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なかなか1人にならない家族みたいな温泉街【信越北陸一人旅⑧】

喫茶店のおじさんのおかげで公共浴場でひとっ風呂いただけた。

お風呂から上がった僕は初めてやって来た渋温泉をもう少し散歩することにした。

少し歩いたところで足湯を見つけたが、さっき足どころか全身で温泉を感じさせていただいた僕にとって足湯の発見の感動はあまり感じられなかった。せめてのお湯を手で触っておこうかとも思ったが、足湯の周りをデカめのトンボがずっと飛び回っていてちょっと怖かったので足湯は写真を撮って終わりにした。

足湯を後にすると、建物と建物の間に細長い階段があることに気がついた。見た感じ、階段の上にはお寺がありそうな雰囲気だった。経験上、温泉街では長めの階段を上った先にお寺があることが多い。それがなぜなのかは分かっていないが、せっかくなので階段を上ってみることにした。温泉で身体が温まったというのもあるが、この日は9月といえどまだまだ夏と言えるような暑さだったのでもうさっそく汗をかいてしまいそうだった。


階段を上り切ろうとした時、上で1人のおばあさんがお花にお水をあげていた。そのおばあさんと目が合った僕は

「おはようございます」

と挨拶した。まだ9時台なのでこんにちはよりもおはようの時間だろう。おばあさんは優しく笑って

「おはようございます。ご苦労さんです」

と僕に返してくれた。階段を上って来た僕を労ってくれたのだろう。


そのおばあさんの横を通り過ぎ、階段を上り切ると年季を感じる立派なお堂が建っていた。やはりここはお寺の境内のようだ。

お参りを終えると、後ろからさっきのおばあさんがやって来た。

「今日はどちらから来られたんですか?」

僕の姿は、よそ者だと分かりやすいらしい。

「東京から来ました」

僕がそう返すと、おばあさんは

「ほえ〜そうですかぁ。暑い中ご苦労様です」

と再度僕を労ってくれた。ここで僕は地元の人とふれあうチャンスだと思っておばあさんに

「いやぁ、本当に暑いですねぇ」

と言ってみた。天気の話は老若男女誰とでも会話のきっかけになる便利な話題だ。僕が振った話題に対しておばあさんは

「本当そうですよ。今年は特に暑い。もう異常ですよ」

と言って乗ってくれた。おばあさんは続けて、

「もう本当最近、地球がおかしくなっちゃってる。9月でこんなに暑いなんてもう異常ですよ。渋は9月は本当はもっと涼しいんですよ。これから先はきっと地球がおかしくなっていく一方です」

と今の暑さがいかに異常かについて力説し始めた。このおばあさんは今の暑さを感じて地球規模で今後の心配をしているようだった。まさか僕が振った天気の話題に対してこのおばあさんがここまでスケールのでかい話で返してくるとは思っていなかった。



その後おばあさんとはその後天気の話をしたり、おばあさんが若かった頃の話をしたり、また天気の話に戻ったりしながら3,4分立ち話が続いた。


おばあさんと立ち話を続けているとそこに1人の40代くらいの男性が階段を上ってやって来た。おばあさんはその男性に気づくとまた「ご苦労様」と言い、先ほどと同じように地球の危機を男性に力説していた。そして気づけばその男性も混ざり3人で立ち話をする空間が出来上がっていた。そしてしばらく3人で話しているうち、そのおばあさんがここのお寺の住職さんだということも分かった。

「渋温泉はね、本当みんな家族のような存在よ。色んな宿があったり色んなお店があったりするけど、みんな競い合ったりせずに家族みたいに支え合ってる。良い町だよここは」

おばあさんのこの言葉からは、町の暑さではなく町の温かさが伝わったような気がした。ほっこりとするような話だったが実はこのおばあさんの立ち話はリアルに30分くらい続いていた。

