#エッセイ 『子育ての身体性』

 今年も日本の新生児の出生数が下がり、ニュースでも少子化関連の報道が連日のようにされています。子供の数が減っているのでそれぞれの家庭ではさぞ大事に育てているのだろうと思いきや、それに相反するような目を覆いたくなるようなニュースが毎日のように報道されているのが気になります。
 そんなニュースでよく見る内容としては、若い父親や母親が赤ん坊に暴力をふるって殺めてしまうというニュースです。自らの子の頭を揺さぶったり、顔や頭を叩いたりして死に至らしめてしまうというものや、またもっと強烈な事件では生まれたばかりの赤ん坊を外に捨ててしまうというものもあります。またこれも信じられないのですが、離婚をして幼い幼児を持つ若い女性の部屋で、内縁の夫と称される男性が子供に暴力を振るというケースもあるようです。もちろん子供が命を落とすからこそニュースになるのでしょうが、ちょっと信じられない内容ばかりで、このようなニュースを聞くといつも胸が痛みます。
 どうしたらそんな酷い事が出来るのでしょうか?男女に限らず子供に愛情を注ぎケアする感情を”母性”というなら、どうやらその母性という感情は生まれつき人に備わっている先天的な能力ではないようです。やはり人は生まれた後の生活の中で母性というものを身に付けていく能力のようです。自分が子供の頃には当たり前のように親からの愛情を受け、また自分より上の兄弟から面倒を見てもらったり、逆に自分より下の兄弟を面倒見たりという事が生活の中で普通に行われているからこそ自然と身に着いていくというとても後天的な物だと思うのです。現代社会では個人の自己実現の達成の為、もしくは自己表現の為の教育という事に関してはかなり充実していると思うのですが、他者をケアするという教育や教えという事に関しては充分ではないのでしょう。それは教育機関などで学ぶようなことではなく、日常の生活全般の中で自然と身に付けていくことなのです。それぞれの人自身が子供の頃から親や周りの人に世話をしてもらったり、また他の誰かを世話したりしながら身に付けるという事は知識ではなく無条件に反応する身体性だと思うのです。現代の核家族ではそのような経験を十分に積むのが難しいのでしょう。だから若い母親が自分の生んだ小さな赤ん坊を手に抱いた時に戸惑いを感じたりするのではないでしょうか。また男性の場合は女性に比べて自らが出産を経るわけではないので親になるという自覚が女性に比べて少し遅いともいわれています。ましてや内縁の夫として転がり込んだ女性の部屋で血のつながらない子供を疎ましく思うというのも充分あり得ると思うのです。

 子供に対するDVはおそらく景気の悪さから来る生活の不満の苛立ちとは関係ないでしょう。どんなに貧しい生活をしていても母性の備わっている親は最後まで自分の子を手放そうとはしません。しかしそれが本当にいい事なのかという事を考えさせられてしまうような事が先日あったのです。先週のNHKの朝の連続ドラマ『虎に翼』を見ていた時に、主人公の寅子が『時には親との縁を切っても構わないと思うのです。周りに世話をしてくれる大人がいればそれでいいです』という内容のセリフを言っていました。言われてみればそれはまさにその通りだと思うのです。愛情を持って育てることが出来ない親よりは、情を持って世話をしてくれる人が周りにいれば確かに問題は無いでしょう。でもこのセリフは家庭裁判所内でのことです。実際の生活の中でそう簡単に子供を他人に渡すという事は現実には想定しにくいです。ですから実際には子供は自分の親元で育つという事を前提に考えるべきなんですね。そうなると親になるそれぞれの人間の母性の有無という事が問題になるのでしょうが、実際のところ、子供に手を挙げてしまう親にしても普段はそれなりに可愛がっていると思われるところもあるようです。被害にあった子供の写真が報道で出てきた時に、どの子もそれなりに可愛い服を着せてもらっていたり、またその加害者である親と笑って映っていたりする写真が出てきたりします。そこから垣間見えることは、やはり子育ての難しさという事だと思うのです。普段は子供をかわいがっても、いざという時に幼い子供の泣き声やわがままに我慢がしきれなくなって思わず手を挙げてしまうというケースが多いのでしょう。その時にこそ本当の母性という事が発揮されるべき瞬間なのでしょう。しかもそれは本人にも自覚かない状態で発揮されるのだと思うのです。
 核家族という形態が問題なのか、景気の悪さが問題なのか、それともその両方の問題が混ざっているのかそれは私には分からないのですが、徐々に家庭環境の劣化と、その家庭の中での親子の人間関係の劣化が今日の問題に繋がっているのは間違いが無いとは思うのです。私たちの国にも色々な問題があると思うのですが、もしかしたら一番大切な問題は家庭ないし家族の在り方なのかもしれません。政治不信や赤字の財政、外交などの見えやすいことと並んで子供への暴力も連日ニュースになりますが、一番問題にしなければならない家庭と親子の在り方なんかは取り上げられることも無く、むしろ問題と気が付かれていないような気がするのです。





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