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威風堂々。出来る人、そうでない人

現在55歳。いまだ、己という物が今一つ、分からない。

ただ一つ言える事は、いつも威風堂々と1人で道を歩いてきたし、
これからも歩く。

行儀や育ちの悪い事をする時はあるかもしれないが、人としての
筋を外したり、人を騙したりしないからだ、と思う。

写真向かって左の優矢が、昨夜遅くに練習に来たので、こいつが支
度をする間、久しぶりにジャブ、右、左フック、とサンドバッグを
8ozで叩いた。

まだまだ1発は衰えてないなあ、と思いながら優矢の支度を待つ。

時間は深夜22時過ぎ。優矢のパンチを2ラウンド程受け、帰路につ
いた。

先週は、向かって右の錬が家に来て、相変わらず真面目か!という
会話をして帰った。

根本的に2人とも変わらないが、良い青年になった。

こうしてボクシングを辞めた後も接してると「嗚呼、俺はそんなに
間違ってなかったな」と思う。

うちにはうちの、10数年という水質があるので、こいつらの様に
同じ水が好きな魚だけ集まる。それがコミュニティである。
違う水が好きな魚は、自然と他所に行く。

此方が頼んでいないけれど、他所の水を飲み、10数年ぶりにうち
の水で泳ぎにきた魚は、当然ながら出て行かざるを得ない。

こんな魚が、親子でアチコチと馬鹿な事をしてると聞き、やはり
子供が悪いのは親が悪い」という言葉は正しいと確信した。

嘘つきの親を見て反面教師にする子もいるし、似る子もいるから、
結局は師匠と師友が、人の人生を大きく左右する。

誰が何と言おうと子供の教育は、家庭にある。
そして良い友達と良い読書に出会うと、きっといい大人になる。

だから写真の錬や優矢を見ると、家庭と仲良く連携できてよかった
な、と嬉しくなる。

最近の日本はおかしい。

先人の言うことに間違いはない、と言うが、やはりこの国は駄目に
なった。

だからと言って誰のせいにしても仕方がないし、駄目になったから
こそ、よくしなければならんと思う。

きっと、そう思わないと泣いてしまうから、私はいつも誰の前でも
よく喋り、誰の前でも笑い話をするんだろう、と思う。


道の真ん中を歩けない子は、口が先に立つ。

18歳の頃、私は厳しい大人から「いいか、男はアゴを言うな!」
と徹底して教育された。

アゴと言うのは九州では「余計な事を言うな、男が安く見られる」
という意味で、沈黙は金なり、という諺と同義語である。

だから目上の人の前では余計な事は言わず、以来、口で失敗した事
がないどころか、お陰様で今では口で仕事をこなせる様になった。

いつの時代も威風堂々と出来る者は、言いたい事があれば直接相手
の目を見て、言いたい事を言う。

いつの時代も威風堂々とできる者は、優しくて他人を守れる奴だと
思う。

若い時やガキの頃は、余計なアゴを叩かず辛抱して、ただひたすら
為す事をする。そうすれば成る。

どれだけ時代が変わろうと、この原則は変わらない。

威風堂々と、今後も生きていこう。

第三者に迷惑をかけ、悪い事をしたら男は黙って「すみません」。
そう言えばいい。

謝って済まない事なんか、この日本にそんなにあるものか。

威風堂々と道を歩く事は、そんなに難しい事ではない。

こんな事を教えず、気づかない者とは、関わらない事に限る。

さあ、これから壮大なビジネスをやる。

威風堂々と歩ける子達を、多く育てる為にはお金がいる。その教育
に使うお金を稼ぐ。

ただそれだけの為だからこそ、楽しくてやり甲斐があると思うと、
生きてて良かった。切にそう思う。




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