いくら地元の人とのふれあいが好きな僕でも、ここで30分足止めされるとは結構想定外だった。おばあさんあるあるかもしれないが、とにかく彼女の口は止まらない上、さっき聞いた話と同じ話が時々リピートされることもあった。僕は男性が合流して5分くらい経った頃からずっとこの会話の出口戦略を考えていたが、会話に隙間がまったく生まれないので僕はこの回廊から抜け出せずにずっと足踏みしていた。


そんな僕のピンチを救ったのは、さっき合流して来た40代くらいの男性だった。男性はおばあさんに向かって

「この辺りにはサル園があるんですか?」

と聞くとおばあさんは

「あるよ。車で10分くらい行ったとこだね。今は暑いからサルも温泉には入らないけどね」

と答えた。その後おばあさんが実は私はサルと会話ができる的なくだりを話し始めたが、そこそこのタイミングで男性が

「じゃあこの後サル園行ってみますね」

と言って会話を切り上げる流れを作ってくれた。僕もそのタイミングですかさず

「ありがとうございました〜」

なんて言っておばあさんを一時停止させることができた。

「では、お気をつけて〜」

というおばあさんに僕たち2人は会釈をし、2人で同じ方向に歩き始めた。


変な流れで一緒に歩くことになってしまった僕たち2人は、歩きながら会話を始めた。

「どこから来たんですか?」
「昨日はどこか泊まったんですか?」
「温泉は入りましたか?」

歩きながら男性と話した話は、どれも当たり障りのない内容だ。男性も一人旅のようで、前の月に家族で渋温泉に旅行を計画していたが自分だけコロナにかかってしまって行けなかったので、今月改めて1人で渋温泉にやって来たということらしい。お父さんの一人旅を優しく認めてくれる家族なら、きっと良い家族なのだろう。


その後男性と話しながら近くの別のお寺を眺めたりして温泉街の方へ戻って来た。男性はこの後サル園に向かうということで、温泉街でお別れした。1人になった僕はまた温泉街を少し歩いていたが、サル園のことがやっぱり気になったので僕もサル園に向かおうと思った。駐車場に戻り、先ほど払えなかった駐車料金を払って車に乗った。

渋温泉、元々は少し立ち寄って温泉に入れれば満足と考えていたが、まさかこんなに人と会話をするとは思わなかった。今度は泊まりでゆっくり過ごして、おばあさんの言っていた「家族感」を感じてみたい。


駐車場を出て、僕はおばあさんの言っていたサル園を目指した。おばあさんの言っていたとおり、10分くらい林道を走るとサル園の駐車場にたどり着いた。駐車場の入り口で係員さんが駐車料金を徴収していたので、僕はその場で500円を払って車を停めた。駐車場からサル園までは10分くらい歩くらしく、係員さんからもらったパンフレットに従って川沿いを歩いた。途中、ちょっとした石段や坂もあったりしたのでさっきのおばあちゃんは上れるのだろうか?とか考えたりしていた。

駐車場からサル園に向かう途中の川

歩いている途中、見覚えのある背中が目に入った。通り過ぎようとしてチラリと横を見ると、さっき一緒にお寺で話した40代くらいの男性だった。別れてからものの15分くらいでの再会である。僕は男性のペースに歩く速度を合わせて再び2人で会話しながらサル園に向かって進んだ。渋温泉の近辺では、なかなか1人になることはないらしい。


しばらく歩くと、サル園の入り口にたどり着いた。サル園の入り口は急な階段になっており、隣の男性のペースに合わせて上ったのでちょっときつかった。

階段を上り切り、左に曲がって少し歩くと人だかりが見えた。人だかりの奥には何やら建物が見える。サル園も観光地だけあって入り口は少し混んでいるのだろう、なんて思って人だかりに近づくと、建物の手前に何やら看板があることに気がついた。男性も看板の存在に気づき、2人で看板の文字が見える位置まで歩いて近づくと、そこにはなんと


「現在 サルはいません」


と書かれていた。この日初めて出会った、一回りくらい歳の離れた男2人が絶句した瞬間である。おいおい嘘だろ。さっきのおばあさんは「温泉には入ってない」とは言ってたけど、サルがいないとは言ってなかったじゃないか。まだ冬でもないのになんでサルがいないんだよ。聞いてないよ。様々な不満が頭をよぎっていた。


