76.HR/HM黄金期(83'-90')を振り返る10曲:アメリカ編
普段は「最近のメタル曲」を紹介することが多いのですが、ふと「今のメタルシーンのルーツになっている、いわゆる”名曲”を選んでみよう」と思いました。「メタル入門編」的な記事をときどき書いていますが、王道をやっていませんでした。
ハードロック、ヘヴィメタルのブームは、ビルボードチャートのデータ解析によると83年~90年。80年代はハードロック、ヘヴィメタルが一世を風靡。ロックコンサートは大規模化し、ハードロック、ヘヴィメタルに分類されるアーティストが多くチャートインしました。
なお、67年~70年代中盤に第一次ハードロックブーム(Black Sabbath、Queen、Led Zeppelin、Deep Purlple等々)が起きているので、今回の80年代以降のヘヴィメタルブームは第二次HR/HMブームと言えるでしょう。この第二次HR/HMブームでスターダムに上ったバンドの多くは2021年現在でもトップバンドとして活躍しているので、「今のメタルシーン」の源流、HR/HM黄金期と呼べる時代です。
90年で区切った理由は、91年からはヒップホップが隆盛し、HR/HMを中心とした”アリーナロックの時代”は終焉を迎えます。ロック・ミュージックそのものが減退しますし、ロックの中でも従来のHR/HMとは違うグランジ・オルタナが台頭(91年はNirvana、Pearl Jamがデビュー)。急激に80年代的なHR/HMバンドが淘汰されていきます。そのため、黄金期としては83年から90年。しかし淘汰の時代の後、2000年代以降は新しいメタルムーブメント(Nu Metalやメタルコアなど)が生まれ、80年代の大物アーティストがリバイバルするようになり、現在に繋がっています。
今回は、現在のメタルシーンの源流ともいえる第二次HR/HMブーム(83年から90年)に時期を絞り、国別に全4回で10曲づつ選びます。ジャンルで分けるより国別の方が区分けも明確だし、80年代のメタルシーンの様子が良く分かるのではと思います。「明確に年で区切り、国別・時系列で10曲選ぶ」というのが今回の企画の肝。この10曲でなんとなく時代の流れが追えること、と、国別のメタルシーンの違い、が分かることを目指して書いていきます。
メタルが活発な4地域に分けて、全4回連載予定です。
第一回:アメリカ編
第二回:イギリス編
第三回:北欧編
第四回:ドイツ編
それでは行ってみましょう。まずはアメリカ編です。大きな潮流は「ヘアメタル」と「スラッシュメタル」。ではどうぞ。
1.Quiet Riot / Cum On Feel The Noize (1983)
Quiet Riotってかなりヒットが早いんですよね。1983年にビルボードチャートの5位まで上がりました。ヘヴィ・メタルのアーティストがビルボードのトップ5に入ったのは初(どこまでがハードロックで、どこからがヘヴィメタルかという定義の問題もありますが)。その勢いをかってアルバムも全米1位。ヘヴィなサウンドがビルボードチャートを切り開いた嚆矢となった曲。アリーナロックの時代の幕開けです。その後はメンバー間のいざこざもあって失速し、現在も活動は続けているものの主要メンバーがあらかた亡くなってしまっていますが、アメリカでメインストリームを切り開いた功績は大きい。偉大な足跡を残したバンドです。この曲は1973年のSLADEのヒット曲のカバー。
収録アルバム 「Metal Health」
2.Dio / Holy Diver (1983)
元Rainbowのロニー・ジェイムズ・ディオが自らのバンドDioでのデビュー作からのタイトルトラック。メタルボーカリストの一つの原型を作った偉大なボーカリストです。”JOJOの奇妙な冒険”の「Dio様」の名前の元ネタ。Rainbowから中世ファンタジー的な世界観を引継ぎ、USエピックメタル、パワーメタルの祖としての風格を発揮しています。USではこの流れがManilla RoadやManowar、Savatageらに引き継がれていった気がします。
収録アルバム 「Holy Diver」
3.Van Halen / Jump (1984)
