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Liars / The Apple Drop

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ライアーズは、2000年にNYのブルックリンで結成されたオーストラリア系アメリカ人のアンガス・アンドリュースが率いるエクスペリメンタルロックバンドです。初期はダンスパンクバンドとしてスタートし、メンバーチェンジを重ねつつ音楽性も変遷。より実験的(エクスペリメンタル)な音像に進化してきました。本作は10作目。アンドリュースはローリングストーンズ誌のインタビューでこう語っています。

「僕は各レコードで、まったく新しい、まったく違うことを実験し、試すことを大切にしているんだ。いつも、創造性の方向がなるべく遠くを指し示せるようにと努力している。今回のレコードに取り組んでいると、その軌跡はスパイラルに少し似ているのではないかと気づき始めたよ。ただまっすぐ伸びるだけでなく、螺旋状に少しずつ伸びていくんだ。似たようなところに戻ったように見えても、違う場所に進んでいる。以前学んだことを完全に無視するわけではないから、過去も影響を与え続けるんだよ。」

その言葉の通り今作は過去と新機軸がミックスされたアルバムになっています。アンドリューの妻、メアリー・アンドリュースが作詞に初参加したほか、前衛的なジャズドラマーのローレン・スパイクとマルチインストゥルメンタリストのキャメロン・デイエルとチームを組み実験的なスタジオセッションを行った素材をアルバムの土台にしています。アンドリューは昨年のパンデミック期間の多くを、故郷と呼ぶオーストラリアの離島でアルバムの制作に費やしました。彼は、本作はいくつかのSFテーマを持っていると言います。

「SFのレコードを作るとは思ってもみなかった。宇宙旅行やワームホールなどのアイデアに影響を受けたんだ。また、映画のようではなく、脚本のような方法で作品を書きたかった。レコードを通じて、さまざまな場面を想像してもらいたいからさ。」

それでは聞いていきましょう。

活動国:US、オーストラリア
ジャンル:エクスペリメンタルロック
活動年:2000-現在
リリース日:2021年8月6日

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総合評価 ★★★★☆

ダークでアンビエントな宇宙旅行。インタビューで「映画ではなく脚本」と言っているように、たとえばナレーションとかわかりやすいSEとか、具体的な物語を誘導するようなものはなく、一定の統一された世界観の曲が続いていく。ただ、世界観は統一されているもののどの曲もクオリティが高くメロディが秀逸。スローテンポが多く起伏が強いわけではないので地味に感じるが、陳腐さがなく音世界にのめりこめる。ピンクフロイド、というかロジャーウォーターズのソロ作であったり、ディヴィッドボウイレディオヘッドスピリチュアライズドにも通じる部分がある。ダークかつスペイシーな音世界だが、全体として静謐で穏やか。メロディにも突き放す感じ、怒りよりも包容力と諦念を感じる。さらっと流せば気負うことがなく聞けるし、より深く耽溺することもできる音世界。良作。

1.The Start 03:51 ★★★☆

探査するような電子音、ダウナーなボーカルが入ってくる。チープなシンセ感のある電子音とSF的な音像。どこか玩具のロボットのような。スロウで引き延ばされたサイケデリックなビートルズのような曲。夢見るような、浮遊するような音像。後半になるにつれて音に暗さ、重さが増してくる。

2.Slow and Turn Inward 03:36 ★★★★

ハープ、何かをつま弾く音。古楽器的な音が出てくる。ただ、浮遊感は変わらない。メロディはブリティッシュフォーク的な音程差があるボーカルメロディ、低音が効果的に使われている。童謡的ともいえるメロディ。3拍、スローワルツのテンポ。揺らいでいる、はっきり見えない紙芝居のようなレトロな舞台装置を用いたスローでダークなドラマ。最後、船漕ぎ歌のような掛け声が漂う。

3.Sekwar 04:34 ★★★★

左右に揺れる電子音。呼応するようにループするドラム。何かいびつな、空間を切り貼りしたような音像。時間がわずかずつ巻き戻す、人の動きを一部だけ切り取ってループ再生するような。「I'll fight first」の声が繰り返される。ダークエレクロトニカ、アンビエントパンクといった趣。ダンスパンクの構造は持っているがダンサブルと言えるほどはビートが強調されていない。反復する、どこかいびつな響き。ポストダンスパンクとでもいうべきか。ダンスパンクの手法を解体し再構築している。

