天皇菩提・通常非公開「安祥寺」東寺の仏像故郷!焼失?出開帳で国宝セーフ!?南山城・湖東・奈良の美仏相当【京都伏見・山科シリーズ】【京都山科シリーズ】
山科区の拝観拒絶「安祥寺」で仏像初公開!!そこには湖東や南山城にいる国宝の十一面観音に負けない仏像が安置されていた!!あの火災がもう少しずれていたら、国宝はこの世から無くなったことになるので奇跡の寺でもある。
そして、東寺の塔頭・観智院に安置の「五大虚空蔵菩薩像@重文」は、かつて安祥寺にあった。
車で行くときは駅近くの有料駐車場になります。とはいえ、なんだかんだ言って神社仏閣に行くと駐車場があるのが京都あるあるなのだが、本当になかった。
変更履歴
2024/05/05 動画追加(https://www.youtube.com/watch?v=tsa_cxN-2DU)
2022/08/31 初版
▼HP
▼アクセス
京都府京都市山科区御陵平林町22
▼本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
最盛期には山科一帯に広大な寺領を有し、上下両所の大伽藍をはじめ、塔頭の坊舎七百余宇が建ち並んでいたと伝えられています。そりゃそうで、平安時代の藤原順子(のぶこ)の発願で、第54代・仁明天皇、第55代・文徳天皇の菩提寺で、国家安泰の祈祷道場とされていたのだから当然か。
拝観謝絶の寺で2019年の春に行われた「京都非公開文化財特別公開」の一環として、本尊「十一面観音立像@重文」が初公開された。
高さ2.52メートルの伸びやかな像で、制作が奈良時代の一木造り。ズバリ!!南山城の観音寺と禅定寺の十一面観音相当です。残念なのは腕が膝辺りまであるのが観音の特徴だが、腕が膝下までないところぐらいかな。と同時に一木でこのサイズはしょうがない気もしたり。あと、頭の化仏は後世に修復されたと思われます。(写真は「春期 京都非公開 文化財」のパネルです。撮影厳禁です。)
内陣中央には本尊「十一面観音@重文」が安置されており、奈良・金剛山寺(矢田寺)の十一面観音立像との類似性も指摘されている。
本尊周りには四天王が安置されている。左の脇壇には広目天と増長天、右の脇壇には持国天と多聞天となっており、増長天像以外は平安時代の作で、増長天像は江戸時代の作だそう。また内陣の裏には不動明王像、徳川家康像が安置されているが、今回は見仏できなかった。その他のお堂としては、本堂の右手奥に地蔵堂が、さらにその右手に大師堂となっている。
本堂と地蔵堂の間に多宝塔跡がある。この多宝塔は今は現存していないが仏像は残っており、本尊は「五智如来坐像」で、2019年に国宝になった(京都国立博物館の寄贈)。
五知如来は851年から859年の創建時の作。かつて、上寺・礼拝堂か五大堂に安置されていたとされている。南北朝時代に荒廃し、下寺に遷され多宝塔の本尊として安置された。1898年に京都帝室博物館に出陳されていた時に、の火災が発生して多宝塔は消失する。。
五知如来坐像は京博HPでどうぞ。
地蔵堂の地蔵菩薩坐像はなかなか見ごたえのある仏像で、奈良に多い地蔵菩薩だ。
あと大師堂に「開山恵運像」「11世・宗意上人像」が安置されている。
「弁天社」が池中の小島に鎮座している。
▼旅行記
▼セットで行くところ
▼仏像展
▽2019年 京都国立博物館『京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-』
「京都の仏像・神像」スペースで、「五智如来坐像@国宝」が展示されていた。令和元年に天皇即位で特別公開された寺で、唯一見仏できなかったのが「五智如来@国宝」だった。初見仏だが、順に阿シュク如来坐像、宝生如来坐像、中尊「金剛界大日如来坐像」で、阿弥陀如来坐像、不空成就如来坐像となっている。それぞれ印相が異なり持仏を持っていたと思われる。あと、阿弥陀如来の袈裟が特徴的である。日本最古の五智如来で、2019年に国宝になった。
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