくり来ないから、もうちょっと表現の方法を変える必要があるかも)
この世を生きる人々は、自分の権利について曖昧な実感しか持っていないと思ってる。だからこそ、その場の空気や環境で自分や他者を軽んじるような言動がまかり通っているんじゃないかな。
でも、わたしは最初から人権について敏感で、自分や他者が軽んじられると、それに対してしっかりと怒りの感情が湧いて、それは違う!と主張できるタイプだった。

そして、わたしはこれからもそのように生きていくんだと思う。自分や他者の人権を尊重していくような、そういう世界を作れるように周囲に働きかけるのが、この世でのわたしの役割なんだと思う。

自分の在り方の軸がはっきりして、メンタルの成長を感じられた年だったな。ついでに身体の老いも。

全体評価としては、学業も仕事もプライベートもめちゃくちゃ頑張ったので、満足感高め。
病気や怪我も、なっちゃったもんは仕方ないし、治ったらまた強くなれるから多分大丈夫。

来年は、出来れば健康に、そしてわたしらしく!新たなことに挑戦出来たらなと思う。

お疲れ様わたし!みんなもお疲れ様!また来年も会えたらいいな!

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