アメリカン・ハードロックといえばKISS、Aerosmith、Alice Cooper、そしてVan Halen。1984年はマイケルジャクソンの「Beat It」でもエディ・ヴァン・ヘイレンがソロを弾き、まさに時代の寵児でした。でもこの曲、キーボードを弾いているのもエディなんですよね。印象的なリフもそうだし、キーボードソロも弾いている。よく聞くとけっこうキーボードソロは技術的に怪しげというか無邪気なところがあります。「弾いてみた」的な勢いがかえって新鮮さを生んだのでしょうね。決してテクニカルではないけれど、それが覚えやすく、思わず弾いてみたくなるリフやソロに繋がっています。エディのギターは簡単に真似られないけれど、キーボードなら真似られそう。そのギャップも面白かったのかも。
収録アルバム 「1984」
4.Metallica / Master Of Puppets (1986)
Thrash Metalの幕開け。前作「Ride The Lightning」からだんだんと知名度を上げていますが、この3rdでブレイク。まだまだビルボードトップチャートには入りませんが、着実に全米制覇に向かっていくメタリカ。実際に全米トップバンドに上り詰めるのは「Metallica(1991)」ですが、今となってはこのアルバムを最高傑作とする声も多いです。勢いよく突き進みながら途中で急に荘厳なパートに変わる。この辺りの切り替わり、ハードコア的な激走と、欧州メタル的な抒情的なパートを力業で組み合わせるプログレ的な曲構成こそが「スラッシュメタル」の発明したものでは。
収録アルバム 「Master Of Puppets」
5.Slayer / Angel Of Death (1986)
とにかく「速さ」と「激烈性」を追求した1枚と言われるアルバムから。ただ、改めて聞くと「速さ」は今の基準ではそこまでではなく、むしろプログレ的な、「従来の音楽とは違う極端な音楽を作ってやろう」という気概を強く感じます。1986年当時にしてはかなり極端な音像ながら、セールス面でも一定の評価を獲得(ビルボードのトップ200で94位まで上昇)。激烈な音楽性がその後のメタルシーンに多大な影響を与えます。ハードコア由来の攻撃性をそのままメタル的な音像に合わせ、アグレッションに全振りしたエクストリームな方向性。ギターソロも従来の調性和音とは違う、クリシェを壊すような音階。スラッシュ四天王の中ではもっとも暗黒面を感じさせるバンドですが、90年代以降の「孤立や分断」といったものへの怒り・フラストレーションの発散や、ノルウェジアンブラックのような禍々しさより、やはりどこか陽性の純粋な音楽的追及を感じます。本気の悪魔崇拝ではなく、Led ZeppelinやBlack Sabbathら70年代ハードロック組が生み出した「オカルト」との融合の延長線上というか。
収録アルバム 「Reign in Blood」
6.Guns N' Roses / Sweet Child O' Mine (1987)
ガンズアンドローゼスは全米に衝撃を与えました。アメリカの国民的な「ロックスター」という意味では最後の存在かもしれない。この後にカート・コバーンは出てきますが彼は「既存のロックスター」へのアンチテーゼ的な存在でもあるし、ガンズ以降、デビューからアメリカでこれほど巨大なムーブメントを起こしたロックバンドはいません。むしろそうした「スター」の座は90年代以降、ソロの男女ポップシンガーやヒップホップアーティストが占めるようになっています。世界のロックシーンに多大な影響を与えたバンド、そしてアルバム。
収録アルバム 「Appetite For Destruction」
7.Anthrax / Caught In A Mosh (1987)
個人的にアメリカの発明したメタルと言えば「ストーナー※」と「スラッシュ」が浮かびます。この2つはアメリカン、大陸的な感じがする。スラッシュメタルってどこかカラッとしているし、豪快なんですよね。スラッシュ四天王と呼ばれるバンドがいて(メタリカ、スレイヤー、メガデス、アンスラックス)、その中でこのアンスラックスが一番アメリカらしさを感じるというか、豪快なミクスチャー感覚を持っている気がします。西海岸ハードコアの流れ(Dead KennedyとかSuicidal Tendenciesとか)を汲んで、いろいろな音楽要素を取り込みながら勢いのある音像にまとめ上げている。クロスオーバー・スラッシュの代表的なバンド。アメリカのこの時代は大きく分けると「ヘアメタル(LAメタルなど)」と「スラッシュメタル」の2極に分かれていましたが、このバンドはどちらのテイストも持ち合わせています。基本はスラッシュメタルなんですが、ちょっとLAメタルにも通じる軽快でカッコいいリフがあるんですよね。
