形はないけど
孤独な心は、希望に慰められる。
でも、希望の顔をした欲望を慰みという。
心が満たされるのは、誰かとの間につながりを感じられるとき。
私の感覚でいうと、誰かを愛しく大切に思う感情を感じるとき。
欲しいと思っていたものの多くは、どうでもよくなる。
本当に愛している人と愛し合えるとき、お金の問題が消えてゆくのはよくあることだ。
さて相変わらず「思うように身体は動かない」が、本当に少しずつ回復している。
後遺症に関わってくれている人たちから見ると、びっくりするくらい回復は早いらしい。
しかし「思うように身体が動かない」ことがトリガーになる感情に惑わされることがある。
嫉妬だ。
もっと○○できたらいいのに。
もっと早く歩けたらいいのに、もっとしっかり握れたらいいのに。
もっと疲れやすさが軽くなったらいいのに、などなど。
普通に動ける人が、羨ましい、と。
なかなか厄介な感情だ。
問題なく動けて行きたいところに行き、したいことをしている人を羨ましく感じるのは当然なんだけども。
羨ましさにはまってしまうと、本当にそれ以上何も出来なくなってしまう。
これがだいぶ困る。いやマジで困る。
リハビリへの意欲も、頑張って疲れた身体を休めて回復させる意識もなくなってしまうからだ。
焦りを感じると途端に判断力が鈍る。
動けなくなる。
不思議なもので、嫉妬でがんじがらめになってしまう感覚がある。
自縄自縛とはこのこと。
「思うように身体が動かない」ことは程度の差こそあれ、生きている限り誰にでもあるだろうさ。
そもそも病前。
痛めた膝が曲がらず出来ない動作があることを苦しく思ったり。
内科の先生が、てへぺろで許してくれなくなった体重に悩んだりしてたじゃないか。
(流石に病気で一気にドカンと落ちたけど)
もちろん今は「動かない」の程度が強い。
そりゃそうだ。
相変わらず障害者なんだから。
だけど病前から、今の自分にはないものに対して、不満ばかりを覚えていたような気がする。
僻み妬み嫉み(ひがみねたみそねみ)はやなぎあこ定番メニューだったのだ。
吉野家で言ったら、牛丼とサラダ(おしんこに変更可)と味噌汁セットくらいの。
入店してすぐに馴染みの店員さんが何も言わずに出してくれるレベルには常連。
お恥ずかしい限りだけども。
しかし今は正直、嫉妬していると自縄自縛で動けなくなって余計にしんどい。
体力がもたない。
だからわざわざ、嫉妬に突っ込んでいくようなことはしない。
さらに。
嫉妬するとき、違和感を覚えるようになった。
欲しいと思っているけど手に入っていないものや状態があるとき、嫉妬を感じるだろう。
前はあったのに喪った、も含めて。
私の場合は、今は後者のニュアンスが強い。
だけど。
本当にないのか? と感じるようになった。
もう少し丁寧にいうと。
本当に欲しいものなのか? と感覚が働くようになったのだ。
得たところで、満たされるだろうか?
永続的な幸せやよろこびを感じるだろうか?
見た目の華やかさや刺激の強さに誤魔化されていないか?
感受性は美しいと感じているだろうか?
美しいとされているものだから、美しいものだと思おうとはしていないだろうか?
なんか変だな、という直感を見殺しにはしていないだろうか?
「まがいもの」ではないだろうか?
もし自分を褒められるところを一つあげるとしたら、疑い深さ。
この手の感覚は割と持ち続けている方だ。
基本的な人格はアホだしポンコツなのでもちろん失敗もする。
だけど、おおむねネガティブセンサーに救われてきた。
ネガティブセンサーは、最終的に闇堕ちを回避できる。
個人的な感覚だと、行かない方がいい方向に対して興味を失う。
さっきまであった色がさっと枯れて消える。
ちなみに私は、ネガティブじゃない男性は信用していない。
誤解のないようにいうけど、ネガティブな男性を信用していない、ではない。
ネガティブじゃない男性を信用していない。
陰キャガリ勉が、真実のパートナー最強説を流布したいと思っているくらい。
夫のような普通のサラリーマンのみならず、フリーランスや自営されている方なら特に。
いわゆる金銭感覚、お金の出入りに関してネガティブセンサーがないと、維持も発展もできないからだ。
特に出る方。何に使うか、特に形のないものへの出費は相当センスが問われる。
吝嗇(りんしょく、いわゆる「けち」)は論外。
感謝を表すお金の使い方ができないから。
設備投資や仕事を支える勉強の支出に「えいや」の舵を切る度胸はもちろん必要だけど(専門書なんか高いですよね…)。
ネガティブセンサーがないと自己破壊的な選択をするように感じる。
最悪、仕事を失うこともあるだろう。
センサーが働かず、出来るほど知恵も知識も備わっていないのに、安易に投機(投資ではなく)に走ってしまうのは典型的なパターンに思う。
それに。
ネガティブさがないと「とはいえどうにかなる、どうにかする」というどっしりした最強の楽観が生まれない。
問題のある状況を引き受けて、どうにかして変えようと腹を括れないからだろう。
ネガティブさを嫌ったポジティブさはどこかに「まがいもの」の雰囲気が出る。
明るく見える人が人生への信頼があって明るいのか、上辺だけの明るさなのかは、見抜きたいところだ。
ネガティブだらけ、問題だらけ。
人って完璧じゃないから、多かれ少なかれそんなものじゃないですかね。
でもひどい状況を感じながらも「どっこい生きている」と笑えている人なら。
なんとかなると思いません?
