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これだけ聞いておけばロック史がだいたい分かる50枚(または30枚)【33333文字】

前回の記事の続きです。書いているうちに予想外に長くなってしまいましたが、ロック史をなるべくエッセンスを抽出して振り返ってみたいと思います。前回、6アーティスト18枚のアルバムを選びましたが、それだけでは拾いきれない音像を追加で32枚選びました。前の記事と合わせると合計50枚。「これだけ聞いておけばロック史がだいたい分かる50枚」を目指しました。選ぶにあたって心がけたことは次の3点です。

同じジャンル、似た音像のものは1枚しか選ばない(あるサブジャンル≒ムーブメントの概要が分かる1枚を選ぶ)。
メディア等で評価の固まったいわゆる”ロックの名盤”に偏らず、2000年代以降のものも積極的に選ぶ。
個人的嗜好やメディアの評価だけでなく商業的に成功したものを選ぶ(RIAA:アメリカレコード協会のプラチナム≒100万枚以上)。

上記の視点で「聞いていて楽しい、バラエティに富んでいる」ものを目指しました。というのも、ロック史に名を残したアルバムでも、とっつきづらいアルバムは結構あります。もちろん魅力があるので選ばれているわけですが、「ロック史をざっと振り返る」という点で言えば最初からマニアックなところまで掘り下げる必要は無いので、なるべく聞きやすい、そのジャンルの音像が分かりやすいものの方がいい。「聞きやすさ」は主観的なので、一定以上の商業的成功という基準を入れました。

また、どれほど名盤であっても似たものは選ばない(それは気に入ったら掘り下げればいい)。それを選び始めると結局100枚、200枚、、、と増えていってしまうので、まずはなるべく枚数を絞って、「ロック史で現れたいろいろな音像」が俯瞰できることを目指しました。

※あくまで「ロック史が”だいたい”分かる」ことを目指しているので、ここに漏れている名盤はたくさんあります。気に入ったアルバムがあったら、ストリーミングサービスは似たアーティストがレコメンドされるので聴いたり、そのアルバムやアーティストについてGoogleで調べたりしてもらって周辺アーティストを見つけてもらうことを想定しています。

最初に50枚のリストを載せます。50枚でもかなりの量(全部聞くと約41時間......)になってしまいました。なので、さらに絞って30枚(つまり、今回の追加分は12枚)の「更なるダイジェスト版」も選んでみました。☆は前回の記事で選んだ18枚、★の12枚が「これだけ聞けばメインストリームの流れは分かる」と思うものです。長いロック史の中では何度かのリバイバルが起きていて(たとえばアンプラグドによるアコースティックへの回帰とか、90年代後半からのガレージロックリバイバルとか)、そうしたものもロック史の大きな動きなので50枚の方には入っていますが、30枚のエッセンス版では省きました。

1. Elvis Presley / Elvis Presley (1956.3.23)
2. The Beatles / Help! (1965.8.6) ☆
3. Beach Boys / Pet Sounds (1966.5.16)
4. The Jimi Hendrix Experience / Are You Experienced (1967.5.12) ★
5. The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (1967.5.26) ☆
6. The Beatles / The Beatles (1968.11.22) ☆
7. Led Zeppelin / Led Zepplin Ⅲ (1970.10.5) ☆
8. Carol King / Tapestry (1971.2.10)
9. Led Zeppelin / Led Zeppelin Ⅳ (1971.11.8) ☆
10. The Rolling Stones / Exile On Main St. (1972.5.12)
11. David Bowie / The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars (1972.6.6) ☆
12. Pink Floyd / Dark Side Of The Moon (1973.3.1) ★
13. Bob Dylan / Blood On The Tracks (1975.1.17) ★
14. Led Zeppelin / Physical Graffiti (1975.2.24) ☆
15. Bruce Springsteen / Born To Run (1975.8.25) ★
16. Queen / A Night at the Opera (1975.11.21) ☆
17. Eagles / Hotel California (1976.12.8) ★
18. Steely Dan / Aja (1977.9.23)
19. Sex Pistols / Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols (1977.10.28) ★
20. Queen / The Game (1980.6.30) ☆
21. David Bowie / Scary Monsters (1980.9.11) ☆
22. Journey / Escape (1981.7.17) ★
23. Judas Priest / Screaming For Vengence (1982.1.1)
24. Metallica / Master of Puppets (1986.3.3) ☆
25. U2 / The Joshua Tree (1987.3.9) ☆
26. Guns N' Roses / Appetite For Destruction (1987.8.21) ★
27. Queen / The Miracle (1989.5.22) ☆
28. Nine Inch Nails / Pretty Hate Machine (1989.10.20)
29. Metallica / Metallica (1991.8.12) ☆
30. Nirvana / Nevermind (1991.9.24) ★
31. U2 / Achtung Baby (1991.11.18) ☆
32. Eric Clapton / Unplugged (1992.8.18)
33. Alanis Morissette / Jagged Little Pill (1995.6.13)
34. Oasis / (What's The Story)Morning Glory? (1995.10.3)
35. Red Hot Chili Peppers / Californication (1999.6.8)
36. Santana / Supernatural (1999.6.11)
37. Radiohead / Kid A (2000.10.2) ★
38. Linkin Park / Hybrid Theory (2000.10.24) ★

39. U2 / All That You Can't Leave Behind (2000.10.31) ☆
40. The White Stripes / Elephant (2003.4.1)
41. Metallica / St.Anger (2003.6.5) ☆
42. Green Day / American Idiot (2004.9.21)
43. Gorillaz / Demon Days (2005.5.11)
44. Vampire Weekend / Vampire Weekend (2008.1.29)
45. Coldplay / Viva La Vida Or Death And All His Friends (2008.6.12) ★
46. Mumford & Sons / Sigh No More (2009.10.6)
47. Paramore / Paramore (2013.4.5)
48. Arctic Monkeys / AM (2013.9.6)
49. David Bowie / Blackstar (2016.1.8) ☆
50. Billie Eilish / When We All Fall Asleep, Where Do We Go? (2019.3.29)

ではここから32枚の解説をしていきます。最後に僕なりの「ロックの定義」についても書いておきます。まずは各アルバムの解説をどうぞ。なお、前回選んだ18枚は前回の記事で解説したのでそちらを見てください。

1. Elvis Presley / Elvis Presley (1956.3.23)

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ロックの幕開け。当時一部の愛好家のものだったロックンロールを大衆音楽に高めた立役者、エルヴィス・プレスリー。「白い黒人」と呼ばれ、黒人音楽のエッセンスを見事に体現しました。プレスリーは「ロック・スター」の枠を超え、ジェームス・ディーンと並ぶかあるいはそれ以上の「アメリカの若者文化を体現するスター」でした。アメリカではロックンロールが流行ったころ、イギリスではスキッフルが流行りロニー・ドネガンらのスターも生まれてきます。そして、エルヴィスデビュー後の1957年3月、当時16歳のジョンレノンがクオリーメンというスキッフルバンドを結成。これがのちのThe Beatlesになります。

3. Beach Boys / Pet Sounds (1966.5.16)

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ブルースを基調に持ちながらさわやかなハーモニーとサーフィンと車と女の子のことばかり歌っていたThe Beach Boys。音楽的には確かな演奏力を持ち、けっこう凝ったことをやりながらも歌詞のテーマとイメージからお気楽なバンドとして見られていた彼らですが、ビートルズの出現、そして録音芸術とも言えるRubber Soul(1965)に刺激され本作をリリースします。お得意の分厚いハーモニーに加え多種多様な楽器が用いられ、サイケデリックとはまた違う独自のとも言われる本作をリリースします。ただ、決して小難しくなくわかりやすく美しい。ビートルズのプロデューサーであったジョージマーティンは「Pet SoundsがなければSgt. Peppersはなかった」と言ったそうです。幻想的で多重的な万華鏡のような世界。なお、Beach Boysはけっこうベースサウンドが特徴的なんですよね。時代のわりに太くてブリブリしている。このアルバムは66年の録音なので、今の(低音を強調した)音楽に慣れた耳で聞くとそこまで前にでてきませんが、やはりグルーヴが強い。しっかりベースが鳴っています。

4. The Jimi Hendrix Experience / Are You Experienced (1967.5.12) ★

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USからUKに渡り成功を収め、再びUSに戻る形で成功を収めたJimi Hendrix。通称「ジミヘン」。新たなギター奏法を次々と生み出し、UKのギタリストたち(ジミーペイジ、ジェフベック、エリッククラプトンら)に多大な影響を与えます。ギターヒーローのロールモデル。ヘヴィメタルの始祖とも言えるMotörheadのLemmyもかつてジミヘンのローディー(楽器などの世話をするスタッフ)から音楽キャリアをスタートさせています。ギター奏法だけでなく独自のサイケデリックなコード感覚を持ち、従来の白人音楽にはなかった独自の音楽性を構築。ハードロックの源流とも言えます。The Jimi Hendrix Experience、3人組のバンドであり、ベース(ノエル・レディング)とドラム(ミッチ・ミッチェル)が白人だったため当時の黒人音楽とは一線を画した独特な音となっています。当時は黒人音楽と白人音楽は音像もリスナー層も違っていましたが、ジミヘンは白人ロックファン層に熱狂的に迎えられました。UKとUSで収録曲が異なるので、これは両方を収めたデラックス盤です。