すると一緒に歩いてきた男性が、

「僕ちょっとスタッフの方に聞いて来ます」

と言って建物の方に歩いて行った。またしてもこの男性は僕をリードしてくれている。僕がこの男性をリードできるのは歩くスピードだけだと悟った瞬間だった。男性は建物で少しの間スタッフさんと話すと僕の元に戻って来て、

「サル達はみんな山の方に行っちゃったみたいで、園の方に戻ってくるかもしれないけどいつ戻ってくるかは分からないらしいです」

と僕に教えてくれた。どうやら建物の前にできている人だかりはサルの出現を待つ人の集まりのようだ。

僕は男性からその話を聞いた時、そこまでサルのために待ってられないな、と思った。サルが温泉に入った光景を見られるならば少し待ってもいいかなとも思ったが、さっきお寺で出会ったおばあさんは今の時期サルは温泉に入らないと言っていた。ということはここで待ち続けていても、仮に見られるとするならばそれはきっと猿山で呑気に過ごしているサル達の姿なのだろう。それだったら正直ここじゃなくても見ることはできる。温泉に入らないサルは、ただのサルなのだ。

僕は車に戻ることにした。一緒に歩いて来た男性は、サルが来るまでここに待つことにするそうだそうなので、ここで男性とも本当にお別れである。互いの旅の無事を祈って僕たちはお別れをした。


よく考えたら、僕は駐車場で駐車料金を払っている。僕は500円を払って知らない男性とウォーキングをしただけだったなと改めて思った。てかサルいないなら駐車場の時点で教えてくれればいいのにともちょっと思った。


サル園の入り口、さっき男性と一緒に上った階段を下っていると、外国人の若いカップルが向こうから階段を上ってくる。僕は英語は全然喋れないが、そのカップルに話しかけることにした。理由は、さっき払った500円の価値を少しでも上げたいからだ。

僕がその外国人カップルに放った第一声は、

「ノーモンキー」

だった。大学で英語を学んでいたなんて恥ずかしくて言えないレベルの拙い英語である。

突然日本人の低レベルな英語を聞いたカップルは2人とも「OH!」と言って驚いた表情をしているのが分かった。その後彼氏の方が僕に向かって

「Why!?」

と聞いて来たことは分かった。僕はこの時返答がすぐに出てこなかった。見切り発車で外国人に話しかけたら当然このような結果になると分かっていたはずなのになんで話しかけたんだろうとか思い始めた。因果応報とも言うべきだろうか。

「アー…エット…There are no monkeys… because…… they are not…… hungry……」

なんてことを言ってやり過ごした気がする。咄嗟に出た教科書英語だ。僕の教科書英語を聞いた2人はさっきとは違うイントネーションで「OH〜」と言っていた。その後2人は

「Thank you!」

と言って階段を上り続けて行った。階段を上った先にサルはいないのに。僕が言った英語が理解できなかったのだろうか。さっきの「Thank you」は英語を懸命に話す日本人へのちょっとした気遣いだったのだろうか。階段を下りながら、僕は自分の英語力の低さを悔いた。マジで日頃インスタやTwitterを見る暇があったら、1単語でも多く英単語を覚えた方がいいんだろうな。


階段を下り切った時、来年は外国人と話せるようになるぐらい英会話力を上達させよう、と思った。こんな壮大な目標ができたということで、さっきの500円はもしかしたら大きな意味を成したのかもしれない。500円に関しては、そう思うしかないな。


さっき男性と一緒に歩いた道を歩いて、駐車場に戻って来た。気温が高いせいで、このウォーキングの期間中に運転席のドリンクホルダーに置いておいた炭酸水がちょっとぬるくなっていた。


ここまででもうすでに結構歩いている。そうだからか、もうお腹が空いて来た。この後は、お昼ご飯を食べに行こう。


500円のウォーキングでちょっとした目標を得た僕の車は、竜王高原に向かって走り出した。

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