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[連載小説]それまでのすべて、報われて、夜中に「第十七話:アンダー・ザ・キンシパーク」

 中高男子校の六年間と浪人生活ですっかり女性との距離感を見失ったボクが就職活動中に偶然出会った理想の女性、麻衣子。ことごとく打ち手をミスるカルチャー好きボンクラ男子と三蔵法師のごとくボクを手のひらで転がす恋愛上級女子という二人の関係はありがちな片思いで終わると思いきや、出会いから十年に渡る大河ドラマへと展開していく―― 著者の「私小説的」恋愛小説。
<毎週木曜更新予定>

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第十七話:アンダー・ザ・キンシパーク

 バイト先のカジュアルダイニング店は、オープン直後こそ客は少なかったが、一ヶ月を過ぎる頃には銀座の買い物客や勤め人で賑わうようになっていた。中でも夕方の時間帯には出勤前にお茶をしにくる並木通りのクラブのホステスで席が埋めつくされた。際どいスリットが入ったチャイナドレス姿のホステスが普通に座っていたり、客でも無いクラブの黒服が別店舗のホステスをスカウトしに来ていたりと異様な雰囲気だった。一見華やかで楽しそうではあるが、一部のホステスの態度には辟易していた。料理が運ばれるのが少しでも遅れるとキャンセルするのは日常茶飯事で、出勤時間と思われる十八時の五分前に一斉に会計に並び、我々がクレジットカードでの会計に少しでも手間取ると「何もたついてんの?遅刻するじゃん。有り得ないんだけど〜」と罵倒した。無論、そんな態度のホステスばかりではなく、高そうな着物をかっちりと着込んだママと思われる人達は、おしぼりを渡しただけでも我々スタッフへの感謝の言葉を忘れず、むしろサービス業のプロフェッショナリズムを感じたものだった。それでも、一部のホステス達の自分と無関係な他者に対する冷たさはボクの心に深い印象を残した。

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 夕方から閉店時刻まで途切れることのない客の波に応対し、疲れた身体で有楽町駅から終電の山手線へ飛び乗った。金曜日ということもあり、池袋方面へ行く車内は乗車率120%くらいに混雑していた。ボクはドアの端にもたれ掛かるように立ちながら、ボンヤリと窓の外の景色を眺めた。

 ふと、窓ガラスに反射する車内の様子に視点を移すと、一つ隣のドアの端、ボクと対角線上の位置に見覚えのある顔があることに気付いた。

「あれは、麻衣子?」

 窓ガラスから目を離し、直接車内を確認するも、混雑している車内で顔の全体が見えない。眼が悪いボクには顔がはっきりと見えなかったが、背格好は麻衣子に似ているように思えた。

 その間に東京駅に到着。麻衣子に似た女性はそこで降りた。降りて追いかけることも考えたが、終電だったこともあり踏み留まった。ドアが閉まって駅を離れた直後から、やはり追いかけるべきだったのでは無いかという後悔の念が押し寄せたが、追いついたところで一体何を話すのだ?とも思った。

 翌日の土曜日は何も予定が無く、昨晩の疲れもあり16時過ぎまで寝てしまった。

 目が覚めたまま、しばらくベットの上で天井を眺めていると、昨日押さえ込んだはずの後悔の念が数倍の大きさになって押し寄せて来た。

「そもそも麻衣子は札幌にいるのではないのか?東京にいる?」

 湧き上がる疑問が押さえられなくなり、確かめる方法は無いかと考えた。しかしながら、麻衣子に直接連絡することは「もう連絡しない」と啖呵を切った手前はばかれる。しばらく考えたボクは麻衣子の札幌の自宅の固定電話に電話をして、麻衣子がまだそこに住んでいるのか確認しようと思った。電話が鳴れば、麻衣子は札幌にいる、それがわかったらすぐに電話を切れば良い。

 万が一、着信履歴が残らないように公衆電話から掛けることにした。家から一番近い公園にある電話ボックスに入り、ダイヤルを回した。

 落ち着いた女性の声でアナウンスが流れる。

「あなたのお掛けになった番号は、移転のため番号が変わりました。新しい番号は、03-5819-xxxxです」

 念のため用意していたメモ用紙とペンを取り出しその番号を書き留めた。

「市外局番03」、麻衣子は東京にいる。

 その場で携帯を取り出し、iモードの検索窓に「03-5819」と打ち込んだ。すると検索結果一覧に「03-5819」から始まる電話番号の企業や店舗の情報が現れた。その内の一つのドラッグストアの店舗情報をクリックした。

 「○×ドラック錦糸町店」

 そのまま駅に向かい、山手線と総武線を乗り継いで錦糸町駅に向かった。

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 山手線沿線で生まれ育ったボクは、都内といえど山手線の外側にある繁華街とは無縁であった。初めて降りた錦糸町に少し心許ない一方で、電話を掛け、麻衣子が住んでいる街を探し当てた行動力に満足していた。なんだか刑事みたいだと思ったが、どちらかというとストーカーのようにも思えて気恥ずかしくなった。

 先ほど調べたドラックストアは駅の近くにあり、すぐに見つかった。そこから先は何の手掛かりもないため、見慣れぬ街を当ても無く歩きながら、麻衣子がどこかにいるこの街の気配を味わっていた。頭の中では、山崎まさよし『one more time, one more chance』がリピート再生していた。ここは桜木町ではなく、錦糸町。

 そんな風に見知らぬ土地で麻衣子を探している自分に酔っていたが、一時間もすると疲れて、子供と大人で賑わう錦糸公園のベンチに腰をかけた。

 ボクは何をしてるのだろうか。
 麻衣子に連絡してみようと思った。 

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Photo by Yanpacheeno

次回、第十八話は3月4日(木)更新予定



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