8. Carol King / Tapestry (1971.2.10)

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女性SSWの先駆け。同年1971年にリリースされたJoni Mitchellの「Blue」と並び、女性SSWの名盤とされる作品です。こちらの方がバンドサウンドが入っている分娯楽性が高い。純粋なロックンロール曲も入っていますし。商業的にも現在までに1000万枚以上を売り上げた大成功を収めたアルバム。もともとプロの職業作曲家として活動していたキャロルキング、ソロ作も何枚か出しており、そうした人脈や活動経験の蓄積から来る確かな技量を持ったミュージシャンたちに支えられた名作です。ソフトロックの代表的な名盤でもあり、ウェストコーストサウンドの先駆でもあります。ポップなイメージがありますが、けっこうグルーヴは強めなんですよね。ロックンロール。ノリノリとまでは行きませんが、メロウながらもグルーヴがあって心地よい。

10. The Rolling Stones / Exile On Main St. (1972.5.12)

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The Beatlesと並んで、1963年からのブリティッシュ・インベンションの二枚看板であったローリングストーンズ。彼らは「アルバムアーティスト」というよりは「シングルアーティスト」であり、コンセプトアルバムを作って一つのテーマを掘り下げるというよりは(作ったことはありますが微妙な出来)、単純にカッコいい曲を作るバンドでした。彼らの初の2枚組にして、アメリカ南部音楽への接近を図った作品。当時、USではボブディランやザ・バンドが同様の動きを行っておりスワンプロックと呼ばれた。スワンプとは沼のことでアメリカ南部の湿地帯を指し、要は田舎、カントリー暮らしへの憧憬と回帰を表した音像。「泥臭い音楽」とか表現されるものです。そのスワンプロックのムーブメントをストーンズなりに解釈してみせた作品。彼ららしく、確かにUS南部音楽のエッセンスは取り入れつつもポップでエネルギッシュです。小難しくならないのがストーンズの長所。この後のストーンズの特徴にもなる「ちょっとラフでルーズ」なサウンドが確立された一枚でもあります。

12. Pink Floyd / Dark Side Of The Moon (1973.3.1) ★

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プログレッシブロックの代表格、ピンクフロイド。プログレッシブロックとは当時の感覚で言えば「ブルース、ロックンロールだけでなく雑多な音楽を取り入れたロック」というところで、ピンクフロイドも実験的な2枚組Ummagumma(1969)などを残しています。もともと音響やライティングなど、舞台演出にも凝ったバンドで、ライブは聴くドラッグとも言える酩酊感のあるもの。その独自の浮遊感、酩酊感をアルバム1枚で見事に再現した作品。邦題は「狂気」とされ、全世界で2000万枚以上を売り上げる大ヒット作に。人間の無意識に潜む恐怖や狂気を描いたコンセプトアルバムとされ、いろいろと小難しく解説もできる作品ですが、実のところ聴いてみると分かりやすく楽しめる。そうでなければこんなに大ヒットしません。最初の盛り上がりまでがやや長い(じわじわとSEがフェードインしてくる)ですが、アルバム自体は意外と分かりやすく良質なメロディがあふれているスロウで酩酊感のあるロック。一度始まってしまえば冗長さよりもめくるめく展開が待っています。

13. Bob Dylan / Blood On The Tracks (1975.1.17) ★

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The Beatlesの指針でもあったボブ・ディラン。当初はフォークロック(サウンドはフォークで、社会派の歌詞を乗せた)としてデビューし、フォークの貴公子と呼ばれましたが「 Highway 61 Revisited(1965)」でエレキギター、いわゆるロックサウンドを導入。当時ロックは子供の聞くものだ(フォークロックは社会派であり、大人が聞いていた)とされていた中で、ロック音楽の可能性をいち早く取り入れ変貌していきます。その後、先述したスワンプロックの流れを主導した後、今のフォークロックに繋がる音像に回帰した作品。2000年以降、USインディーにはアコースティックな音像を使ったルーツ回帰的なロックバンドがいくつか生まれていますが、そこに繋がるとにかくメロディが美しい作品

15. Bruce Springsteen / Born To Run (1975.8.25) ★

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ハートランドロックの代表格、ブルース・スプリングスティーン。通称「ボス」。日本の長渕剛が心酔しているアーティストでもあります。ハートランドロックとはアメリカ中西部の労働階級の暮らしを歌ったロックのことで、ボブディラン直系の社会派フォークロックとも言える。ただ、音像的には洗練も感じさせるノリのよいロックであり、とても聞きやすい。The E Street Bandと呼ばれる固定メンバーのバックバンドを持っており、特徴としてサクソフォンのメンバーがいます。サックスの音が入ることで都会的な洗練(ジャズを想起させる)と、ブラスロックのエッセンスも取り入れています。ブラスロックはそれまで黒人音楽の印象が強かったブラスセクションを取り入れたロックで、白人バンドだとChicagoが有名。管楽器が入ると独特の力強さや洗練が生まれます。ブルースとはタイプは違いますがビリージョエルなんかも管楽器の使い方が上手いですよね。ビリージョエルはNY(≒都会的)の印象が強いですが、市井の人々の暮らしや感情を歌う、という点では共通点も感じます。

17. Eagles / Hotel California (1976.12.8) ★

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Eaglesはアメリカ史上最大のロックバンドで、US国内でもっとも売れたバンドです。ウェストコースト、つまりUS西海岸(LA、サンフランシスコ、バーバンク、ベイエリア)はアメリカの若者文化の発信地。ウェストコーストロックと日本では呼ばれる一群が居て、代表的なバンドがEaglesです。ただ、USではウェストコーストロックという呼称は一般的ではないようで、対応するアーティストはソフトロックカントリーロック、またはクラシックロックなどと呼ばれているよう。音像的には美しいハーモニーとさわやかなサウンド、そしてやや哀愁のあるカントリー的なコード進行。それにロックの手法が組み合わされています。アルバムタイトル曲のギターソロはギタリストがよくコピーするお約束的な曲でもあります。

70年代後半、ロックは商業化されていき巨大産業となっていきました。そうしたものへの反動としてパンクロックやハードコアも生まれてくるわけですが、そうしたロック幻想、理想の喪失感への嘆きを昔のカリフォルニアへの憧憬という形で表現したコンセプトアルバムとされています。

18. Steely Dan / Aja (1977.9.23)

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ロックという音楽ジャンルで最高の完成度を誇る作品、と言われたら候補に挙がるであろう作品。まずは音響面、研ぎ澄まされた音質。S/N比が非常にいい。つまり無音と音が出ている部分の差。これだけで偏執的なこだわりを感じます。音楽的にはジャズロック、フュージョン、クロスオーバーと言われる一群、ジャズのアーティストたちが参加したロックアルバムの流れにある作品で、とにかく洗練されています。コード進行もロックというよりジャジー。なお、日本ではAdult-Oriented Rock(AOR)などとも言われますが、日本独自の用語なので注意。USだとAlbum-Oriented Rockの意味になり「アルバム主体のアーティスト」になってしまいます。歌メロはポップで聴きやすくオシャレかつ、どこか狂気的な凄味も感じる作品。

なお、余談ですがジャズロック、フュージョン、クロスオーバーはインストものも多いので掘り下げは慎重に。その後ろにはジャズの広大な地平が開けています。いきなりフリージャズなどに飛ぶと現在地を見失うので注意。もうちょっと掘り下げるならインストですがGrover Washington, Jr.FourplayGeorge Bensonといったスムーズジャズ、コンテンポラリージャズが入り口か。その奥にはWeather ReportReturn To Forever、そして御大エレクトリックマイルスが控えています。

19. Sex Pistols / Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols (1977.10.28) ★

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パンクロック、商業化していくロックに対する反骨精神の現れで、反商業的なものとして生まれましたが、結果として大ヒットしたという皮肉。その自己矛盾をはらみながら時代を駆け抜けたパンクロックの代表格がSex Pistolsです。伝説のパンクロッカー、シドヴィシャスを擁し、「演奏が下手だけれどとにかくカッコいい」。喧嘩を売ってきた観客をベースでぶん殴り、ドラッグに溺れ、最後は恋人と心中した。シドと恋人のナンシーはロックカップルのアイコン、一つの象徴的なイメージとなりました。ピストルズの活動自体は75年ごろからスタートしており話題になっていましたがアルバムリリースは遅く1977年、パンクムーブメントが最高潮に達した瞬間であり、このアルバムのリリースをもってピークを越えてしまった。パンクロックを代表する1枚にしてムーブメント終了を告げる総括的な作品でもあります。この後、90年代にGreen Dayの「Dookie(1994)」によって、メロコア(メロディックハードコア)という形で復権しますが、メロコアの直接的元祖となったアルバム。なお、本来のパンクの精神、非商業的な精神はハードコアバンドに受け継がれ、アンダーグラウンドながらUK/USでそれぞれシーンが隆興していき、Metallicaらに影響を与えてスラッシュメタルシーンを形作っていきます。ロックンロールの原点回帰と言いながら、リバイバルにとどまらない新しい音楽性も提起したのがパンクロック。たとえばパンク以降、バンドを始めたら最初にならすのがとりあえずスリーコードでパンクっぽいサウンドになりがちですが、パンク以前それはロックンロールだったんじゃないか。そう考えると「初期衝動」の形を変えたバンド。

