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第十六話 サイレンと2発の弾丸

「丸ちゃん、来てくれてありがとうね」
優華は手元の水割りで口を濡らして言った。
「かまへんで。俺はただこの昭和町というイカれた街を体感したかっただけや。決してお前に会いたいなどという思いは1ミクロンもないで。あっ、こりゃすまん、あんた文系か。早口やけど精神は希ガスくらい安定しとるで。あ、こりゃすまん、あんた文系か。まぁ俺のエネルギーは丸井というでかい質量と早口のスピードからきてるからなぁ。つまりE = mc²、相対性理論やな。あっ、こりゃすまん、あんた文系か。」
童貞特有の早口で捲し立てた後、ペロっと唇を舐めた。
優華は路上の吐瀉物を見るような目つきで丸井を見た。
「あんた理系ちゃうやろ?牛乳瓶の底みたいなメガネかけて気持ち悪い」
「文系じゃ。あとこのメガネは2000円やけども気持ちはレイバンやで。文句あんのか」

そう言うと丸井はメガネをクイッと持ち上げ、ペロっと唇を舐めた。
外からはパトカーのサイレンが聞こえる。
「丸ちゃん来る時銃声したやろ?二発だけやけど」
優華はカウンターから頬杖をしながら問うた。
「その2発"だけ"という感覚はどうにかならんのんか。ここはアフガンやシリアとは違うんやで」

彼女が言うにはここ最近半グレと外国人マフィアの衝突が激しくなっており、先程の銃声も外国人マフィアが経営するクラブに半グレが銃弾をぶち込んだという。
「この街では正義は警察や司法じゃなく、銃やその弾丸にしか宿らんってことやねん」
優華は丸井のおかわりの水割りを作りながらぽつりとつぶやいた。
「半グレってどこのやつが中心なんや?」
丸井は目の前に出されたおかわりを一口飲んで言った。
「東大阪の"弥刀連合"、後は"生野連合"かな。半グレ同士はトップ同士が仲良いから、揉めることはないねんけど、外人はそんなん関係なしに荒らしまくるからドンパチ始まってん」
「東大阪と生野?そもそも西成から流れ込んだ半グレと外人が揉めたんと違うんか?」
「弥刀連合と生野連合が西成侵攻して半グレを潰してん。でも暴動後は商売がしづらいから、昭和町に流れ込んだんよ」
「東大阪かぁ。パスポートさえあれば自由に行き来できるもんな」
「東大阪にはパスポートを持てない人がいっぱいおって、弥刀連合はそういう人らを壁の外に出したり、仕事を与えたりするのが本業やねん。"あの頃の近鉄復帰戦線"の大浦がどっかで繋がってるって噂もあるんやで」
丸井は水割りを飲む手を止めて、片眉をぐっと上げた。

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