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何をしようか? 一見 元気になった次女は何を思う?何ができる?

2年前の出来事から私が人として親として気づいたことが多々ありました。
そこからいろいろと私の学び直しが始まりました。

思考も行動もフル回転

次女の活動的な時間が増え、部屋にこもる時間が少なくなってきて、この変化を(病院の)先生なんというだろうと、少し次の受診が心待になりました。

彼女が話せるようになった時にいろいろ聞いていて、話ができなかった期間中(ほぼ寝ていた時)も彼女の思考はフル回転だったのではないかということを感じました。
うちに帰って来る前のことや帰ってきてからのこと

他の人が聞けば、”そんなこと”と思う程度のことでもずっと考えていたり
彼女の頭の中が思考でパンパンなのが伝わってきます。
結局最後は、いつも「ちょっと頭を休めてぼーっとしてみよう」と言うと
「ぼーっとなんかできない」「考えちゃうんだから」「ずーっと考えちゃうから夜も寝れない」と返ってきます。

それでは、何か気が逸れることをした方がいいかもと
初めはパソコンをいじらせ、飽きるとテレビを見たり、ゲームをしたり、料理をしたり、絵を描いたり、掃除をしたり。

飽きると「次は何する?」といった感じで聞いてきます。
何かをしていないと落ち着かないみたいでした。
けれども自分がしたいことがなく、何かをしてもうまく出来ない。
やり初めても集中力が続かなく飽きてしまう。
興味がないことはしたくない。
といった感じです。

特にこの時期は本を読むことも音楽を聴くこともできず、テレビはほんの5分くらいしか継続して観れませんでした。

「何すればいい?」と聞かれる度に 彼女に「することの提案」をするようになりました。
ただ、私がして楽しいこと興味あることを薦めて、それを彼女が興味を持たないと私が1人でやることになります。そうすると彼女は面白くなく不機嫌になります。

真逆な2人 几帳面とずぼら

こうなると、改めて私と娘の真逆さ、相性の悪さを思い出すことになりました。

高校生くらいから娘の私に対する態度は反抗期かと思って、そんなに重大には受け止めずにいました。
今思えば、私は娘のことを何も理解できていませんでした。そんな親だから話もしたくなかったのだろうと思います。

私はワリといい加減で、すぼら、
娘はおちゃらけたところはあるけど真面目で几帳面。
たぶんそんな私を娘は許せなかったのでしょう。

そんなこともつゆ知らず 私は家ではマイルールに乗っ取り自分のペースで生活しているのですから、娘にしてみれば息が詰まる思いだったのだと今では想像できます。

「片付け下手」ではなく「片付けられない人」に気づく

子育てをし始めてから物がどんどん増えていくにつれ”自分は片づけられない人”という思いもどんどん増長していき、常に”片づけなきゃ!”と言う思いが頭にありました。
それなのに、無謀にもフルタイムで働き始めてしまい、”片付けができない”、そんな生活を7年続けてとうとう
”フルタイムで働いで家事炊事をこなすことが自分には無理”
と気付いたのが今から2年前のこの時でした。

休職中に片付けをするつもりでいたタイミングで、家を出た次女が病んでもどってきたので 見守りながらやればよかったものの、そんな気分にもならずに(言い訳)結局、几帳面な娘が私の仕事に出かけている間やる事がなく 気になる散らかりを片付けることになりました。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。




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