初めて降りた西浦和駅で桜草祭りに行った話
4月14日の日曜日。
武蔵野線に乗るのは何年ぶりだろうか。
JRの路線図を見るといつも、武蔵野線って変な路線だなと思ってしまう。武蔵野線は府中本町駅を出発し北に向かい、新秋津駅を通って埼玉県内に入る。その後浦和、越谷、三郷を抜け千葉県に入り、流山や松戸、市川を通って東京駅に到着する。都内をまるで避けているかのように大きく迂回して走る武蔵野線が、路線図の中で僕の目には一際目立って見えているのだ。
(参考:JR東日本 東京近郊の路線図)
武蔵野線に乗って、降りた駅は西浦和駅。
京浜東北線に乗り換えられる南浦和駅でも、埼京線に乗り換えられる武蔵浦和駅でもない。どの路線とも乗り換えることができない西浦和駅だ。僕はこの西浦和駅で降りるのは生まれて初めてだ。こんなことを言うと西浦和の人に失礼かもしれないが、これを読んでいる人の中に、西浦和駅で降りたことのある人は一体何人いるのだろうか。
生まれて初めて降りる駅で降りる。天気は快晴。どうやら西浦和の地は僕を歓迎しているようだ。僕が西浦和駅にやって来た理由は、この日西浦和駅近くの桜草公園で開催される「桜草まつり」を見に行くためだった。桜草公園はこの地域では有名な桜草の自生地のようで、毎年桜草が咲く時期にお祭りが開催されているらしい。
しかし近くの桜草公園、といっても、Googleマップを見ると西浦和駅からその公園までは歩いて20分以上はかかるようだった。正直駅の近くかと言われたら微妙なラインである。タクシーやバスを使って行くことも可能なようだったが、それでも僕は歩くのが好きだし、なんせ生まれて初めて足を踏み入れた場所でテンションが上がっていた。僕は公園まで歩いて向かうことにした。
公園までの道はほぼ一本道。そこそこ車通りの多い片側一車線の道の歩道を歩き続けた。途中、数年ぶりに不二家のレストランを見たり、自転車に乗った小学生軍団に抜かされたりした。この日は4月だというのに気温が20度を超えており、歩いているともう夏なんじゃないかってぐらい暑さを感じた。あらかじめ、この日は暑くなるかもしれないと予想しTシャツ1枚で家を出てきた僕の判断は正解だった。それでも、背中はじんわりと汗を出し始めていた。
歩き始めて体感15分以上は経った頃、橋が見えてきた。僕が向かっている桜草公園は川の近くにあるということは事前に調べてある。つまり公園に近づいてきたということだ。歩道の人通りもだんだん増えてきて、橋のたもとでは誘導員の方の姿も見える。
そのまま人の流れになんとなく着いて行くと、桜草公園の入り口に到着した。さっきまで歩いてきた道はぽつぽつとした人通りだったが、その頃には辺りに人混みが形成されていて、誘導員の方が通行人に向かって左側通行で歩くようにとお願いをしていた。公園の入り口はゆるやかな下り坂で、坂の上からは草原とその向こうでぼんやりと何か祭ってそうな様子が伺える。
坂を下りきるとしばらく一本道が続く。左には草原が広がっており、右側を見上げるとさっきの橋が見える。歩いていた時は気にならなかったが、お祭りのせいか橋の車道はなかなか渋滞していた。歩き続けていると、1台のパトカーが停まっていた。周りには警察官の方が何名か立っており、パトカーの前では小さな子供が親と一緒に記念撮影をしたりしている。いつもは間近で見られないパトカーを一般市民向けに公開するというイベントは、お祭りではよく見かける光景だ。
パトカーの横を通り過ぎ、少し歩くと本格的なお祭りの会場が見えてきた。いくつも屋台が立っているのが見え、何やら音楽も聞こえ始めている。その景色と音のする方へ歩くと、そのお祭りは始まっていた。西浦和駅から25分くらい歩いた僕としては、ここでようやくお祭りが始まった、という感覚である。
