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「感情」と「法の世界」は、相容れないことが多い~赤木雅子さん「ふざけんなと思う」公文書改ざん訴訟の結末


公文書改ざん 突然の裁判終結  なぜ赤木さんは「ふざけるな」と言ったのか 国が奪った真相追及の機会
https://news.yahoo.co.jp/articles/4e4132a9960172fbf3f76970c6997e7cd6a362e4


このニュースを見て、思ったことを書きますね。

本当にお気の毒だと思います

ご主人が職務で理不尽な指示に従わざるをえず、自殺されたこと、本当にお気の毒でなりません。
なぜ自殺するようなことになってしまったのか?なぜ?を知りたい奥様のお気持ち、理解できますし、それがわかれば、悲しみや憤りは消えなくても、心が落ち着く部分は多少はあるのかなと思います。

訴訟をすれば、その「知りたい」という感情を満たすことができると思われたのかもしれません。
が、残念ながら、知りたかった事実が明らかになることはなく、終結となったことに、「ふざけるな」という感情表現になったのだろうと思います。
札束で、ケリをつけられた、そんな思いもなさったのかもしれません。


訴訟はあくまでも「損害賠償」

ところが、訴訟の内容は、損害賠償、です。
1億円の損害を受けたから、支払ってほしい、なのですね。

国は、奥様の請求をすべて認める「認諾」という手続きで、「認めますから、1億円お支払いします」とし、裁判が終結しました。

奥様の悲痛な「知りたい」という思いは脇に置かせていただくとして、「1億円支払え」という主張は突然、あっさりと通ってしまいました。

このニュースに対して、「国は卑怯だ!」「金を払って終わりにするのか!」
と憤りを持つ方も多いと思います。

ところが、訴訟だけを見れば、「損害責任を認めて1億円を払います」と認めたので、「いさぎよい」話になってしまったのです。(そこまでして「隠したいことがある」という意図があるのかもしれませんが、訴訟だけを見れば・・・)


法廷では感情の処理が限界がある

残念ながら、奥様の「知りたい」という感情を満たすようなことはありませんでした。

本来は、真相を知った上で感情の処理できればいいのですが、相手のあることは、相手からの協力が得られなければ難しいし、協力を得ても自分が納得できないことも多々あります。

法の世界とは、感情で処理できないものを、一定のルールと論理性でけりをつけましょうとして、お金というエネルギーで精算をするのだ、と私は理解しています。

もしこれが、責任を認めるが、お金は一切払いません!とか、1万円しか払いません!ならば、それはそれで怒りが出てくると思うのです。なので1億円でももらった方がまだマシ、と思わせてくれるのが、お金のエネルギーの力だと思います。(もちろん、1億円もらおうが、奥様の知りたい感情や、深い悲しみは癒し切れるものではないのですが・・・)


法律のプロの戦略はどうだったのか?

国に認諾させたくなければ、損害賠償金を100億等の法外な数字にするか、別の訴訟内容にすればよかったのではないのかな?と個人的には思いました。

奥様は法に関しては素人さんですから、担当した弁護士の方の法廷戦略がどうだったのか?そこはプロの方にお聞きしたいところです。

今の情勢だと、奥様の知りたい感情が満たされることはなかなか難しいのかもしれません。
奥様は、きっと、ご主人を助けてあげられなかったこと、自死を防ぐ手立てを講じられなかったこと、ご自分をたくさん責めていらっしゃると思います。罪悪感と自責の念でいっぱいだと思うのですが、裁判という場以外で、少しでも穏やかな時間が増えますようにと祈っています。


司法の場って理不尽な思いをします

わたし自身、離婚裁判を経験しているのですが、その中で、自分の感情と、法の世界で処理されることのギャップに憤りを感じ続けた歳月でした。
中には、やってもいないことをやったかのように主張され、傷ついたこともありました。
裁判と言う場は、事実が明らかにされるとは限らないし、誰もが司法の場で正直になるばかりでもない。納得できないことだらけで終わることもあります。結構、理不尽な場なのです。


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安田 未稀
離婚裁判を経験した心理カウンセラー&コンサルタント。
受容と共感だけじゃない、ちょっと変わった個人セッションをやっています。カウンセラー・ヒーラー支援で、スキルアップのお手伝いもしています。
https://pro.yasudamiki.com/











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