22. Journey / Escape (1981.7.17) ★

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日本では産業ロックとも呼ばれた、洗練されたバンド群。代表格がJourneyです。他にはTOTOStyxBostonなど。アメリカン・プログレ・ハードとも。もともとフュージョン畑のスタジオ・ミュージシャンたちが集まったバンドであり演奏テクニックが高い。間奏部分や伴奏がかなり凝っている洗練された音像の上にポップでキャッチ―なメロディラインが乗るスタイルで、70年代後半から80年代前半に大ヒットを飛ばします。出自が近いプログレ畑のミュージシャンたちもこうした音像に変化し、AsiaYesGenesisPhil Collinsらが続きました。83年以降のメタルの一大ムーブメントの先駆けであり、アリーナロックの嚆矢とも言えます。1.Don’t Stop Believin'はディズニーの大ヒットドラマGleeでも第一回で取り上げられ、リバイバルヒットしました。なんとなくの感想ですが、今のアメリカの一般の人に「ロック」と言うと、案外70年代後半から80年代前半のこうした洗練されて適度にハードなポップロックを思い浮かべる人が多いんじゃないでしょうか。というのも、ディズニーチャンネルで「いかにもロックっぽい曲がかかる」シーンで流れるのはこういう音像が多いんですよね(まあ、ディズニーチャンネルが80年代推しなだけかもしれませんが)。

23. Judas Priest / Screaming For Vengence (1982.1.1)

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80年代(特に83年から90年)はハードロック、そしてヘヴィメタルの黄金時代でした。ヘヴィメタルといってもその後の細分化し、先鋭化したメタルに比べるとだいぶメロディアスでアリーナロック的だったのですが、少し先駆けて、「これぞヘヴィメタルの王道」と呼べるサウンドでヒットを飛ばしたのがこのアルバム。Judas Priestはメタルゴッドとも呼ばれるHMシーンの先駆者で、「メタルシーンのリーダー」的なバンドです。Metallicaに比べるとよりコアな層の支持しか得られませんでした(とはいえこのアルバムもUSだけでダブルプラチナム獲得)が、その分メタルの王道を常に模索している。70年代のハードロックと比べると格段に硬質になり、別物に進化しています。メタルの黄金期については連載記事も書いていますのでこのジャンルに興味のある方はどうぞ。

HR/HM黄金期(83'-90')を振り返る10曲:アメリカ編
HR/HM黄金期(83'-90')を振り返る10曲:イギリス編
HR/HM黄金期(83'-90')を振り返る10曲:北欧編
HR/HM黄金期(83'-90')を振り返る10曲:ドイツ編

26. Guns N' Roses / Appetite For Destruction (1987.8.21) ★

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アメリカン・ハードロックの完成形、80年代のハードロックシーンが生み出した大スターがガンズアンドローゼスです。このデビューアルバムは衝撃でした。同時代はさまざまなハードロックバンドが百花繚乱で、70年代からアメリカンハードロックを牽引してきたエアロスミスも劇的な復活を果たしていましたし、KISSも勢いは衰えたとはいえ健在。Van Halenも大ヒットを飛ばしていました。Bon Joviもこの流れで登場。そうしたハードロック、メタルがメインストリームだった時代の真打としてガンズが登場した印象があります。煌びやかなアリーナロックの説得力を持ちつつ、どこかむき出し、装飾を配した骨太のロックンロール感も持っている。予定調和ではないスリリングなロック。その後、主要メンバーの確執により瓦解してしまいますが(現在は再結成したもののツアーバンドで、ロックシーンを切り拓くようなオリジナルアルバムはほとんど出していない)、継続して活動していたらUSロックシーンのリーダーになっていたことでしょう。

28. Nine Inch Nails / Pretty Hate Machine (1989.10.20)

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90年代はアンダーグラウンドなロックシーンが脚光を浴び、商業性がないと思われていたロックバンドやアーティストたちが大規模な成功を収めた時代でもありました。インダストリアルロックの代表的なバンドであるNine Inch Nails(通称NIN)のデビュー作である本作はリリース当初こそ地味なチャートアクションでしたが90年代以降、NINがビッグになるにつれて再評価されUSだけでトリプルプラチナム(300万枚)以上を売り上げるアルバムに。振り返ってみるとグランジ・オルタナティブと呼ばれるロックシーンの地殻変動の前兆の一つだったアルバム。メタリカをはじめとするスラッシュメタルの隆興もその兆候と言えますし、NINの本作もかなり攻撃的な音像です。「大人が眉を顰め、若者が熱狂する音楽」の復活。ただ、80年代前半の産業ロックなどですっかり大人しく(ソフトに、ポップに)なっていた音楽業界に突如現れたこうしたムーブメントは大人たち(特に親)を驚愕、不安に陥れ、悪名高いPMRC(Parents Music Resource Center)による検閲制度、そしてJudas Priestの裁判へとつながっていったわけですが、そうした動きはロックシーンを無害化するどころかむしろ反抗心を煽り、NINのように「より過激」なアーティストが登場してきます。

30. Nirvana / Nevermind (1991.9.24) ★

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グランジシーンを一気にメインストリームに押し上げたNirvana。商業化されたメインストリームロックへの不満、PMRCとロック音楽界の対立、より過激で破壊的なサウンドの模索。溜まっていたアンダーグラウンドなマグマが噴火した瞬間とも言えます。ボーカル・ギターのカートコバーンは今のところ最後のロックスターと呼べるかもしれません。この後、彼に匹敵するロックスターはUSからは出てきていない。グランジとは汚い、薄汚れたという意味で、穴あきジーンズなどのファッションと共にルーズで不機嫌な若者たちの象徴となりました。グランジとはパンク、ハードコアシーンとメタルの融合とも言え、実のところそれまでのロックの流れから逸脱していたわけではない。タイトルからしてSex Pistolsオマージュ。むしろ70年代後半からのパンクと二極化した洗練されたロック、そして83年~90年ぐらいまでのアリーナロックの時期の方がロック史の中では異質と言えるかも。洗練の度合いを増し、大衆の最大公約数、商業的成功を目指してマーケティングの産物となりつつあったロック産業に対するアンチテーゼで、ルーツ回帰的な動きでもあります。この50枚で取り上げたMetallicaやU2(前の記事)やガンズ、そしてNINからの流れで聴けば唐突感はあまりない。起こるべくして起きた。ただ、ここまで大規模な現象になるのは意外だったということ。大人が眉を顰め、子供たちは熱狂する。若者文化たるロックの真骨頂。

なお、日本ではグランジ・オルタナ(ティブ)と一括りにされることもある気がしますが、今、Alternativeってすごく広い言葉なんですよ。もともとは80年代ぐらいから出てきた言葉で、ソニックユースとかREMとかを指していた。最後のロックの定義のところに書きましたが、今は「Alternative」は意味が変わりつつある。なので、Nirvanaは「グランジ」の代表であって、今聞くとそこまでAltenativeではなかった気がします。どちらかといえばガレージロックリバイバルの流れ。60年代、ルーツロックに回帰する部分もあった。Nine Inch Nailsの方が今の感覚で言ってもかなりAlternativeだし、90年代に現れたBjorkとかもかなりAlternativeですね。Bjorkは90年代の音としては尖りすぎていた(=当時のロックの基準からは外れていた)のでこの50枚には入れていませんが、それなりの規模で商業的にも成功しその後のAlternativeな在り方に大きな影響を与えたと思います。

32. Eric Clapton / Unplugged (1992.8.18)

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グランジ・オルタナに子供たちが熱狂する中、大人も黙っていません。まぁ、別に対抗意識があったのかはわかりませんが、ロックンロールもこの時点で誕生して40年近く。ロックファンには大人(親)もたくさんいたわけです。そうした「大人のためのロック」を求める層に刺さりまくったのがアンプラグドシリーズ。MTVの企画で、ロックアーティストがアコースティックで演奏するというもの。このアルバムでエリッククラプトンは劇的な復活を遂げ、その後ボブディランもアンプラグドで商業的に復活。一大アコースティックロックブームが起きました。94年にはイーグルスも復活してアンプラグド(主体の)アルバム「Hell Freezes Over」をリリースして大ヒットします。若者はグランジ、オルタナティブロックを聴き、大人はアンプラグドを聴く。アンプラグドといっても元がロックなのでロックファンには聞きやすいし、カントリーファンにも訴求しやすかった。だからアメリカでは大ヒットしたのですね。リバイバルと言えばリバイバルなのですが、70年代とは違う、20年の時間の流れを感じる演奏。ロックが「落ち着いた大人の音楽」として成熟したことを示すムーブメント。なお。アンプラグドには1996年に日本からCHAGE&ASKAも参加して話題になりました。

