『20年越しのプレゼント』 #3


「結婚しない?」
「は!?」

 突拍子もない発言に、素っ頓狂な声が出る。
 どんな思考の流れをしたらプロポーズに繋がるのかがわからなかった。というか、ムードも何もない。別にそこまでロマンチストな訳ではないけど、それにしても、運転しながら言うってどうなの。

「いや、別に今すぐってわけじゃないぞ? 勿論親への挨拶とかは済ませてからだけど」
「それはそうなんだけど、ちょっと待って。なんで急に? どうしたの?」

 赤信号に引っかかり、車が止まった。彼は少し私の様子を伺いながら、再度口を開く。

「前、家族の話を聞いてから色々僕なりに考えたんだよ。大変だったんだろうな、とか、今でもきっと思い出すことがあるんだろうな、とか」
「うん」
「多分クリスマスも、ろくに過ごせなかったんじゃないか、とか」

 彼の見立ては正しい。私がここ最近ぐるぐると気にしていたことを当てられて、少し驚いた。彼は抜けたところもあるけれど、たまに鋭い。
 私の表情が少し固くなったのを見て、彼は自分の考えが正しかったことを察したらしい。「それで、」と続きを話し始めた。

「どうしたら今までの分も沢山プレゼントできるかって考えたんだけど、物じゃ思いつかなかったんだよね。何が良いかなんて」

 長く赤色だった信号が、青色に変わる。彼は車を発進させながらも話を続ける。

「それじゃあ何年かかってでもプレゼントし続けようって思ってさ。ずっと一緒に居たいって思ったの。それならもう結婚すれば良いじゃんって」
「軽くない……?」
「そう? 僕は本気だよ。愛もあります」

 小っ恥ずかしい台詞だ。言ってる彼が恥ずかしがらないせいか、私の方が恥ずかしくなってくる。彼、こんなキャラだったっけ。
 でも、心が暖かくなるのを感じられた。「愛もあります」その言葉に何故か、すごく安心する自分がいた。
 ――嗚呼、そうか。私が欲しがっていたものを、思い出せた気がする。

「あの、」
「うん」

 何から言ったら良いものか。
 うまく言葉が出てこない私。彼は急かすこともなく、頷いて返してくれる。
 それに更に安堵して、するすると今度は流れるように言葉が出てきた。

「君の予想は正しくて、私、クリスマスは昔から嫌だった。他の子が嬉しそうにプレゼントをの話をするのが嫌だった――サンタさんが、私の望むものをくれた試しはなかったから」
「うん」
「父は、別に最初から酷い人じゃなかったんだよ。4歳くらいの頃、動物園に家族で行ったことがあるのは覚えてる。私は、あの頃の父さんの優しさや、愛情が欲しかった。多分ずっと、それを欲していて、サンタさんにお願いしていた気がする」
「ん」
「でもそれが与えられなくて、父さんは暴力的だった。離婚してからは、シングルマザーになった母さんを困らせるのが嫌で、欲しいものを口に出すことができなかった」
「そっか」
「けど私は多分、ずっと、愛情が欲しかったんだと思う」

 今だから言えることでも、あると思う。
 私は両親からの愛に飢えていた。褒められたかった。認められたかった。愛されたかった。
 自分の欲を口に出すのが怖くなったのは、いつからだっただろうか。吐き出してから、少し怖くなった。伝えても与えられないのは、伝えずに与えられないことよりも怖いことだ。
 けれどその心配は、次の彼の言葉により杞憂のものとなった。

「じゃあ、僕が今までの分も全部あげるよ」

 ポン、左手が伸びてきて、頭に載せられる。なでなで、とその手が動いた。

「愛もあるって言ったでしょ?」

 じわり、目に涙が滲むのを感じた。
 こくり、頷くと、彼は頭の動きでそれを察したらしい。更に頭を撫ででくる。

 ――その瞬間、初めてクリスマスが、少しだけ愛おしく思えた。



クリスマスは昔から嫌だった。他の子が嬉しそうにプレゼントの話しをするのが嫌だった。サンタさんが私の望むものをくれた試しはなかったから。「じゃあ、僕が今までの分も全部あげるよ」その人は、私が幼い頃から望んでいた愛をたっぷりと注いでくれて。その瞬間、クリスマスが少しだけ愛おしく思えた。

~20年越しのプレゼント~
【完】


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お読み頂きまして、ありがとうございました。
また明日の記事で裏話など、少しお話できたらなと思っています。
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