栞。

「何読んでるの?」

僕は彼女の言葉を聞くと、読んでいた小説に栞を挟み閉じる。
そして、彼女に目をやると、小さく笑ってコーヒーに口を付けた。

「遅くなっちゃってごめんね。私もコーヒー貰おうかな。」

彼女はコーヒーを注文すると、口角を上げて再び僕に尋ねる。

「ねぇ?それ、どんな話なの?」

彼女は僕の読んでいる小説に興味を持ったらしい。
目をキラキラさせて、僕の答えを待っているようだ。

『目の不自由な男の子と、声を失った女の子の恋愛小説だよ。なんかね、言葉の大切さっていうか、物事の伝え方について考えさせられるような話しかな?』

彼女は静かに僕の話に耳を傾けると、少し考えて口を開く。

「物事の伝え方?どうすれば、もっと気持ちが伝わるかってこと?」

『そうだね。まだ読んでる途中なんだけど、この小説では言葉は不完全なものだから、相手のことを考えることが大切なんだってさ。話す方も聞く方もね。』

「完全なものは、不完全な言葉でしか伝わらないってことかな?2を伝えるなら、1と3を話すってこと?」

『そうだね。お互いがお互いに考えて話さないと伝わらない。でもそれができたなら、1と5を話すことで、2と3と4を伝えることが出来るんじゃないかな?』

「そうなんだ!ちょっと借りても良い?」

彼女はそう言うと、僕の小説を手に取り、栞を挟んでいるページを開く。
頼んだコーヒーがテーブルに来ても、彼女は目もくれず続きを黙々と読む。

『最初から読まないの?』

僕は彼女に尋ねると、彼女はにんまり笑って僕に言う。

「途中まで読んだらまた返すから。栞を挟んだところから読んでね!内容教えてあげるから!そういうことでしょ?」

僕はタバコに火をつけると、自分の言葉に不安を覚える。
そして小さく笑うと、煙を吐き出し天井を見上げた。
彼女のコーヒーから上る湯気は、僕のタバコの煙と混ざると、間接照明の店内で小さく渦を巻いて消えていった。

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