33. Alanis Morissette / Jagged Little Pill (1995.6.13)

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突如として彗星のごとく表れたアラニス・モリセット。グランジ、オルタナ的な音像を取り入れたポップロックであり、90年代半ばに記録的な大ヒットを飛ばします。基本的にロックは男性のものであり、マドンナやシンディローパーなど、トップを獲る大スターはポップスター。アルバムによってはロック的なテイストを取り入れてもやはり「ロック」とはいいがたい。並べて聞くと音像が違います。あとはFleetwood MacとかJefferson Airplaneのような男女ボーカルのバンドは存在しましたが、女性アーティストが単体でメインストリームの覇権を取ったのは衝撃的。ポップな要素もあり「親が眉を顰める感じ」は弱いのですが、きちんと「ロック」と呼べる音像で毒気も感じます。他にはシェリルクロウもこの時期に活躍した印象があります。突然変異というよりはニューウェーブからの流れはありますが、ゴスペル的(たとえばビヨンセやアレサフランクリン)ではない女性的なシャウトの方法論を開拓したアルバムだと思っていて、この後の女性シンガーの在り方に影響を与えた1枚。なお、もっとカントリー、ポップス寄りの音楽性ながら同年(1995年)に同じく女性SSWのJewelも「Pieces of You」をリリースし、こちらもUSだけで1000万枚以上の売り上げを出しています。また、この2作には売り上げこそ及ばないものの音楽の独自性で衝撃を与えたオルタナティブの歌姫Björkの「Post」もこのアルバムと同日(1995年6月13日)リリース。USの1995年は女性SSWの年でした。

34. Oasis / (What's The Story)Morning Glory? (1995.10.3)

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ブリットポップと呼ばれたムーブメントの代表的な作品、ブリティッシュインベンションの再来とも期待されたOasisの2ndアルバム。1995年のUKはオアシスの年。残念ながらOasisは失速し兄弟喧嘩で分解してしまいましたが、ロック史に再びUKロックの時代を刻んだ名盤。シンプルながらマジカルなメロディで、歌い方やサウンドには90年代らしい気だるさを持ちつつ、どこか夢見るような明るさや希望を感じさせます。USで90年代が内省の時代になったのは冷戦終了により外敵がいなくなった、かつ、湾岸戦争が起きて「アメリカの正義」が揺らいだからではないかと思っているのですが、UKの場合それはもはや過ぎたこと。大英帝国の崩壊と凋落はずっと前から起こっていましたから「今更」なんですね。そんな暗いことばっかり言っていても仕方ない、なるようにしかならないし起こっても仕方ないさ。ベルリンの壁崩壊でも(言葉通り)対岸の火事でしたし。なので、USに合わせてそこまで内省的になる必要もなかった。「なるようになるさ」という諦念とも希望ともとれるメッセージを感じるアルバム。USで流行った音楽を咀嚼してUKなりに変化したものがUSに逆輸入されて大ヒットしたのがブリティッシュインベンションだったわけですが、ビートルズがプレスリー(に代表されるロックンロール)へのUKからの回答だったとすれば、オアシスはニルヴァーナへのUKからの回答だったのだと思います。「USの気分はそうなのかい、UKの気分はこうだぜ」。

35. Red Hot Chili Peppers / Californication (1999.6.8)

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ファンク、ヒップホップ的な手法を取り入れたミクスチャーロックの代表的なバンド、Red Hot Chille Peppers(通称レッチリ)。初期はファンクメタル、ラップメタルと言われることも。1999年の作品で、タイトルは資本主義の象徴であるハリウッド映画産業を抱える" California"と「姦淫する」という意味を含む"fornicate"を合わせた造語。Eaglesのホテルカリフォルニアに近い、「商業化したロック(レッチリの場合はグランジ・オルタナ)が形骸化し、そこに絡めとられている自分たち」をテーマにしたアルバムでもあります。世紀末のリリースということもあり、どこか「一つの時代の終わり」を感じさせるアルバム。レッチリといえばBlood Sugar Sex Magik(1991)がベストとして選ばれることが多いですが、もともと商業化されたアリーナロック、メインストリームロックに対する反抗だったグランジ、オルタナティブのムーブメントの形骸化をHotel Californiaに重ねてみせたということでロック史の輪廻と歴史を感じる1枚。このアルバムで辿り着いた不思議な「祭りの終わり」感というか、哀愁こそがレッチリにしか持ちえない味だと思います。

36. Santana / Supernatural (1999.6.11)

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ミレニアムの終わり、最後のアルバムはSantana。もともとラテンロックの大御所で60年代から活躍していましたが、ミレニアムの終わりに突然過去最高の大ヒット。1998年にロックの殿堂入りしたことや、もしかしたらキューバ音楽をテーマにした映画「ブエナビスタソシアルクラブ」が1999年に公開されたことも追い風になったのかもしれません。ラテン音楽といっても幅広くたとえばレゲエもラテンですが、サンタナが取り入れたラテン音楽はメインはキューバ音楽で、あまりレゲエの影響は感じません。こうしたパーカッションが効いたラテン音楽というのは影響力が大きくて、たとえば日本でもサザンオールスターズはそもそもラテンロックバンドでした。勝手にシンドバッドとかラテンですね。ロックンロールはもともとダンスミュージックで、ジャズのスウィングのノリに近かった。同時期にダンス音楽として人気が高かったのがサルサ、サンバ、チャチャチャやタンゴと言ったラテン音楽。昔からロック音楽にはラテン音楽の影響があるんですね。なお、ラテン音楽といってももともと南米にあったものではなく、アフリカから南米に連れてこられた黒人奴隷によるアフリカ音楽・入植者であるスペイン人やポルトガル人の音楽・先住民の音楽などが混ざり合ったもの。そういう意味では黒人音楽・英国などの入植者の音楽・先住民の音楽などが混ざり合った北米のブルースやゴスペルともルーツが一部共通しているので受け入れやすい。それぞれの土地性や他の音楽との融合、手に入る楽器による制約などで音像や音楽的語法は異なりますが、根本的にあるダンサブルなリズム感は似ています。そうしたある意味兄弟的な音楽シーンであるラテン音楽はブルースを基調とするロックと相性が良い。レゲエサウンドがさまざまなバンドに取り入れられたように、ラテン要素はロックに自然に溶け込んでいます。なお、2010年代はラテンアーティスト躍進の年代でもあります。今回、RIAAで売上枚数を調べていて気が付いたんですが、2010年代はラテンアーティストの大ヒットが次々と生まれているんですね。意外とこのアルバムの大ヒットも今のラテンブームの何かの契機、節目になったのかもしれません。ラテン音楽についてはまた改めて考察します。

37. Radiohead / Kid A (2000.10.2) ★

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UKのRadiohead。彼らもアルバムごとに音像を変えるバンドで、最初はグランジオルタナ的な音像にUK、ブリットポップのひねくれたポップセンスも加えたギターロックバンドでしたが、2000年作の本作ではトレードマークだったギターサウンドをほぼ封印し、00年代の幕開けにふさわしい新しいロックの音像を提示してみせました。エレクトリックジャズ、ミニマム、クラウトロックなどに接近し、ロック史の中の別の潮流をメインストリームに上げてみせた作品で、David Bowieがブライアンイーノと組んで急激にテクノに接近した「Low(1976)」にも近しい意味を持ちながら、当時はまだ黎明期だったテクノとの接近(それゆえ既存のロックとの連続性も強かった)と違い、成熟しつつあったエレクトロニカ、電子音による感情表現をロックに取り込み、従来のロックサウンドとかけ離れたギターに頼らないロックサウンドを提示し、ロックの地平線を拡げてみせた快作。なお、2000年10月はロックの特異点とも言える豊作の月で、このアルバムが10月2日リリース、10月24日にはニューメタルの到達点とも言えるLinkin Parkの「Hybrid Theory」、10月31日には今回の50枚にも含んでいるU2の「All That You Can't Leave Behind」がリリースされています。