収録アルバム 「Among The Living」
8.Death / Leprosy (1988)
80年代に萌芽し、90年代を通して重要なメタルのサブジャンルとなったのがDeath Metal。その先駆者であり代表的なバンドと言えるのがフロリダ州のDeathです。スラッシュメタルよりもさらに過激に、かつ複雑な曲構成にこだわり、メインストリームのメタルとは別の激烈性を提示。90年代以降、メタルの大きな潮流は「ブラックメタル」と「デスメタル」になっていくのですが、時代を先取りしたかのような作品。この曲でデスメタルの原型はほぼ完成しています。USデスメタルは大きくフロリダのシーンとニューヨークのシーンに分かれ、フロリダの代表的なバンドはこのDeathの他に、モービッド・エンジェル(MORBID ANGEL)、オビチュアリー(OBITUARY)、ディーサイド(DEICIDE)。NYの代表的なバンドはカンニバル・コープス(CANNIBAL CORPSE)、サフォケイション(SUFFOCATION)、マルヴォレント・クリエイション(MALEVOLENT CREATION)です。90年代に繋がっていく重要な1曲、そしてアルバム。
収録アルバム 「Leprosy」
9.Mötley Crüe / Kickstart My Heart (1989)
LAメタルと呼ばれるジャンルの代表格、アメリカではヘアメタル(みんな長髪だから)やグラムメタルとも呼ばれる。だいたい、80年代にMTVでヒットを飛ばしたバンドはこうしたジャンルに分類されるようですね。日本だとV系みたいな括りなのかもしれない。そこからの代表格、一つの到達点としてこの曲を。Sex&Drug&R'n'Rを体現したモトリーが様々な悲劇を経て素面で作成したアルバム。そして楽曲。ヘアメタルだと他にBon Jovi、Dokken、Ratt、Skid Row、Poisonなども著名。UK組ではOzzy Osbourne、Whitesnakeなどのベテランもこの波に乗ってヒット曲を飛ばしました。その中ではモトリークルーは「Shout At The Devil」のように、オカルティズムや悪魔的なイメージ、スラッシュメタルにも通じる世界観を一部持っていた(特に初期は)バンドです。
収録アルバム 「Dr.Feelgood」
10.Megadeth / Holy Wars...The Punishment Due (1990)
1990年、US80年代メタルの総括にして到達点のような曲。インテレクチュアル・スラッシュ(知的なスラッシュ)を標榜したメガデスの90年作。テクニカルさとメロディアスさ、攻撃性と豪快さが織り交ざった奇跡の1曲。それまでも片鱗はありましたが、このアルバム、この曲で一気に別次元に昇華された印象があります。個人的にはUSメタルの一つの頂点。90年代は先述したブラックメタルやデスメタルといったより過激な方向に尖っていったり、ストーナーメタルやグルーヴメタルなど、別方向に発展していく。多様化していく。
これはUKで70年代後半にプログレの台頭の後、パンクが出てきたのと同じ流れで、ここまで到達してしまうとハードルが高くなりすぎる。「バンドやろうぜ」となってもなかなかMEGADETHみたいな音楽はできない。その揺り戻しのタイミングもあって一気に複雑化したメタルがヒットチャートから姿を消したのかもしれません。
収録アルバム 「Rust In Peace」
以上、USメタルの黄金期を振り返る10曲でした。
