人並みの交差点、渡り損ねて シュウジ編8
街角で偶然出会ったユウキに講座で勉強したことを使って、アドバイスできたシュウジ。今日はハジメさんの家で飲み会に誘われてーー
窓から外を見たら、目の前に河川敷が広がっている。ベランダはバーベキューくらいなら出来そうな大きさだ。郊外とはいえ2DK。それを買うなんてハジメさんも思い切ったな。ハジメさんがナオユキさんを出迎えて、こちらへ連れてくると僕に尋ねる。
「シュウジさん、何飲みますか」
「じゃあ、ビール頂けますか」
「ボクも」
俺に便乗するようにスバルくんが言う。ナオユキさんは小さな紙袋をハジメさんに渡した。手土産だろうか。
「ハジメさん、今日もお誘いありがとうございます。素敵なお家ですね」
「いやぁ、ナオユキさんの家に比べたらたいしたことないですよ」
ハジメさんはそう言いながら、俺にビールの缶を渡してくれた。見たことがないデザインだったのでチェックをしたら、どこかの地ビールのようだ。開けて、一口飲むとフルーティな香りが広がる。自分では選ばないと思うが、美味しい。
「ナオユキさんのところは凄かったですけど、俺はここみたいに自然が身近なところの方が好きですね」
「そうですか。だったら、また遊びに来てくださいよ。川沿いの木、全部桜なんでお花見出来ますよ」
「良いですね。そこのベランダ、あの広さだったらバーベキューとかも出来そうですよね」
「ええ。夏は花火大会も見えるんですよ」
「へぇ」
「自分の家はみんなで集まれるところにしたかったんで、いろいろイベントが出来るところを探してたんですよ」
なるほど。俺にはない観点だ。俺だったらどんな家を選ぶだろうか。今は寝れたら良いくらいに思っているが、買うんだったらそれだけじゃもったいない気がする。
隣で話を聞いていたんだろう。スバルくんが口をはさんでくる。
「みんなで集まってばかりだから、ハジメさんは恋人出来ないんだよ」
「ふふふ。スバルくん、そういう生意気なことを言う子にはローストビーフあげませんよ」
「ウソです。ごめんなさい。ローストビーフ食べたいです」
「よろしい」
ハジメさんは冷蔵庫から肉の塊を取り出して、包丁でサッと切って葉野菜と一緒に皿に盛りつけていく。そうして出来上がったものをテーブルに持ってきてくれた。
「ソースはお好みで付けてね」
「このホースラディッシュのソースが癖になるんだよね」
スバルくんは取った肉にスプーンでたっぷりかける。
「へぇ」
オススメに従って食べたが最後。もう一枚もう一枚と手が止まらない。これじゃあ、はじまる前なのにお腹がいっぱいになってしまいそうだ。
確か前回いなかったもう一人来ると聞いていたけれども、大丈夫だろうか。
「えぇ?ハジメさん、アイツ来ないって」
ローストビーフを食べながらスマートフォンをいじっていたスバルくんが声をあげる。
「ちょっと難しいかもとは言ってたけど、やっぱりダメだったか」
「絶対男のところだよ」
「そういえば、歳上の彼氏が出来たって言ってたもんね」
「アイツ、恋人が出来たらそっち中心だもん」
「前の恋人と別れて、けっこう引きずってたからね。今度こそ上手くいくといいけど」
「どうだろ?アイツ、ダメンズに引っ掛かりやすいから」
「うーん。それは否定出来ないけど」
俺は二人が話をしているのを眺めながら、ビールを飲む。
「って、シュウジさんすみません。今日、もう一人来る予定だったんですが、来れなくなったみたいで。だから今日はこの三人になります」
「大丈夫ですよ」
「普段はドタキャンする子じゃないんですけどね」
「どんな人なんですか」
「前回も来る予定だったウェブ系のメディアで働いてる子です。年はスバルくんと同じくらいで、真面目なんですよ」
「真面目そうに見えて実際にはビッチだけどね」
スバルくんが口をはさむ。
「本人がいないところでそういうこと言っちゃダメだよ」
ハジメさんは叱るが、スバルくんは素知らぬ顔だ。彼は俺に尋ねる。
「シュウジさんも真面目な感じですけど、意外性ある方?」
「うーん。俺もスバルくんと同じくらいの時はそれなりだったけど、最近はめっきり性欲が落ち着いてきてさ」
「ゲッ、四十でそうなるの?この前、マサユキさんもそう言ってたよね」
「人によるんじゃないか。友だちで遊び回ってる奴もいるから」
「ふぅん。じゃあ、シュウジさんはもうセックスにあんまり興味ないの?」
俺もスバルくんくらいの頃だったら、ユウキに対してもっと積極的にいけたかもしれないないな。