38. Linkin Park / Hybrid Theory (2000.10.24) ★

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21世紀のUSを代表するロックバンド、Linkin Park。Hybrid Theory(2000)、Meteora(2003)、Minutes to Midnight(2007)の3枚は全世界で2000万枚の売り上げを超えUSロックシーンを牽引する存在でした。彼らもアルバムごとに音楽性を変えたバンドで「新世代のロックのリーダー」たるバンドではありましたが残念ながらボーカルの死によって活動停止中。音楽性としては初期はラップ、ハードコア、メタルを融合させたミクスチャー、メタルコアニューメタルと呼ばれるムーブメントを一気にメインストリームに押し上げた存在で、スクリームなどの激烈な表現を持ちながらキャッチ―でシンプルにカッコいいという、日ごろ激しい音楽を聞かない層にまでリーチしたバンド。2004年にはJay-ZとのコラボレーションアルバムCollision Course(2004)をリリースし、ロックとラップの垣根を飛び越えたバンドでもあります。本作は全世界に衝撃を与えたデビュー作。

USでは2000年代後半から2010年代半ばにかけてNWOAHM(New Wave Of American Heavy Metal)というムーブメントがありました。いわゆる80年代的なHMの復権、ヘアメタルであったりAC/DCであったり、その辺りの要素をニューメタルに組み合わせたようなバンドが人気を博し、Avenged SevenfoldDisturbedFive Finger Death Punch辺りはプラチナムセールスを獲得しています。モールコア(ファミリーでショッピングモールに行くようなキッズが聴く音楽、という蔑称気味のニュアンス)と揶揄されることもあり、音楽性より商業性を優先したなどとも評価されていますが、やはり若者に受け入れられる音楽って必要だし、キッズ向けのものは楽しいんですよね。Linkin Parkもその括りに含まれることもありますが、10年後、20年後にはそのキッズが大人になり、音楽の中心が変わっていく。2000年代以降のロックの音像を規定した重要なバンドとして評価されていくでしょう。

40. The White Stripes / Elephant (2003.4.1)

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ガレージロックリバイバルのムーブメントを代表するバンド。2000年代初頭はオルタナティブの流れを継いでエレクトロニカ、ギターレスと言ったポストロック(既存のロックの様式から脱して、いかに新しいロックを作るか)の実験が進むとともに、ロックの初期衝動への回帰であるガレージロックリバイバルも起きました。The White Stripesはベースレスの2人組で、もっともシンプルな構成、ただ、「ベースレス」というのは脱様式的でもあり、その意味ではルーツ回帰的な音楽性であると同時にモダンで時代の先端を行くバンドでした。このアルバムでは「過去のロックの再現」を超えて、奇を衒うわけではなく、フォーマットはきちんとロックしながらも「今まで聞いたことが無い独自の音世界」を生み出しています。シンプルな構成ゆえにダイナミズムが激しい。音の余白が多いのがかえって想像力を刺激して豊饒な音世界を作っています。ある意味、本当にギター1本と声だけで曲世界を構築してみせたロバートジョンソンなど、ごく初期のブルースギタリストたち、ロックのルーツの世界観にも近いものを感じます。

42. Green Day / American Idiot (2004.9.21)

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メロコア(メロディックハードコア)の雄、Green Day。Dookie(1994)の大ヒットで一躍メロコアをロックのメインストリームに押し上げたバンド。日本でもメロコアの波が来て、Hi-Standardなどが活躍しました。メロコアは70年代のSex Pistolsに代表されるポップパンクをより疾走感を増してリバイバルしたものでしたが、彼らがメロコアという枠を超えて、パンクロック自体も一つ前進させた作品。「パンクロックオペラ」と銘打たれており、ブッシュ政権やイラク戦争など、当時のアメリカの世相を反映した内容になっています。組曲形式で、複数の登場人物が出てきて物語が展開していく。2001年の同時多発テロから対テロ戦争に踏み切り2003年にはイラクへ侵攻していくアメリカの現状。当時のアメリカでは「事件直後に放送するには問題がある」ということで大手ラジオ局では放送自粛曲リストが作られ、その中にはJohn Lennonのイマジンも含まれて物議を呼びました。そうした時代の雰囲気も表したアルバム。この時期はポップアイコンたるマドンナでさえ社会風刺的な「American Life(2003)」というアルバムを出していますからね(実際は反戦的な内容は薄くマドンナの自叙伝的な内容ですが、チェ・ゲバラにマドンナが扮したジャケットが強烈な反戦の印象を与えます)。

なお、「ロックオペラ」というのはロックミュージカルとも呼ばれ、「複数の登場人物が出てきて物語が進行する(=音楽劇)」を指します。別に本物のオペラ歌手がロックを歌ったMeat Loafの「Bat Out Of Hell」やQueenの「Bohemian Rhapsody」のようなオペラティックなロックというわけではありません。また、単に物語が語られるだけでもロックオペラではない。登場人物がいて、ミュージシャンが役に扮して物語が進んでいくことが必要。このアルバムは実際にミュージカル化もされています。あらすじに興味がある方はこちらをどうぞ。本作で主人公の名前が「ジョニー」なのは反戦映画「ジョニーは戦争へ行った」(原題: Johnny Got His Gun 小説:1939 映画:1971)のオマージュと思われます。この作品はUSにおける反戦のアイコン的な物語のようで、Metallicaの初PV「ONE(1989)」もこの映画の場面が使われています。

43. Gorillaz / Demon Days (2005.5.11)

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2000年代のオルタナティブサウンド。OASISと並ぶブリットポップのスターだったBlurのデーモン・アルバーン(Damon Albarn)が覆面バンドとして組んだGorillaz。2000年にKid AでRadioheadが「ギターレスのロックサウンド」でロックの肉体性を消した方向をさらに進め、ロックバンドそのものをバーチャルにしたバンドと言えるでしょう。カートゥーンアニメのキャラクターによるバンド(という設定)で活動ながら、サウンドそのものはけっこう生身感があるというか、「生身のミュージシャンが演奏している感」は強いんですけれどね。

リリース当時、USは社会情勢的にシリアスであり、ロック音楽も原点回帰、ルーツ回帰や自分を見つめなおすようなモードが続いていましたが、UKは他人事というか(実際他人事ですし)、やや客観的な視点でUKらしいひねりの効いたアルバムを生み出します。むしろ、カートゥーンアニメによって生身感が減ることでより辛辣なことを言えるというか。そもそもアルバムタイトルの「Deamon Days」は直訳すると「悪魔の日」ですからね。歌詞は隠喩が多いですが、全体的にダークで破滅的。テロリズムへの警戒から暗くなった世相を映すようなダークな音像やテーマをアニメキャラでディフォルメしてシリアス過ぎず描いてみせたところが時代の空気を捕えたのか、全世界で800万枚を超えるヒット。振り返ってみると何気に2000年代以降のオルタナティブとしての在り方を提示した作品だったんじゃないかと思います。

44. Vampire Weekend / Vampire Weekend (2008.1.29)

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USからの新風。USインディーロックから生み出された名盤。リズム感覚が独特で、ラテン音楽やアフロポップ(アフリカンポップス)を取り入れたインディーロックを提示してみせたアルバム。Santanaの項で先述したようにもともとアフリカ音楽もラテン音楽もロックのルーツの一つ。そうしたリズムを大胆に取り入れ、かつUSインディーロック的なローファイサウンド。曲調そのものは50年代のダンスホール音楽やオールディーズを連想させるところもある(ラテン音楽を取り入れた影響が大きい)というレトロで新しい音像。耳馴染みがよくすんなり入ってくるけれど、リズムパターンやビートが新鮮。NY出身のバンドで、NYらしい洗練を感じます。同じくNYで活動するTV On The Radioの「Dear Science(2008)」も同年発表だったのですが、こちらはもっとダークで切実さを感じる90年代からのUSオルタナティブの流れを汲む雰囲気。Vampire Weekendはインディーズロックシーンの中でも突然変異的だったのでしょう。じわじわと売れ続けて2018年にRIAAプラチナム認定。

45. Coldplay / Viva La Vida Or Death And All His Friends (2008.6.12) ★

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00年代のUKロックの覇者、Coldplay。初期はRadioheadの影響下にあった彼らですがだんだんと音楽性を拡張し、本作はブライアンイーノのプロデュースの下、繊細さやメランコリックさは残しつつも浮遊感と開放感を感じさせるサウンドを鳴らしています。U2や後期Pink Floyd、そしてブライアンイーノということでRoxy Musicにも通じるどこか幻想的で開放的な音世界。この音はUSのバンドではなかなか聞かない音ですね。実にUKらしい。Coldplayは2000年代にリリースした4作、Parachutes(2002)、A Rush of Blood to the Head(2002)、X&Y(2005)、Viva la Vida or Death and All His Friends(2008)がすべて1000万枚以上のセールスを上げるという破格の成功を収めたバンド。2000年代はロックバンドの大ヒットが多く、Maroon5のデビュー作Songs About Jane(2002)も1000万枚以上のヒット。90年代初頭のあまりに内省的なグランジ・オルタナブームを経て、メインストリームでは80年代的なメロディアスで開放的なロックへの回帰も見られた10年でした。7.Viva La Vidaは00年代のロックアンセム。四つ打ちのビートの上に開放感がある煌びやかなオーケストラとボーカルが乗る、聴感的にはEDM的にも近い曲。