閑話休題。
興味深いのは「まがいもの」への感覚が、病気をして特に発達した感覚があること。
おそらく、これまでの人生経験の中でいちばん、人に助けられたからだ。
動かない身体を動かしてくれる。
洗えない身体を洗ってくれる。
毎日経過を見ていてくれる。
一緒に笑って、一緒に泣いて。
一緒によろこんで。
自分じゃ飲めない薬を、飲ませてもらう。
夜の8時ごろが就寝前の投薬だった頃。
病室のテレビで「チコちゃんに叱られる」を観ていた。
同世代のナースマンがふと画面に目をとめて、わずかの間一緒に観た。
確か、本当は緑色なのになぜ青信号というのか、だった。
ナースマンは一見強面であまり親しみやすい雰囲気ではないけど、でもとても優しい。
困ったことはなんでも親身になってくれる。
同世代のよしみか、打ち解ける瞬間もある。
超愛妻家だと病棟の噂に聞いていた。
あ、俺これ知ってると答えを先に言われたとき、信じにくかったので思わず嘘ぉと答えた。
正解が出て、ほらあ、えーマジでー、と一緒に笑った。
すぐ忘れてしまうような日常。
ナースマンはきっと、もう覚えていないと思う。
でも、私はナースマンと一緒に「チコちゃんに叱られる」を観たことを忘れられない。
病前、リビングで夫と一緒にテレビを観てたときと同じ気持ちを感じたからだ。
コロナ禍で夫とも会えなくなり、夜も長い。
あのとき確かに。
大切な家族と一緒に、テレビを観て笑った感覚があった。
他人だけど、助けてもらっている。
もしかしたら、何もできない私も差し出せているものがあるかもしれない。
今日夜勤は俺と◯◯さんだよ。
おお、それは心強い。
おやすみなさい。
電気消すよ。
うん、カーテン閉めて、扉は開けといて。
カーテン閉めて、扉を開けるんね。
じゃあね。
うん。
おやすみ。
問題は対人関係に起きる。
対人関係の問題に見えないものでも、対人関係が隠れていることが結構ある。
誰かとの関わりで温かな感情の交流がなく孤独に落ちるとき。
人は対人関係から外れ「まがいもの」を求めるからだ。
渇望しているものに触れることができない苦しさは、危険な水でも口にさせる。
刹那の快楽を差し出す「まがいもの」を、間違ってつかみたくなるほど追い詰まる。
一瞬、喉を潤せるなら、と。
孤独な心は、希望に慰められる。
でも、希望の顔をした欲望を慰みという。
心が満たされるのは、誰かとの間につながりを感じられるとき。
私の感覚でいうと、誰かを愛しく大切に思う感情を感じるとき。
欲しいと思っていたものの多くは。
どうでもよくなる。
本当に愛している人と愛し合えるとき、お金の問題が消えてゆくのはよくあることだ。
大好きな人と一緒に暮らしたり、結婚するとこれまで使っていた慰みにかかるお金が必要なくなるからだ。
まだ一緒に居られなくても、ふたりの間に「よろこび」を感じられるなら、求めすぎることがなくなる。
信じてもらいにくいかもしれないけど、身体の障害もどうでもよくなる。
事実として障害は消えていない。
でも、問題ではなくなってしまうのだ。
この感覚をおそらく、病気をしてからずーっと間断なく感じてきた。
他人の愛によって。
だからなのか「思うように身体が動かない」ことがトリガーになる嫉妬を覚えるとき。
ごく身近にいる、私を愛そうとしてくれる人を思うようになった。
形はない。
でも「まがいもの」じゃない。
欲しいものは、これだったか。
満たされて。
現実が変わらなくても問題が消える。
不思議なもので。
病気になって。
障害が残る今の方が満たされている。
不思議なもので。
嫉妬してしまうものは、本当に欲しいもの?
あると感じられる感受性も。
ネガティブさを感じらればこそ。
闇の中にわずかに差す、光をも感じられるから。
希望が、心を慰める。
また頑張ろうと思える。
ないっていうのは嘘だったんね。
ないって脅すものは「まがいもの」なんさね。
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公開記事まとめ
「もっとラブラブに」『恋と仕事の心理学』担当執筆
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