「そんなことないけどさ。執着心は弱くなっているんじゃないかな。この前だってーー」
「えっ、この前って何?」
しまった。口が滑った。
「いや、何でもない」
「そんな訳ないじゃん。何があったんですか」
「たいしたことじゃないって」
「そうやってもったいぶるんだ。教えてよ。減るもんじゃなし。ボク、しつこいんだよ」
スバルくんは俺の身体を揺さぶる。
「ねぇ」
俺は顔を背けて黙りこんだ。
「そういうことするんだ。だったら」
「ひゃん」
急に脇腹をくすぐられて、変な声が漏れてしまった。俺はくすぐりに弱い。触られただけでダメなのだ。
「意外とかわいい声出すじゃないですか。もっと鳴かせてあげましょうか」
俺はスバルくんの手をつかんで、これ以上弄ばれないようにガードした。だが、スバルくんはそれをすり抜けてこようとする。
「もう、わかったよ。言う言う。言うから」
「よろしい。そうやって最初から大人しく話をしたらいいんです」
まったく。何でそんなこと言われなくちゃいけないんだ。まあいいか。誰かに話をした方が気持ちも整理出来るかもしれない。
「長い付き合いの友だちなんだけどさ。以前気になってた時がある奴で。でも、知り合ってすぐに恋人が出来たから特に何も思ってなかったんだ」
「うんうん」
「で、この前偶然駅で会ったんだ。そしたら、そいつの様子がおかしくて、急に泣き出して」
「それでそれで」
「近くの喫茶店に連れて言って、話を聞いたら恋人とケンカしたって言うんだよ」
「おぉ」
「で、話を聞いて、俺が感じたことを伝えたら、とっても喜んでくれて」
「で、お持ち帰りしたの?」
「やってないから話をしてるんだろ。でも、俺に執着心ってものがあったら違う展開があったのかなって思ったんだ」
「どうだろ。ボクだったら確実にしてたと思うけど。そういうこと考えなかったの?」
「考えたよ。でもさ、そいつが幸せであるために何が必要なのか考えた時に、俺じゃないなって思ったんだ。うらやましいくらい仲がいいカップルだから」
「ヘタレ」
「だろうな。でも、あいつの笑顔を見た時、とっても嬉しかったんだ」
ハジメさんがもう一本ビールの缶を開けて、俺に言う。
「そんな風に思えるなんて素敵ですね」
「ですかね。そういえば、この前心理学の講座で教えてもらったことが役にたちましたよ」
「ああ、笹部さんの。早速実践したってことですか。スゴいですね」
「所詮、付け焼き刃ですよ。でも、真似事でもちょっとは役に立ったみたいで。そいつにカウンセラーっぽいって言われました」
「へぇ。確かにシュウジさんには向いてるかもしれませんね」
「ボクもそう思う。シュウジさんって話をしやすい雰囲気あるもん」
スバルくんもうなずく。
「そんな簡単なものでもないでしょ。まあ、もう少し詳しく勉強してみたいとは思いましたけど」
「いいですねぇ。とりあえず、笹部さんに連絡してみたらどうですか。あの人も仕事しながら、カウンセラーの資格を取ったっていってましたよ」
「へぇ。じゃあ、後でメールを送ってみるかな」
俺がそう言うとハジメさんは微笑みを浮かべた。後ろで電子音が鳴る。
「あっ、オーブンで焼いてた料理が出来たみたいです。ちょっと見てきますね」
ハジメさんはキッチンの方へ向かった。何か手伝った方がいいかな。俺が立ち上がろうとしたら、スバルくんが近くに寄ってきた。
「シュウジさん、もっと悪い人になったらモテるのに」
スバルくんは身体を更に近づけて、耳元でささやく。
「でも、ボクは好きだな。そういう人」
スバルくんの方を向くと顔が至近距離にある。目が合うとニッコリ笑う。
「まあ、ボクは今好きな人がいるから付き合えないけどね」
多分、スバルくんなりの褒め言葉なんだろう。まあ、好意だけは受け取っておくか。
「そんな風に言ってくれて、ありがとう」
俺が笑顔で返すと、スバルくんは驚いた顔をしたがすぐに元の笑顔に戻った。かと思うと急に立ち上がった。
「もしかして、ラザニア?」
言われてみれば濃厚なチーズの香りがする。
「そうだよ。鼻が利くなぁ」
「美味しいものは待ってくれないからね。ちゃんとゲットしなきゃ」
スバルくんはキッチンの方へかけていく。俺も何か手伝おう。
立ち上がると河川敷に木が並んでいるのが見える。あれがハジメさんの言ってた桜だろうか。よく見たら、少しピンク色になっている。そうか。もう春なんだな。
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