46. Mumford & Sons / Sigh No More (2009.10.6)

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USでFleet FoxesBon Iverが2006年に結成され、盛り上がりつつあったインディーフォークロックシーンにUKから現れ、メインストリームでの大成功を収めたMumford & Sons。USで生まれたムーブメントがUKを一度通して逆輸入されて大ヒットするというロック史に何度もある歴史の再来です。偶然の一致かもしれませんが(多分ルーツとしているものは違う)、似たような音像がUSとUKから同時期に現れ、UKからのバンドが大ヒットしたのが面白い。USだけで300万枚、全世界で800万枚を売り上げる大ヒットに。カントリー的な要素も入れつつ、UKフォークロックの流れを入れていますが、何よりノリがいい。1曲目なんか途中から四つ打ちですからね。ダンサブル。そもそもカントリーもダンスミュージックや祝祭音楽の一面があるので、性急なリズムや曲芸的な速弾きの要素があります。なお、このバンド、ドラムレスなんですよね。バスドラムだけギタリストが足で叩く。なので、それほど複雑なリズムがない分シンプルで力強いリズム(ほぼ四つ打ち)になっています。インディーフォークロック、00年代後半からのフォークロックの流れから生まれて見事にメインストリームを席巻した作品。2nd「Babel(2012)」も大ヒットしましたが、この1stの方がUSのインディーフォークシーンとの音のつながりを感じます。同じくUKから現れ、少し先にデビューしてヒットを飛ばしたのはFlorence + The Machine。デビューアルバムLungs(2009)もフォークロックの影響が感じられるアルバムでした。

※なお、UKでのリリースは2009ですが、USリリースは2010年2月16日で2010年代のリリース。

47. Paramore / Paramore (2013.4.5)

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エモ、オルタナティブに分類されるParamoreの本作はオルタナティブなコードやメロディ感覚を持ち、2010年代のロックの名盤と呼べる出来。エモは2000年代に盛り上がったジャンルで、メロディアスで感情的な音楽性、感情を吐露するような歌詞で若者たちの支持を集めました。一部ゴシックの要素を含んだバンドもいます。代表的なバンドはMy Chemical RomanceFall Out BoyPanic! At The Discoなど。とにかく感情を盛り上げてくる手法を使うのが特徴的なジャンルですが、このアルバムはそこまで大仰さはなくシンプルにいい曲、いいロックですね。ガレージロックに近い質感の曲もあり、ロックの醍醐味を味わえる作品。

48. Arctic Monkeys / AM (2013.9.6)

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2000年代初頭、ガレージロックリバイバルの流れで出てきたUKのArctic Monkeys。デビュー作Whatever People Say I Am, That's What I'm Not(2006)はUKでこそ大ヒットしたもののUSでは中ヒットにとどまり、その後もUKでの人気が先行していましたが、2012年リリースの本作でついにUSでも大ヒット、プラチナムアルバムを獲得します。サウンド的にはガレージロック的なものもあるのですが、ストーナーロックに接近したのが大きい。もともと性急でダンサブルなビートが持ち味でしたが本作ではかなりスローペースで酩酊するような感触があります。ストーナーロックといえばQueens Of The Stone AgeSongs for the Deaf(2002)も商業的成功を収めましたが、RIAAプラチナムは未獲得。Arctic Monkeysが初の快挙を成し遂げました。なおstoner(ストーナー)とはマリワナでハイになった状態のこと。ストーナーロックとはガレージロック、サイケデリックロック、ドゥームメタルの流れを汲む音楽で、ピンクフロイドの項でも喩えた「聴くドラッグ」系。このアルバムは極端な酩酊感はないものの、そこはかとない気だるさが全体を包んでいます。なお、同年6月10日にストーナーロックの源流の一つ、Black Sabbathのラストアルバム「13(2013)」もリリースされ、ビルボード1位を獲得しています。

50. Billie Eilish / When We All Fall Asleep, Where Do We Go? (2019.3.29)

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50枚最後のアルバムはビリーアイリッシュ。Z世代のムーブメント、新世代のスターとして音楽界界に現れた超新星。音楽ジャンル分け的にはダウナーで内省的なオルタナティブフォークやインディーロック、インディーポップの流れなのでしょうが、あまり細かいジャンル名はまだない。フォロワーが増えてきて、ムーブメントになればラベルがつくかもしれませんが、今のところまだ括るほどの流れにはなっていません。大きくいってしまえばオルタナティブ。内心の吐露、訥々としてダークで脱力した日常の世界観。BowieのBlackstarからビリーアイリッシュで終わるロック史になりましたが、完全に時代はオルタナティブに寄っている気がします。ビートルズ史観からロックの中心は完全にずれている。アルバム全曲の「影響を受けた楽曲」プレイリストを本人が公開中なので、たどってみたい方はどうぞ。

総括と解説:「ロックとは何か」

今回、50枚の選定はロック史を振り返る契機になったし、「ロックとは何だろう」と改めて考えました。「ロックとは何か」が無いとどこまでリストに含むか/含まないかを決められないからです。

今回は、USを中心としたロック史を紐解いています。それは世界最大の市場であり、「ロックミュージック」の中心地がUSであったから。なので、「日本のロック史」があるように、今回はただ「ロック史」と書いていますが正確に言えば「USのロック史」です。

なお、最初に断っておきますが、この項は今回の50枚を選んでいく中で「こういう風にロックを定義しよう(だからこの範囲で選ぼう)」と考えたという解説と、それを踏まえた個人的なロック史の総括です。あまり極端なことは言っていないと思いますが、定説ではないのでその点はご注意ください。また、違う意見の方も大歓迎です。そういう議論もしてみたくて書いているので。

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USのロック史を紐解くことはUSの音楽史を紐解くことに近づく。USの音楽史は大きく3つの流れがあり、1つはロック/ポップ、というより白人音楽、そして黒人音楽、最後がラテン音楽です。

ざっくり言えば、まず「ロックンロール」と「ロック」は別物。ロックンロールは50年代半ばに出てきた「目新しいダンス音楽」であり、タンゴなどのラテンブームの流れであったと言えます。50年代にヒスパニックインベンションとでも言うべきものがあり、マンボブームがありました。

ロックンロールとマンボが同じ一九五五年に全米一位を獲得しているという事実は、いくら強調してもしすぎることはない。
これまで二十世紀初頭以来のラテン音楽のアメリカ合衆国への流入をみてきたが、この符合はアメリカ音楽史を書き換えるうえで重要な事実を暗示している。すなわち、ロックンロールの誕生は一連のラテン音楽のヴァリエーションとして歴史的にみることができるのである。ハバネラ、タンゴ、ルンバ、それにマンボといったラテン音楽が合衆国に紹介された系譜上にロックンロールを連ねることで、アメリカのポピュラー音楽の歴史的相関図を大幅に拡大する必要が生じるのである。

大和田俊之 「ヒスパニック・インベンションーアメリカ音楽史におけるラテン音楽の系譜」157Pより抜粋 原文

これは慧眼で、確かにそうなんですよね。ロックンロールというのは一つのダンス音楽、「当時のUSにとって目新しいダンス音楽」に過ぎなくて、それは「ヒスパニックインベンションの一部であった」と。確かに。たとえば(ロックブーム以前に確立した)社交ダンスの大項目って「スタンダード」と「ラテン」に分かれているんですよね。それぐらいラテン音楽は1910年代から1950年代、アメリカの音楽産業の黎明期においては大きな影響を果たした。欧米のダンス文化ってとても巨大で、若者文化においても重要な役割を果たしています。プロムで誰と踊るか、とか、よく海外青春ドラマでもテーマになりますよね。ダンスは老若男女問わず重要なことだし、ダンス音楽は音楽の重要な機能。その後のディスコブームとかもそうですが、そうしたダンス文化の王道とも言える社交ダンスが「ラテン」と「スタンダード」に分かれていること自体、そもそもUSの音楽は「ラテン」と「それ以前の(従来の)音楽」という区分だったということなんです。そこにミンストレルショーなどで黒人文化、新しい(USの)黒人音楽が出てくる。スウィングジャズでダンスし、ロックンロールでダンスする。それが50年代。つまり「新しいダンス文化」の一つだった。

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で、実は50年代後半にロックンロールブームは終焉しているんですね。プレスリーは兵役に行き、他のロックンロールスター(他は黒人)達もスキャンダルや事故で活動が停滞し、スターが不在となりブームは沈静化した。だから、ロックンロールは一過性のブームで終わる可能性もあったわけです。

その後、63年にビートルズを筆頭とするブリティッシュインベンションが起きます。ビートルズはプレスリーに影響を受けました。USで起きたロックンロールブームがUKでスキッフルブームと連動し、それがビートルズの原型になった。だから、今回のリストでもプレスリーを最初に置きましたが、その次にいきなりビートルズが来る。プレスリー以降、ビートルズまで空白なんです。

