見出し画像

THUG LIFE|アメリカベストセラー小説が繋ぐ2pacのアクティビズム

「私が12歳になった時、両親は2つの話をした。1つはよくあるバードアンドビー(性行為の話)の話。もう1つの話は、もし警察に止められたら、どうするかってこと。

ママはその話をするには私はまだ若すぎるって嫌がっていた。パパは若いからといって、警察に捕まったり撃たれたりしないわけじゃない、と反論した。スター、いいか良く聞け。警察官が何をいってきてもその通りにしなくてはいけない。パパはそう言った。両手を見えるところに置き続けるんだ。絶対にいきなり動いたりしちゃいけない。警官が話しかけてきた時しか、話したらいけないよ。」

これは2017年にアメリカで出版されたアンジー・トーマスの処女作「The Hate U Give」の一節なのですが、私はこの一節に、小説の全てがギュッと詰まっているといっても過言ではないといえるほど、THUG「お前らが与えた憎しみ」を表現していると思います。

16歳の黒人の女の子スターは2つの世界を行き来しながら生きています。スターの父親は「ここには生活の全てがあるんだ」と、貧しい黒人街ガーデンハイツに住み続けていますが、両親共に、セックスやドラッグ問題が後を絶たない黒人街で学校に行かせることを懸念し、スターは高級住宅街の学校に通っています。2つの世界を行き来することは簡単ではなく、危ういバランス感覚が突然崩れ始めます。幼馴染みカリルが、突然目の前で警官に銃殺されるのをスターは目撃します。しかも、カリルは丸腰でした。

カリルは生活の為に、ストリートでドラッグを売っていた事から「ドラッグディーラー」だったなら殺されても仕方なかったんじゃないか?という声が出始める中、プロテスター達は「カリルは警官に殺されたんだ。彼に正義を!」と声を上げ始めます。カリルが亡くなった夜、本当は何があったのか、全てを目撃したスターが自分の声を世界に発信しようとしますが、それは彼女の生活を危険にさらすことでもあります。果たしてスターはどうするのか?!

著者のアンジー・トーマスは、2009年に黒人オスカー・グラントがカリフォルニアの駅で何もしていないのに手錠をかけられ、そのまま白人警察官に背後から射殺された事件を受けて「自分も何かしなくてはならない」と思い、この小説を書き上げたそう。トーマスは、小説を書き上げたものの出版してくれる会社があるか否か、当時はとても心配したそうなのですが、13の出版社が出版権のオークションに参加し、更には映画化まで決定。YA(アングアダルト)という子供向けジャンルの出版だったにも関わらず、全米で幅広い層から非常に高い評価を獲得しました。

この小説のタイトルは、90年代に一世風靡したラッパー2pacが取り組んでいた「THUG LIFE」というアクティビズムが基になっています。「The Hate U Give Little Infants,Fuck Everybody 」直訳で「お前らが幼い子供達に与える憎しみ,お前ら全員クソだ」という意味なのですが、2pacは「どんなに酷い差別や不平等にも負けずに、そこから成功する為に行動することを心に誓う」という意味でこのアクティビズムに取り組んでいました。2pacは「thug life」というタトゥーをお腹に入れていたのですが、この言葉は今もブラックカルチャーの中で引き継がれていて、歌姫リアーナも指に「thug life」のタトゥーを入れていました。

著書のトーマスは、2pacのアクティビズムに共鳴していて、だからこそ2pacのアイコンであるバンダナを頭に巻いた黒人の少女スターを小説の表紙にした、とあるインタビューで答えていました。トーマスは、物語の主人公スターの父親をブラックパンサー(黒人の地位や人権向上を訴える組織)支持者として描いているのですが、2pacの母親もブラックパンサーの一員でした。

ブラックパンサーは、白人警察官に不当に射殺される黒人達が黒人だから仕方ないと沈黙するのではなく「know your right 」「自分達の権利を知ること」を訴え、教育の価値や言葉の価値を信じ、演説などにも力を入れていました。過激な部分もあったけれども、決して白人を差別しようと呼びかける組織ではありませんでした。

2pacの母親はブラックパンサーの一員としてニューヨークに爆弾を仕掛けた容疑で逮捕されますが、その後無罪で釈放されます。しかしコカイン中毒から立ち直れず、2pacが17歳で家出するまでの間、各地を転々とし、一時期、一家はホームレスになっていたこともあったそう。

(2packのあまり語られていない10代の頃や、彼が殺害されるに至ったストーリーをアメリカの人気ポッドキャストSlow Burnが特集しています。他では聞けないストリーばかりですので、興味のある方は是非!1番下にリンクを貼っています)

日本で暮らしていると、黒人がどうしてドラッグから手を引けないのか、なぜゲットー(治安が悪く貧しい黒人街)はなくならないのか、肌で体験することは難しいな…とよく思うのですが、この小説はそれらを擬似体験させてくれます。アメリカに住む黒人達が生まれてから死ぬまで与えられ続ける「Hate」「憎しみ」が様々な人種に肌感覚で理解できるように描いたからこそ、この小説は今でも売れ続けているのだと思います。

アンジーがこの本を出版してから3年が経とうとしていますが、つい先日もサンフランシスコの地下鉄のホームでサンドイッチを食べていただけで黒人が逮捕されました。これには、刑務所民営化という大問題も背景にあるのですが、それは今回の主旨ではないので、またの機会に。2pacが生きていた時代と今が大きく異なるのは、世界はコネクトされたことだと思います。不当な理由で逮捕される瞬間を、みんながスマホに記録し、直ぐに拡散できる。それを見た白人や、有色人種、黒人が一緒になって駅のホームでサンドイッチを食べて抗議する。

アメリカでは血を流さずに抗議運動を起こし、発展させていこうという希望の源泉のようなものが湧き上がろうとしていて、#BlackLivesMatter (黒人の命も重要だ)というムーブメントがずっと続いています。このムーブメントには白人も参加していて、白人から「white silence equals violent 」「白人の沈黙は暴力だ」という今までに無かった声が上がり始めています。

今日の明日で何かが変わることはないかもしれないけれど、きっと少しは良くなる。良くなってほしい…そんな希望がないと、未来は切り開けない。

2pacが亡くなった時、日本にはMTVぐらいしか情報源がなく、私が”実際“に2pacが亡くなったと知ったのは2週間ほど後だったと思います。タイムラグがあったからかなのか、情報があまりにも少なかったからなのか、当時2pacが死亡したニュースと共に流れていた、彼が貧困地域の黒人の子供達や女性と明るく笑い合って話していた映像などを見ると2pacはまだどこかで生きているんじゃないか…と思ったりもしていました。 

でも、大人になってから改めて2pacのインタビューを見ると、黒人の多くの人が、沢山の困難に遭ったにもかかかわらず「なぜあんなに明るいのか」が少し分かるようになりました。それは明るくないとやっていけないくらい暗いものを知っているからだと…


Bibliography:サンフランシスコで電車待ちをしながらサンドイッチを食べていた男を警察官が拘束


Bibliography :Slow Burn ポッドキャスト



















この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?