『冬の終わりと春の訪れ』#16

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 先輩とはカラオケで21時くらいまで過ごした後に別れた。先輩は、なんだかすっきりした顔をしていた。

「やっぱ、誰かに言っちゃった方が楽になったわ。ありがとなー」
「いえ、全然。こちらこそありがとうございました」

 僕は僕で、提出用の課題が全て終わったし、1人でいるときよりも気が紛れた。先輩とのカラオケは悪くない。僕が歌わずに他の事をしていても良いのなら、だけど。

 その後家に帰ってすぐ、僕は本棚に入れておいたある原稿を手にした。

『これ、あの子の新年号の原稿のコピー。帰ったら、読んでみて。渡しておくから』

 部長から原稿をもらったものの、臆病な僕はまだこれを読むことができないでいた。けれど、それではだめだと、改めて思う。

『ありがとなー』

 別れ際の、速水先輩を思い出す。先輩は、自分がもう受験生ではなくなったことを他の人に隠しつつも、頑張っていた。その姿はなんだか、遠山さんと重なって見えた。

 彼女は彼女なりに、隠すということにストレスを感じていたかもしれない。

『春は別れの季節だもん』

 あの台詞が、頭から離れない。
 彼女も苦しんでいたのかもしれない。そんなの、聞かなきゃわからない。
 その手がかりが、この原稿にはあるかもしれない。
 何の確信もないけれど、そんな気がした。

 ぱらり、原稿をクリアファイルから取り出す。
 そうして僕は、僕の大好きな蜜柑さんの原稿を読み始めた。


     *   *   *


 夏休み明けのある日。私は、ある一つの出逢いを経験する。その出逢いは私にとって後にかけがえのないものとなるのだが、それを当時の自分が知る術を持っているはずもなく。その人の第一印象は、なんだかすごく行動力のある変な人、だった。
 彼はどうやら、文芸部員である私の作品を読んで私のファンになったらしい。ペンネームでしか知らない存在の正体を知りたがった。そのためだけに文芸部員になることを即決するような行動力の持ち主だった。

 初めて会ったその日から、彼からは沢山の質問を受けた。

「いつから文章を書き始めたのか」「好きな小説は何か」「逆に嫌いな小説は何か」「家族についてどう思うか」「動物は好きか」「愛とは何か」

 ――それはもう、質問攻めにされたのを覚えている。正直引いた。私の反応はわかりやすかったと思う。少々邪険に扱いすぎたかもしれない。きっと彼にも、私が彼に対して苦手意識を抱いたことはわかっただろう。

 反省をしたのか、彼から質問攻めにあうことは初日以来なかった。それどころか、話す機会があってもお互いに必要最低限の会話しかしなかった。私も彼も他人とコミュニケーションを取ることがそんなに得意でないことが影響したように思う。
 一方その頃、来る文化祭の準備が進められていた。我々文芸部は、『文化祭号』の制作に取り組んでいた。勿論彼も一緒に、である。入部理由は大分おかしかったが、製本作業にはきちんと意欲的に参加してくれていた。人手不足だったのもあり、それは純粋に助かった。

 製本作業は順調に進み、文化祭の3日前に部誌が無事に完成した。そして彼の質問攻めが復活したのは、その翌日のことであった。

 部誌で私の作品を読んだという彼は、それに感動して私の教室にやってきた。恥ずかしかったが、正直なことを言ってしまえば、嫌な気はしなかった。自分の作品を認められたのだし、尊敬までしていると言われて、嫌悪感だけを感じる人間などいないだろう。
 それに、製本作業を通して彼があまりに変人すぎるわけではない、ということもわかったのも大きいだろう。前ほど警戒心を抱くことはなく、寧ろ彼と過ごす時間は居心地よく感じた。

 文化祭が終わってから、彼とはほぼ毎日部室で話をする仲になった。それはいつも2人でというわけではなく、他に先輩たちが部室に来たときは先輩も一緒に。最初は彼の質問に私が答えるばかりだったのだけど、段々彼自身の話についても聞くようになった。
 こんなに他人に興味を持ってもらうのは初めてだった。そして私自身、興味を持つようになっていくことに薄々と気づいていた。けれどそれを、認めたくはなかった。

 だって私には、〝終わり〟が迫っていたから。



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