翌1991年にはNirvanaが「Smells Like Teens Spirits」で一世を風靡。グランジ・オルタナブームが始まります。Pearl Jamも「10」でデビュー。よりプリミティブなロックへの回帰と、アリーナロックよりより内省的な歌詞世界、音世界への変化。社会的背景としては冷戦終結と湾岸戦争。世界の風景が大きく変わっていき、多層・多様なアメリカ社会は社会主義という「共通の敵」を失って内部の問題が噴出してくる。
Metallicaも80年代とは大きく音像を変えた(アルバム全体で聞くとそれなりに連続性もあるのですが、特に「Enter Sandman」の印象が強い)「Metallica(通称:Black album)」をリリース。Ozzy Osbourneはツアーからの引退を示唆してパーティーの終わり的な「No More Tears」をリリース。アリーナロックの残り火として、メタルバンドでありながらアコースティックバラードがヒット(Mr.Bigの「To Be With You」とExtremeの「More Than Words」がそれぞれ全米No.1を記録)。数多くのメタルバンドは一斉に内省的、アコースティック、より回帰的な音像に変化していき、淘汰されていきます。揺り返しで1992年はPanteraが「Vulgar Display of Power -俗悪-」をリリース、よりハードコア色が強く、攻撃性を前面に出したサウンドを生み出します。メタルの主流は分断、対立、孤立を激音でたたきつけるカタルシスを追求していく。
その後、1994年にGreen Dayが「Dookie」で大ヒットを飛ばします。こうした「シンガロングで皆で歌えるロック」は一部はメロコアが引き継いでいったのかもしれません。より身近で等身大なスターたちが生まれていく。まさにプログレからパンクの流れの再現です。なので、ヒットチャートからロックが完全に消え去るわけではありませんが、全体的にアメリカの90年代はヒップホップとポップスターの時代でした。
なお、別の動きとして、Megadethのところで「複雑化しすぎたメタルの反動でシンプルで激しい音像が主流になる」と言いましたが、さらにその反動として92年に「いまだかつてないほど複雑なメタル」を奏でたDream Theaterの「Images And Words」がリリースされ、プログ・メタルも勢力を伸ばしていきます。しかし、これらの拡散、極端化したメタルのサブジャンルからは単発のヒットはあるものの音楽性が拡散・多様化し、ファン層も分裂していく。メタルはメインストリームの大ヒット曲が出るジャンルではなく、コアなファンがそれぞれのサブジャンルを支えるアンダーグラウンド色が強まっていきます。
これは主観ですが、2001年、同時多発テロの後から再びアリーナロックというか、「身体の共時性」を求める、みんなで団結して盛り上がるアリーナロックが復権してきた印象も受けています。それに呼応して、80年代のメタルアーティストたちもリバイバルしてきた。「みんなが知っているメタルの曲」が改めて求められるようになった気がします。
後は、メタル黄金世代の若者たちが親世代となり、購買力が強まるとともに子供たちにもかつてのメタルバンドを伝える、共にライブに行く、といった流れもあるのでしょう。音楽ジャンルに歴史ができるとミュージシャンにもファンにも世代交代が起きます。次世代のメタルミュージシャンたちは他の記事で多く紹介しています。
今回の曲のうちのいくつが気に入って「最近のメタルも聞いてみたい」と思った方向けの記事はこちら。
いずれにせよここに上げたバンドのいくつかは2021年の現在もトップバンドとして活躍中。あなたの考える「USメタルの黄金期の名曲」も教えてください。
それでは良いミュージックライフを。
※ストーナーメタルの商業的成功は2002年のクイーンズ・オブ・ストーン・エイジの「ソングス・フォー・ザ・デフ」まで待たなければなりません。2000年代以降のUSメタルの特徴的なサウンドは「Nu Metal」「ストーナーメタル」「メタルコア」あたりか。「メタル」の定義も拡散していきます。商業的大成功を収めたのはSlipknot、Linkin Park、Creed等(後は変わらず君臨し続けるMetallica)。Red Hot Chilli PeppersやRage Against The Machine、Foo Fighters等もアメリカでは「HR/HM」の範疇の様子。