私たちの平和憲法、私自身の掟
福岡市の中心部、博多から広がる11月のイルミネーションは、延々と続き、マンハッタン顔負けの煌びやかさです(たぶん東京よりも? それはわたしには判断つきかねます。東京滞在中にわかるかもしれません)。
その輝きと、キャリーバッグと共に行き交う多国人の群れ、耳に届く多言語、駅や道路の特大サイズ、入り組んだ(と、イナカモノ、いえ、異邦人?のわたしには感じられる)地下鉄とバスの路線に、クラクラしながら、あちらこちらを走り回り、そして大勢の方々との深い交流を持った週末でした。
そこには、CRSのデザインを手がけてくださったCloud AO を含む、ニューヨークの友人が協力して完成させたTheater 010 もあり、しっかり目撃してきました。
(Cloud AOがデザインしたCRS三階の通称ホワイトルームは、全米の建築デザイン賞で優勝しました。また、オーストラリアの建築雑誌で、「世界でいちばんニルバーナに近いスペース」として紹介されました。彼らの最新作(今月です)は、ニューオーリンズの国立第二次世界大戦博物館のパビリオンということです。ええっ? 何でしょうこの博物館は? 興味深いです。近いうちに訪ねてみたいものです。)
その週末の中のたった数分のことなのですが、わたし自身にとても意味の深かったあるものを、ここに再現しておきたいと思います。
大勢の皆さんとシェアさせていただいた、日本国憲法前文(第9条の方は文化の日にシェアしました)。その、たいへんシンプルな英訳を、同様に平明で美しい日本語に訳した(こういうのを逆輸入ならぬ逆訳とでも呼ぶのでしょうか?)小さな書籍があります。それは、わたしが45年も前に関わらせてもらっていたフライコミュニケーションズというプロダクションの、南風椎さんの作品で、長い間、大事に手元に置いてきた本です。
(フライコミュニケーションズに、わたしの後に参加した坂本悦子はーーー敬称略―――今、CRSで一緒に仕事をしています。長い付き合いです。歳を重ねることの有り難さのひとつですね)。
(ちなみに、フライコミュニケーションズは、今は存在していません。代表の南風椎こと長野真さんは故人となりました。ただ、彼とその仲間による数々の著作は、今も宝石の輝きを放っています)。
またしても、話がどんどん逸れていきそう。戻します。
ここでわたしは、平和憲法前文の、「私たち日本人は」という箇所を、ただ「私たちは」に変えて読んでいます。なぜならば、ニューヨークに住んで以来、「私たち日本人」という概念が、自分の中にはなくなってしまっているからです。
さらにはまた、いくつかの箇所を置き換えてもいて、そこには「神」という言葉も入っています(言わずもがなですが、あのカミカゼとは無関係の言葉です)。
この「神」は、先日発売になった拙著の、こちらも前文から抜粋(多少端折っている箇所、前後の文脈がない分を埋め合わせている箇所があります)すると、説明になるかと思います。
長々とした前置きに、さらに長い前書きが入ってしまいました。
始めます。日本国憲法前文。おこがましくも書き換えて、私たちの法、あるいは、わたし自身の掟として、ここに記します。
私は、真の自身の声を通して行動します。
私は、地上のあらゆる兄弟姉妹たちとの平和な協力によって支えられる実りと、大地の隅々まで広がる、自由がもたらしてくれる恵みを、決して見過ごさないことを心に決めました。私自身のため、そして私たちの子孫たちのために。
私は、闘い(戦争)と恐怖(攻撃と守りの恐怖)を、心の中に決して起こさせないことを決意しています。
私は、私たち一人ひとりが、同様の、最高の、完璧な力を持つことを宣言します。
そして私は揺るぎない意志で、この掟を定めました。
私の生命の統治は、私自身が信頼を通して認識した神によっています。神の権威は心の中に在り、そこから行使され、私たち全員にその恵みが分かち合われ、祝福されています。
これは、全員がもつ原則であり、この掟は、この原則に基づいています。
私は、これに反するいかなる法、“常識”、葛藤、攻撃を排除します。
私は、神の中で、永遠の平和に留まります。
私は、人と人との友好関係を司っているこの聖なるものをいつも自覚していたい。
私は、世界中の人々の同様の思いを信頼し、私たちの安全と存続を決意しています。
平和を守り、専制、奴隷制、圧制、偏狭を追放しようとしているこの地上で、私は、誇り高くいたいと願っています。
世界中の人々が、恐怖も欠乏もない、平和な暮らしの権利を持っていることを私は認識しています。
私は、地球上のどこに暮らしていても、常にすべての国、人々と共にあるという法が通用しない場所はないと知っています。
自身の主権を保ち、すべての人々と対等な関係を築こうとする私たちにとって、この掟に従うことは生命の土台なのだと、私は認識しています。
私は、自身の生命を賭けて、全力で、この目的を日々忘れず、日々達成することを、ここに誓います。
日頃ニューヨークで、祖国を失った友人、戦争しか知らない友人、戦争紛争によって家族や親戚を失ったことのない人を知らないと言う友人たちの中で暮らし、心に痛みの疼く日々の中で、こうして自分が従う法を思い出すことができ、平和憲法を定めた日本の友人たちと共に、改めて宣言できることに心から感謝しています。
少なくとも今のわたしにとって、この法の制定こそが、祈りです。
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