公園の遊歩道には屋台が立ち並び、浦和ならではのお土産を売る屋台からよくあるどこでも食べられそうな焼きそばや一口カステラを売る屋台まで、これぞお祭りだなと思えるラインナップだった。
屋台が並んでいる場所の裏には芝生が広がっており、そこでは衣装を身に纏った地元のおばあちゃん達が民謡を踊っている。民謡は聞いたことのない歌だったが、
「加須のうどんに、浦和のうなぎ」
といった歌詞が耳に入ってきたのでおそらく埼玉の伝統的な民謡なのだろう。ああ、浦和でうなぎ食べたいなぁ。
屋台や踊りといったお祭りの雰囲気に飲まれていて少し忘れかけていたが、この日この桜草公園で開催されているのは「桜草まつり」。桜草の自生地であるこの公園ではどこかで桜草が咲いているはずだ。それもこの目で見ておかなければ、はっきり言ってここに来た意味がないとも言える。
僕はどこで桜草が咲いているんだと公園を探しまわった。しかしその探索は割とすぐに終わった。屋台が立ち並ぶ遊歩道を抜けると何やら草原に向かってスマホやカメラを向けている人たちが目に入る。彼らの視線の先に、桜草が咲いていたのだ。
たしかに桜草は咲いていた。しかし、思っていたほど多くは咲いていなかった。例年であればおそらくその時みんながレンズを向けていた場所では数えきれないほどの桜草が咲いていたに違いないのだが、この日咲いていた桜草は頑張ればギリギリ数えられそうな本数しか咲いていなかった。むしろ花の周りの草が結構生い茂っていて、主役の桜草が完全に脇役に食われている状態になっていた。
それでもみんな、せっかく来たのだからと桜草に向かってレンズを向けている。僕もそれに倣う。なんとかして花が超いっぱい咲いている風に写真を撮れないかと試行錯誤して何度も写真を撮り直した。なかなか難しかった。そしてこれは後で調べたことだが今年は桜草の開花が少し遅れており、お祭りが開催された日は見頃まではまだもう少し、という状態だったらしい。
桜草を見終えたあとは屋台から離れて公園をぶらぶらした。公園の北の方では子ども向けのボーイスカウトのイベントが行われており、たくさんの子どもが参加している。その向こうでは、川の堤防に沿ってたくさんの桜が咲いていた。桜のピークはもう完全に過ぎてしまったと思っていたが、ここの桜はまだまだ見ごたえがあった。
公園を訪れる前はもっとどでかい公園なのかと予想していたが、思っていたよりも公園はそこまで広くなく、10分ほどで公園を大体一周できてしまった。再び屋台が並んでいる方へ戻り、芝生の民謡ブースを見ると、そこではおばあちゃんたちが安来節を披露していた。安来節といえば、島根県安来市の伝統的な民謡であるが、なぜこの浦和で披露されているのだろうと思ったが、ともかく地域の伝統がこうやって今も伝えられていく光景を見るのはなんだか嬉しい気持ちになる。ちなみに、僕が安来市を訪れたのは4〜5年前、月山富田城に登った時の1回切りだ。
公園内の人通りは、僕がここにやって来たときよりも増えているような気がする。暑い中歩き回って疲れて来たし、もうお祭りの雰囲気も十分堪能できた。桜草はあまり咲いてなかったけど満足である。僕は公園を出ることにした。公園に入って来た時に下って来た坂を今度は上る。向こうからはたくさんの人がこっちに向かってやって来る。それを、誘導員の方が上手く整備していた。
さっきの橋のたもとに戻り、後ろを振り返るとちょうどバスがこっちに向かってやって来ているのが見えた。そして目の前にはバス停がある。ここからまた20分以上歩くのは正直しんどいなと思っていた僕はこの出会いは運命だと感じた。バスは目の前で停車し、僕はそれに乗り込んだ。棚からぼた餅とはこういうことだ。
僕を乗せたバスは、さっき歩いてきた道をのんびりと駆けて行く。
いっぱい歩いたし、お腹が空いてきたなぁ。
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