4.Big Appetite 05:16 ★★★★☆

ギターとベースのリフ、レディオヘッド的な、ダークで浮遊感があるギターロック。基本的に中低音が多いボーカルだが少しテンションが上がる。途中からドラムの手数が増え、トライバルな音像に。一定のテンポで進むリズム、最後、アカペラでボーカルが放り出されて宙に浮く。ギターリフとボーカルが絡み合う。

5.From What the Never Was 04:14 ★★★★☆

前の曲から雰囲気をつなぎ、ダークで浮遊感があるギターロック。バンドサウンド。ダウナーながら抒情的なギターフレーズ。流れるようなボーカルメロディ。わかりやすい抑揚やフックはないがメロディアスで心地よい。ピンクフロイド的な酩酊する心地よさもある。60年代、70年代的なクラシックロック、たとえばボウイ(スパイダーズフロムマーズ期)にも通じる空気感のある曲。

6.Star Search 03:48 ★★★★

音程が上下するピアノ、反復する二音程の移動にボーカルが入ってくる。そこから重力感のあるソニックブーム、音の壁が迫ってくる。一定のリズムで低音の波。その上を漂うボーカル。宇宙遊泳のようだ。スピリチュアライズドあたりも連想する。ピンクフロイドというよりはロジャーウォーターズのソロ(アミューズドトゥデスとか)にも近いかも。ブルースギターによる泣きのフレーズはなく、雰囲気、世界観が重視された音像。

7.My Pulse to Ponder 03:03 ★★★★

ガレージ感のある音、ノイジーなギター。そこにまた低音の波のようなベースとドラムが入ってくる。グランジ(汚れた)的なノイジーな音像。ただ、絶叫はない。静かなヴァース部分だけを拡張するような。絶叫しないNine Inch Nailsというか。ダウナーでインダストリアルな雰囲気もある。やや吐き捨てるような、ヒップホップ的なボーカルスタイルも入ってくる。この辺りはゴリラズあたりにも近い。やはり2020年代のアルバム、さまざまな先人たち、自分自身の過去のアルバムのレガシーが活かされている。螺旋で先に進んでいるという言葉の通り。

8.Leisure War 03:26 ★★★★

音がオクターブで移動するシンセのフレーズ。ゆったりと展開するアルペジエーター。浮遊するシンセロック。音像の雰囲気は変わらないが、どの曲もクオリティが高い。ふっと意識が抜けることがなく、じわじわと熱量が溜まっていく。

9.King of the Crooks 03:45 ★★★★☆

揺れるような、歩くようなリズム。揺蕩う中でメロディが紡がれていく。波のような。どこか懐かしい、郷愁を誘う音像とメロディ。ところどころに宇宙的なソニックブーム、浮遊する空間性を感じさせる音色が入ってきて、無重力を漂うような感覚を出している。童謡のような口ずさむ素朴なメロディのループで曲が終わる。

10.Acid Crop 04:42 ★★★★☆

読経のような、一定のリズムで続くボーカル。マントラというか。ただ、そこまで重厚感があったり声が重なっていくわけではなく脱力感もある声。小声でささやくというか。もともとApple Dropという曲名だったそうだがAcid Cropという曲名に変えたそう。重力の比喩であり、アシッド、つまりLSD(覚せい剤)による幻覚、超常のトリップ体験の音像化だそう。サイケデリックで落下していくような音像。Appleだから知恵の実でもあり、人間が人間になった、楽園追放のモチーフでもあるのだろうか。そう考えると「リンゴ」というのはいろいろな意味がこもっているな。「重力」という意味はニュートンによって付与されたものだが、それが知恵の実であるリンゴだったのも面白い。意識してそうしたのだろうか。

11.New Planet New Undoings 02:43 ★★★☆

アウトロ的な曲、さまざまな音、声や雑多な音が入ってくる。低音のソニックブームがすべての押し流していく。ピアノの音、オーケストラの調律、いや、なんだろう、古いレコード、さまざまな記憶が強制的に巻き戻されていく、時間と空間がランダムに再生されてるような。ループする、吸い込まれていく。残滓が消えていく。

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