で、多少乱暴ながら分かりやすい表現をすると、今のロック音楽はビートルズが作った。前の記事の総括でも書いた通り、「ビートルズの音楽は2000年ぐらいまでのロックシーンのほとんどのメジャーなトレンドの萌芽を含んでいる」んです。ビートルズ史観なんですね。ロックアーティストはアルバムを重視する傾向が強いのも、ビートルズがそうしたから。改めてロック史を振り返ってみましたが個人的にはそう感じています。ただ、これはビートルズが偉大なのはもちろんなのですが、万能なわけではない。ビートルズが全部生み出したわけではなく、60年代の様々なロックのトレンドを幅広く吸収して自分たちの楽曲に取り入れた。だから、60年代ロックの見本市みたいなバンドであり、そのあとのロックの原型はほとんど60年代に出揃っていた、ということだと思います。

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もう少し掘り下げると、ロックというのはUKの影響が強い音楽なんですよ。英語で歌われるUKの影響が強い音楽。「白人(の主に男性)が行う、ブリティッシュインベンションに代表される60年代ロックに影響を受けた、ギター、ベース、ドラム、ボーカルの構成のバンドが英語で自作自演する音楽」がロックと言える。黒人に影響を受けたダンス音楽であるロックンロールに、英国音楽の要素が混じったもの。UK以外の欧州音楽、たとえばスペインとかポルトガルはラテン音楽に影響が出ている。つまり植民地時代の宗主国の影響が出ている。ヨーロッパでも北(UK)と南(スペインやポルトガル)ではだいぶ音楽が違いますからね。あとは、アフリカの植民地でどこから黒人奴隷を連れてきたか、も音楽的差異に繋がっているのでしょう。人種構成がそのまま音楽のルーツにも表れます。ざっくり言えば「ロック」はUKの影響が強い。ブリティッシュインベンションの影響が多大な60年代に原型が作られた。

音楽的様式で言えば、リズムがエイトビートで基本的にアップテンポ。これはロックンロールのリズムがベースですね。もとがダンスミュージックだからノリがいい。この「ロックンロールのビート」「ロックバンドのフォーマット」を満たし「英語」で歌われる「白人音楽」がロックです。基本的にはこれが「王道ロック」。

ロックの精神性についても触れなければなりません。ロックとポップの境目は何か。実はこれは音楽的には難しい。たとえば世界最大規模の音楽レビューサイトであるAllmusicの分類ではRock/Popと一括りになっている。そんなに音楽形式的に明確な差は無いんですね。なので、個人的な感覚になる。たとえば僕で言えば「OLIVIA RODRIGOのSOURはロックだけどTaylor Swiftのfolkloreはロックではない」と感じる。この差は、ロックとは基本的に「警告」を含んでいる。耳を惹く、緊張させる、何か警戒(そして興奮)させる。アドレナリンを出すような目的がある。それは音の歪み(ディストーションギターやシャウト)であったり、和音やシンセサイザーなどの不穏な響きであったり、曲構成だったりしますが、とにかく何かしらの緊張感がロックには必要だと個人的には思います。それがロックとポップを分けるところなのかな、と。

今までの話をまとめてロックを定義すると「ロックンロールのビートをルーツとした、英語で歌われる、自作自演の、バンドスタイルで、緊張感がある、白人音楽」がロックです。

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これでロックを定義したところで、少しロック史を振り返ってみましょう。

最初はロックンロールの模倣からスタートしたロックですが、だんだんと音楽的に拡張していく。そして最初に枠をはみ出したのはビートでした。「ロックンロールのビート」からはみ出すものもいくつかあって、その最たるものが「プログレッシブロック」ですね。あとは「メタル」も一部そうです。むしろある時期から「メタル」はロックとは別物になりつつあるが、メタルの話は長くなるので今回は割愛します。

ビートの次はサウンドが変化していきます。上記のロックバンドのフォーマットに入らないバンドがシンセサイザーの発展によって80年代から増えてくる。ロックの「歪み」要素がギターに頼らなくなっていく。もともと70年代からオルガンロックというのがあったように、鍵盤でも歪みは出せるんですね。それがシンセサイザーでさまざまな音が自在に出せるようになり、ギターも、ドラムもベースすらも置き換えられるようになっていった。これがニューウェーブテクノです。こうしたところを取り込んで変化していったのがDavid BowieでありU2でありQueen。ただ、まだ曲調ではビートルズ史観の影響下にあるものも多かった。ギターサウンドをシンセで置き換えた、ロックパターンのドラムをドラムマシンに置き換えただけで、(少なくともヒットしたメインストリームなロックにおいては)曲構成は既存のロックに近いものも多かった気がします。

90年代ぐらいから、完全にビートルズ史観から抜け出したバンドやアーティストが増えてきます。それが「Alternative」オルタナティブと呼ばれるアーティスト群。どうも、USでの定義だとオルタナティブとはビートルズ史観から抜け出したロックのことなんじゃないかと思います。オルタナティブがロックと共通しているのは「英語で歌われる、自作自演の、緊張感がある、白人音楽」というところか。なお、この「白人音楽」もだいぶ怪しくなってきていますが、少なくとも今までのオルタナティブの大ヒット作のアーティストを見ると(黒人音楽の影響は受けているものの)白人ばかりです。

ちなみに、RIAAでもビルボードでも「Rock」と別に「Alternative」という項目があるんですよ。これを見てもらうとなんとなくオルタナティブというジャンルのイメージが湧くんじゃないかと思います。たとえばRadioheadの「Kid A」はオルタナティブ。Gorillazもオルタナティブ、Bowieのブラックスター、ビリーアイリッシュもオルタナティブ。リンキンパークもオルタナティブです。今回はこの「Rock」と「Alternative」に分類されるアーティスト、アルバムの中から50枚選びました。なお、「Alternative」はポップとロックの間みたいな性質もあり、テイラースウィフトのfolkroreは「Alternative」にも分類されています。

そんな風にロック史は続いてきたわけですが、2010年代になってぱったりと進化が止まります。今回ロック50枚を選ぶにあたってなるべく各年代から均一に選びたかったのですが、2010年代はかなり迷いました。目立つムーブメントがない。これをみて衝撃を受けたんですが、2020年のロックの年間ビルボードチャートは1位から10位まで全部過去のアーティストのベスト盤。2017年まではまだそんなことなかったですからね。もはや(ビートルズ史観の)ロックは若者音楽ではなく、急速にレガシーとなりつつある。おそらくですが、若者がロックを聴かないんですよ。昔からロックを聴いている層か、そうした「昔の音楽レガシー」に興味がある層が昔のバンドを掘っている。だからこのチャートであって、新しい音楽は出てこない。

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じゃあ、何を若者は聴くのか。新しいスターはどこで生まれているのか。

それは、黒人音楽とポップだと思います。あとはラテン系も意外と伸びている。オルタナティブもまだ息をしている(ビリーアイリッシュも出てきたし)状態ですが、既存のロックは全滅。ポップというのはみんなに愛される音楽なので、これはいつの時代もヒットチャートの王道。そこに対抗する「緊迫感がある、若者が好んで聞くような音楽」や「踊れる、(下世話に)パーティーする」、まぁつまり「大人が眉を顰め、若者が熱狂する」音楽は黒人音楽が主体となり、一部はラテン音楽に移っているのではないでしょうか。

それを表す一つの事例として印象深いのが、USの著名なロックメディアであるRolling Stone誌が「もっとも偉大なアルバム500」を2020年に改訂しました。2020年版で目立つのは、顕著な「ビートルズ史観」からの脱却。それまでビートルズのサージェントぺパーズが1位だったのがマーヴィンゲイが1位に。全体として黒人音楽。つまりソウルやR&B、ヒップホップ、ブラックコンテンポラリー(ブラコン)が上昇しました。従来、これらはリスナー層もチャートもやや違っていたんですよね。それが一つになってきた。まだラテン系はあまり出ていませんが、だんだん上昇するかもしれません。

これは先に書いたUSの音楽市場の変化を表しているように思います。ヒットチャート、つまり人々の関心、リスナー数が白人音楽から黒人音楽に移ってきた。もちろん白人音楽もなくなっていない(むしろ一番売れている)のですが、それはロックではなくポップ。ポップスターの時代になっている。今でも白人音楽、特にロックを熱心に聴いているのは中高年層で、だから新しいスターが出てこない。若者は白人音楽ならポップ、尖った音楽なら黒人音楽(そしてヒスパニックはラテン音楽)を聞くようになっている。音楽メディアであるRolling Stone誌はその流行に乗って行ったのでしょう。

この背景には人口動態もあるのでしょう。若者人口で言えば黒人やヒスパニックの比率が増えてきたのもある。2021年、初めて白人人口が減少に転じました。白人は少子高齢化が進んでいる。また、すでにヒスパニックが黒人人口を超えてもいます。NHKによるアメリカの人口動態予想。これを見ると2014年6割強を占める白人は2060年には4割まで減ると予想されている。次に多いのがヒスパニックで約3割、黒人が1割、他が1割。ヒスパニックの影響、つまり、ラテンの影響はよりUSにおいて強まっていくでしょう。

