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適応障害の症状 ~初期から休職直前までの変遷~


こんにちは、toshiです。

今回は、私が適応障害と診断された初期の頃から、休職直前(厳密には「病気休暇」)までの心身の症状の変遷についてです。

1.まず、初めに

なぜ今回この記事を書こうと思ったかについて触れたいと思います。

私はメンタルダウンするまで、そもそも適応障害という病気の存在を知りませんでした。

どんどん心身の調子が悪化していくのに「もう少ししたら仕事にも慣れて症状は改善していくはず」と、自分に鞭を打って一生懸命突っ走っていました。
このとき、メンタルダウンという名の坂道を転がり落ちていることに気付けなかったのです。

この経験から、今回この記事を読んで「今、同じような症状がある」と心あたりのある方、そして同じ症状が再度出始めたときの未来の自分に、

そのまま突っ走っていくと、生きているのが心底辛くなるまで心がぶっ壊れてしまうよ。
そうなる前に休みをしっかり取って、またゆっくり無理なく取り組めばいい。
自分に優しくしてあげよう。

ということを伝えてあげられるような記録を残そうと思い、本記事を書きました。


2.症状の変遷 ~前期~

症状の変遷は前期と後期に分けて書きたいと思います。

まずは前期に現れた症状について。
今回メンタルダウンして思ったのは、前期の症状の時点で、すでにこれ以上頑張ってはいけないサインが出ていたのだな、ということです。

①不眠症

一番最初に出た症状は不眠症でした。
私はとにかく中途覚醒がひどく、夜中に何度も目が覚めていました。
0時就寝→2時覚醒→4時覚醒→そのまま眠れない みたいな状態。

特に朝方の覚醒で仕事が頭に浮かんできて「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ…」と焦りの気持ちが出てきてしまっていたことを覚えています。

②食欲減退

たしか不眠症が発症して、1か月近く経ったときのこと。
ストレスが溜まると食欲が旺盛になるはずの私が、とある日のしんどい会議が終わったあとを境目に、お昼ご飯をちゃんと食べられなくなりました。

「仕出し弁当の量は足らない!」と言っていた私が、いつも食べきれず残す…
ついには仕出し弁当を注文せず、何とかおにぎり1個を頬張るだけになりました。

結果、最終的には異動してから3か月で5kg程瘦せてしまい、久々に会った親からもすごく心配されました。

③自分の時間を楽しめなくなる

私は筋トレやランニングが好きでしたが、そもそも異動してから仕事に時間を割いて、あまり取り組めていませんでした。

そして久々に筋トレしようとしたときに、まったくやる気が起きませんでした。(そのときは身体が疲れて、運動する気にならなかったのかなと感じていました。)

また音楽を聴くのも好きで、たまたまチケットが当たったアーティストのライブに行ったときも、身体の疲れを感じてあまり楽しめませんでした。

あれだけ好きだったライブが楽しめない…今思い返すと本当に異常な状態だったように感じます。

④瞼の痙攣

ストレスを感じることがあったときによく瞼がピクついていました。
超短納期の仕事が発生したらピクピク…
訳わからない話が上から降ってきたらピクピク…
上長からのプレッシャーを感じるお言葉をぶつけられピクピク…

この症状、ストレスが溜まっているときによく起こる症状らしいです。


3.症状の変遷 ~後期~

後期になると①→⑥の順番で心身の状態が悪化していきました。
たしかこの間は2ケ月くらいだったと記憶しています。

①休みの日は寝たきり

土日は家事すらできないくらい、ぐったりしていました。
午前中はベッドの上、やっと起きたと思ったらソファの上。

あの体を動かせない感覚は、文章では伝えられない独特なものでした。
頑張って動こうと思っていても、金縛りにあっているかのように身体が動かない…みたいな。

②朝、起きられない

仕事行く日の朝に、お休みの日のように身体を動かしたくても動かせなくなりました。
そのため朝1時間休、午前休…と休む時間や頻度が少しずつ増えていきました。

このような突発的な朝のお休みが頻発し始めていると、すでに危険信号を超えてきている状況だと思うので、職場の人でこのような人がいたら要注意(というかもうほぼアウト)です。

③何かを決めることができない

仕事で「何から手をつけよう」「この案件はどの方法を取ろう」といった判断をすることがだんだんできなくなっていきました。

そしてついには私生活にも影響が出てきて、「買い物で何を買おう」や「今日のご飯は何を食べよう」などを決めるのもしんどい気持ちが出るようになってきました。

特にしんどい時期の頃は、「何も決められない、決めるという行動がしんどい」と泣きながらぼやいていたことを思い出します。

④涙がしょっちゅう溢れてくる

朝ベッドの上で…
家で休んでいるときソファの上で…
よく勝手に涙が溢れていました。理由もないのに辛く、悲しくなるのです。

症状が悪化した頃には、駅のホームや電車の中でも、よく泣いていました。
公共空間でずっと涙流しているって中々ヤバい状態ですよね。(ちなみに誰も大丈夫かの声をかけてはくれませんでした。ま、この世の中そんなもんですよね笑)

⑤家に帰れない

仕事帰りに最寄り駅から家まで帰れなくなりました。
私の家は駅まで徒歩13分くらいなのですが、この距離を歩いて帰る体力がなくなるほど、毎日燃え尽きていました。
しかたなく、最寄り駅のベンチで30分くらい座って休んでから、少しずつ歩き出していました。(ちなみに、このベンチに座っている間も涙が溢れている)

⑥自分が生きている価値がないと思う

この思考に行きついてしまうまで、以下のよう悪化の流れを辿っていった気がします。

うまく仕事がこなせなくて、みんなに申し訳ない

こんな自分は組織にいらないのではないか

こんな自分は生きている価値がないのではないか

最初は心身が悪化して思い通りに仕事ができなくなってくるので、自分を責めるようになってきます。
四六時中自分を責め続けると、徐々に「自分にはもう生きている価値がない」という思考に移り変わってくるのです。
この精神状態は本当に危険だと思います。今更ながら自分でも恐ろしいです。

4.最後に


以上、私が適応障害で休職するまでの心身悪化の流れです。

改めて読むと、なんでそこまで心身の調子悪いのに休職しなかったの…と言われてしまう程の症状ですね。

実際、後期に入った頃には、毎日妻から「今日こそは職場で『もう無理です、休みたいです』って言うんだよ。」と説得されていました。
(説得されていたけど、もはや休む判断ができるほど頭が回っていなかった。)

とにかく恐ろしかったのは、この状態まで転がり落ちるのに数か月しか経っていないということ。
異動する数か月前はゴリゴリ働いてた自分にとって、ここまでメンタルダウンすることはまったく想像できませんでした。

上であげた、私の前期の頃の症状が出ている方、本当に自分を大事にしてあげてください。
1つ何かトリガーを引いてしまうだけで、あっという間にメンタルはぶっ壊れてしまいます。


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