2018.10.29 セカンドベストを持たないゆうくん

いつからかコーヒーはブラックじゃないと飲めなくなった。
ミルクでマイルドにするなんて考えられない。
苦みをダイレクトに脳で感じたい。

先っぽだけとかぬるいこと言ってんじゃねぇよ。
ゴムつけたら何やってもいいとでも思ってんのかよ。
そんなもんで帳消しになるような罪悪感なら最初から抱いてんじゃねぇよ。
半端な覚悟で抱きに来てんじゃねぇよ。
苦いもんは苦いんだよ。
痛いもんは痛いんだよ。

近所のスタバに行くともうすっかり顔を覚えられているので、
私が口を開くより先に声をかけられる。

「こんにちはー!今日もデカフェ(カフェインレスコーヒー)入れますかー?」

ホントは普通のコーヒーが飲みたいと思ってはいるが、
眠れなくなったらそれはそれでストレスだし、
味はほとんど変わらないからまぁいいや、今日もデカフェで。
あ、お願いしま~す。

カフェインの摂取量を少なくして眠れるようになったかと聞かれれば、
多分ほとんど関係ない程度にしか効果はないと言わざるを得ない日々、
薬を飲んでも2時間眠れないことだってあるし、
15分で眠れるけど短時間で起きてしまうこともザラにある。
要は気の持ちようなのだよね。
どう持てば正解なのか未だに分からないけれど。

デカフェのせいでは全然ないのだろうが、
やっぱり何かが物足りなくて私は、
コーヒーとセットで必ずケーキを注文してしまう。
週5でスタバに行けば、
週に最低5個はケーキを食べるという計算(しなくても分かる)になり、
加えて過食の波に飲み込まれた日には、
砂糖摂取量は致死量を凌駕する天文学的数字をたたき出す始末で、
カフェインを減らしたところで砂糖をそんなに摂っちゃ意味なかろうよと、
きっと誰もが呆れて冷笑。

いっそカフェインを気にするのやめてみよっかなと思った今日は、
店員さんの先回りサジェストをさらに先回りオーダーで制し、

「普通のドリップをショートでください」

と注文した。
何ヶ月ぶりかの普通のコーヒー。
がっつりカフェインということで、
まずはケーキなしで飲んでみようと口を付ける。
苦い。うまい。冴える。
文字通りインされるカフェ、カフェイン。
脳にくる。
ケーキが全然欲しくならない。
眠れなかったらもうやめようと思っていたが夜も普通に眠れた。

何だったんだ今まで。
何で我慢してたんだ。

セカンドベストに甘んじていたから、
余計なもの(ケーキ)を足さないと満足できなかったのではないか。
“2番目でいいから愛して”と言った女の何割が、生涯その愛を貫き通せたか。
愛人が本妻に勝てないわけではない。
ただ、なぜ彼が本妻以外を好きになり、
愛人として貴女と付き合っているのかということだ。

本当は本妻との間に解決しないといけない問題があるんじゃないのか。

貴女が彼のセカンドベストじゃないと果たして言えるのか。
彼が貴女のセカンドベストじゃないと本当に言いきれるのか。

午後6時。
まだまだ私は帰らない。
スタバは飲み干してからが勝負だ。
愉快に「抱かれたい男1位に脅されています」(今期推しアニメ)を観ていると、
ふいに隣りが騒がしくなる。
スーツ姿の男性と保育園の帰りらしき男の子。
会話から察するに、どうやら親子のようだ。

男の子:パパァ、コーヒーはいくつからのめるの~?
パパ:だいたい高校生くらいからかなぁ?
子:じゃあだいたいハタチくらいからだねぇ!
パパ:うーん、高校生だから~、お年は15歳くらい…かなぁ?
子:じゃあほとんどハタチってことだねぇ!ハタチだねぇ!

“ハタチ”という言葉が言いたくてたまらないらしい。
保育園のマセたお友達から教えてもらったのだろう。

パパ:(突っ込みをやめた様子で)うん…まぁコーヒーは苦いし、飲むと眠れなくなっちゃうから、ハタチくらいから飲んだ方がいいかもしれないねぇ~
子:じゃあボクはすぐねむくなるから、のんでもいいねぇ!(と言って父親のコーヒーを抱え飲もうとする)
パパ:わー!だめだめ!ゆうくんだめ!だめです!いけないの、ゆうくんはまだいけません!だめ!これはパパのです!
子:やだやだやだぁ!ちょっとだけだったらのんでもだいじょうぶでしょう?ゆうくんつよいよ!つよいから、くらんくらんにならないよ!

しばし考え込む父。

パパ:ううん…これはホントは秘密なんだけどな、ゆうくんは秘密にできるかな…?
子:え?!なになに?!なぁにパパ!おしえて!ひみつにする!
パパ(小声):本当はね、コーヒーを飲むとね、背が…伸びなくなっちゃうんだ…だからゆうくんは、“もう背が伸びなくてもいい!”って思ったら飲んでもいいよ。分かった?これは秘密だからね。
子(限りなく大声に近い小声):えええええ!そんなひみつがあったの?!パパすごいね!ボクしらなかった!じゃあボクまだのまない…ハタチになるまでのまない…はい、このコーヒーはパパにかえします!

私(声にならない声):あうおあうおうあおあうあうおあう…っ!なんだこれなんだコイツら何なんだこのかわいい2匹の生き物はあぁぁぁぁぁぁ!!!!はあっぁんんん!!!

胸のドキドキがバクバクすぎて、あやうく服が裂けるところであった。
私のブラジャーなんて見たところで誰も得などしない。
せいぜい寒気がして軽い吐き気を催すぐらいだ。
この親子を不快な思いにさせずに済んでよかった。

いやしかし、この世にこんな尊い会話があろうとは!
そしてそんな会話を尊いと思える自分がいようとは!

よかった、欠片でも母性があって。
コロクを可愛がれない自分にはもうないかもしれないと思っていた母性が、
微塵でもあってよかった。
ゆうくんとお父さんにはぜひ表彰状をあげたい。

30分後、“お騒がせしました~”といって親子が帰っていく。
ゆうくんのポシェットにはドラえもんの漫画が1冊だけ入っていた。
“入っている”というより“押し込まれている”といった方が正しいかもしれない。
明らかにポシェットの規格に漫画が合っていない。
角は擦れ、頭は飛び出しているが、
本屋に並んでいる時よりずっと幸せそうに見えた。

小さなポシェットはそのせいで他のすべてが入らず、
だがそのおかげで他のすべてを差し置いても、
大好きなドラえもんだけはいつだって取り出して読めるのだ。

ハンカチ、メイクポーチ、携帯、PC、財布、本、充電器、生理用品…
私のかばんにはいつもたくさんのモノが入っているけれど、
角が擦れるまで使うことはおろか、
全く出番の来ないまま化石になっているモノも多い。

本当に必要なものは、実はそんなに多くなくて、
本当に大切なものは、実はひとつだけなのかもしれない。

セカンドベストを持たないゆうくんはきっと、
まっすぐに人を愛する大人になるんだろうな。

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