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こうした中で、従来はなんとなくクロスオーバーしつつも結局は白人主体の若者音楽だったロックは形を変え、オルタナティブというスタイルになった。あるいはむしろ、ラテンや黒人音楽の側からロックを再発見して、新しいムーブメントが起きるかもしれません。構造が変わりつつある。

そもそもロック音楽も単体で発展してきたわけではない。残りの2つ、「黒人音楽」と「ラテン音楽」の影響を受けています。なので、USの若者音楽の中心が黒人音楽、そしてラテン音楽に移っていくとしても、こんどはそちらの側からのロックの再発見、再ムーブメントは十分あり得るでしょう。結局、音楽フォーマットとしてのロックは移り変わっても「緊張感がある音楽」はなくならない。ロックとは、約60年間ずっと続いた一つのムーブメントだったとも言えます。新しいムーブメントがどう生まれていくのか、そんな視点でこれから掘り下げていこうと思います。

なお、今回の50枚からは意図的に黒人音楽(ソウル、R&B、ブラコン)とラテン音楽を外しています。なぜなら、やはり音像が違うから。また改めて「ロックに影響を与えた黒人音楽」と「ロックに影響を与えたラテン音楽」も考えてみたいと思います。さすがに黒人音楽、ラテン音楽の全体像はつかめない(ロック史しか知らない)ので、あくまで「ロックに影響を与えた」という視点ですが、それらを総括してみることでより多面的にロック史が見えてくるし、次のムーブメントを見つける楽しみも増しそうです。

それでは良いミュージックライフを。

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おまけ

なお、今回のリストでJimi Hendrixは黒人音楽(コード進行など)の影響が強いですが、やはりUKということとバックバンドが白人なのでUSの黒人音楽感が薄く、黒人音楽からの影響の象徴として入れました。Santanaはラテン音楽からの影響の象徴ですね。大きく言えばラテン音楽はスペイン、ポルトガルなのでジプシーやアラブ音楽の影響もあるし、リズムも多様。ヒップホップのリズムはロックとは違いますが、ルーツは案外ラテン音楽の影響が強いんじゃないかと思ったり…おっと、この話はまだ調べ始めたばかりなのでまたの機会に。

今回、けっこう推敲したんですが、最後まで残してテキストまで書いたのに入れ替えたアルバムが3枚あります。ボーナストラック的に入れておきます。後、外した理由も追記。

1.Kid Rock / Devil Without a Cause (1998.8.18)

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いわゆるラップロックの代表として。何気にこのアルバム、USで1000万枚以上売れているんですよね。もちろん日本でも一定の知名度はありますが、大スターという印象までは持たれていない気がします。そういう「日本では(そこまで)知名度がないけれどUSではめちゃくちゃ売れたロックアーティスト」はいくつかいて、他はCreedNickelbackHootie&The Blowfish。それぞれ1000万枚以上売れた大ヒットアルバムを持っています。それぞれ当時のUSロックのトレンドをうまく総括したようなアルバムを出していて、売れる理由は聴いてみると納得しますが、逆に言えば「どこかで聞いたようなサウンド」でもあるんですよね。カントリーに影響を受けたハードロック的な音、というか。「完成度が高くてめちゃくちゃ売れたけど(ロックを熱心に聴いている層からすると)目新しさはあまりない」という。だから「売れ線狙い」とか揶揄されることがあるわけですが、その中でKid Rockの本作は独自性もしっかり感じます。もともとこのデビューアルバムを出す前に10年ぐらいインディーズで苦労しており、それが深みを与えているのかもしれません。ラップロックといいつつ、リズムやコード進行はロックやカントリーの語法であり聞きやすい。ヒップホップとロックの違いって本質的にはビートだと思うのですが、このアルバムはほとんどロックのビート。あと、適度にカントリー的な要素やパーティー感もあり、極端に攻撃的ではないのでRage Against the MachineとかKornとかlimp bizkitより聞きやすい。なおカントリー色はこのアルバムからも感じますが、この後シェリルクロウとのカントリー調のデュエット曲がヒットした後はカントリーミュージックに転身。Bon Joviもそうですがだんだんカントリー色が強くなるアーティストは多いですね。USだとカントリーってやはり強いんですよ。

外した理由:時期的にこちらが先だけれど、やはりLinkin Parkの方がロック史を振り返るには適しているだろうと思ったため。ざっくり言えば同系統ですからね。

2.Adele / 21 (2011.1.19)

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2000年代の終わり、2009年に現れ世界中で旋風を巻き起こしたAdele。奇を衒うわけでなく「いい曲、いい音楽」で大ヒットした。彼女の人気の理由は、ロックファンにもソウル、R&Bファンにも、ポップスファンにも受け入れられたことだと思います。ブルーアイドソウル(白人のソウル)に分類もされますが、なんというか歌い方がそこまで強烈ではないんですよね。キャロルキングから連なるUKの女性SSWの系譜というか。もちろんもっと歌い方はモダンだし、感情表現も強いんですが、ビヨンセとかエイミーワインハウスに比べるとそこまで強烈ではないし、音像もテイラースウィフトのような作り込まれたポップス、雑味がない漂白された音作りではなく適度に生身感があるソフトロック的な音作りです。もともとポップとロックの境界は曖昧というか、明確にはない。AllmusicではROCK/POPで一つのカテゴリですからね。USにおけるROCK/POPとは「主に白人のメインストリーム音楽」というぐらいの意味。それを分けるのは音に歪み(ディストーションやノイズ)の要素や、人を警戒させるような音(叫びとか)がどれだけ入っているか、ぐらいなんじゃないでしょうか。Adeleは少なくともソフトロック、キャロルキングやFleetwood Macあたりが好きなら同じ感覚で聴ける音像だと思います。そこにソウル、R&B的なメロディセンスが入っているのが目新しさ。聞いていて圧倒されるというより心地よい。

2000年代の後半から、少なくともチャート的にはロックは失速していきます。ベテランアーティストのツアー動員は衰えませんが、新人のスターアーティストは出てこなくなった。2010年代はポップスターの時代です。ジャスティンビーバーとかレディーガガとか、ルックスはロックスターですが音楽はポップ、ダンスポップ。少なくともスタジオ盤からはロックの要素はほとんど感じません(レディーガガは2ndアルバムでブライアンメイと共演したりはしていましたが、アルバムの聴感がロックかというと「?」)。その中でAdeleはロックとポップ、両方のファンを満足させる絶妙な音作りをしているように思います。だから2010年代のスターであり続けているのでしょう。

外した理由:2010年代、アルバムセールス的には最大のスターであるAdeleですが、彼女の音像ってソフトロック的ですよね。なので入れようかと思いましたが「ロックに影響を与えた黒人音楽(ソウル含む)」系はまた別にやってみようと思って今回は外しました。もし入れるとしたらそちらの方が適しているだろう、と。

3.Imagine Dragons / Night Visions (2012.11.4)

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2010年代のUSで、唯一誕生したロックスターとも言えるImagine Dragons。他にいないんですよ。2010年代のロックスター。マニアックな評価を得たバンドはいくつかいますが、今回の基準であるRIAAのプラチナム(US国内で100万枚以上)の基準を満たしたアーティストはいなかった。ベテランが売れ続けている、というのはありますけれどね。それこそ2019年にオルタナティブロックの雄というか孤高の存在とも言えるToolの13年ぶりのアルバム「Fear Inoculum(2019)」がリリースされてビルボード1位を獲ったり、とか。このアルバムは時間はかかってもプラチナムを獲るでしょう。あとは映画「ボヘミアンラプソディ」の大ヒットによるQueenリバイバルだとか。なので、ロックファンは存在し続けましたが、おそらくそれは「もともとロックが好きだった層」なんでしょう。既存のファンはバンドと共に年を取る。大人になると新しいバンド、新しいスターをなかなか聴かなくなります。新しいスターが生まれてこないということは若者、ティーンのロック離れが進んだのでしょう。そうした中、ほぼ一人で気を吐いていたのがイマジンドラゴンズ。Take Thatなんかも思い出すかなりポップな音作りながらも、「ロック」として分類されているし、低音が蠢く感じとか確かにオルタナティブロックの流れを汲んだ音作りではある。不協和音感や歪み感などのアクが抜けていますが2010年代に受け入れられたロックの音と言えばこのバンド。

外した理由:2010年代のヒットを探していて、Imagine DragonsとTwenty One Pilotに行きついた。で、両方聴いてみてまだこちらがロックだと思ったんですが、これを2010年代のムーブメントとしてしまうのも何か違和感があった。他にないかと改めて見直してみるとエモを選んでいなかったんですね。で、Paramoreと入れ替えました。





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