震災教訓も20年かかれば、感染症も…

毎年1-3月は、1995年の阪神淡路大震災と2011年の東日本大震災の慰霊が行われる時期である。当時は多くの尊い命を失いながらも、自然災害が多いこの国が多くの震災を経験し、今後の震災の為に、と少しずつ学びを増やしていったことも事実かと思う。

例としては、幼少時からの震災・防災への教育、公共施設の整備や防波堤の強化、実際の避難訓練を通じた住民の意識の変化による減災への対応、そして災害発生時のボランティア活動へ、という仕組みが作られてきた。

上記記事にもあるが、突然来る震災を減災する努力も必要だが、その後の復興をどのように取り込むか、過去の経験は生きている面もあるようだ。

6434人が犠牲となった阪神大震災から17日で26年となった。神戸市長田区の再開発事業で整備された大型商業ビルは、かつてのにぎわいを取り戻すことができなかった。これを復興の教訓としたのが東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県女川町の商店街だ。「過ちを繰り返すな」。思いを託された商店街は「身の丈に合った」復興を進めている。…女川町は震災で約9割の家屋が被害を受けた。商店主の多くも家族や自宅を失い、再建に向けた余裕はなかった。町が救援物資の配送など災害対応に追われる中、地元の商工会が商店の復興計画の中心となった。

このように、震災において過去の経験則から学び、それをできるだけ活かせるように、という日本の真面目さが出ており、且つ震災という特徴から、局地的な災害には対応する仕組みが以前より構築され始めている、と感じる。一方で今足元で流行っているコロナ感染拡大のような、全域にわたる災害や危機に対しては、前例が1918-1919年のスペイン風邪であるため、戦後の経験はなく、国家システムや法律等も整っていない、所謂前例のない対応が求められる、ということだろう。

新型コロナウイルスが中国武漢で拡大し始めてから、既に2年目に入ったわけで、ウイルスに関することは少しずつ分かってきた一方で、経済を回しながらとウイルス感染の予防を図る、という日本を含めた先進国のやり方が、特に冬においては、あまりうまく行かなかったようである。また変異型ウイルス感染拡大も、コロナ感染の勢いを逆に伸ばしているようである。

このような流れで、民間病院への病床確保の依頼や私権制限や罰金も含めた特措法の改定へ動いているわけですが、他の震災時同様、例え想定できたシナリオであったとしても、日本においては実際に起こるまで、対応策を細かく考えるのは難しかったのかも、と感じる。

これからは、様々な抗コロナウイルスのワクチンが世界中で配布され始めるわけですが、ワクチンがmRNA型であること、また接種の仕方やロジなど、やはり前例がないことを扱う、という面では根詰まりが起きるのでは、と何となく予想がつく。

日本もこのコロナ感染拡大が終わったのち(これから2-3年後)に、やっと感染症対策の仕組みが少しずつでき始めるのだろう。次の感染症対策のために、足元の対策も頑張るしかない、ということだ。

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