『冬の終わりと春の訪れ』#9

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 クリスマス当日。
 待ち合わせ場所である駅前の時計台の下に行くと、既にそこには遠山さんの姿があった。集合時刻である18時の10分前。少し早かったかと思ったが、その姿に少しの安堵を得る。
 クリスマスに誰かと約束があるだなんていつぶりだろうか。なんだか、不思議な気分だ。

「遠山さん」

 声をかけながら近寄ると、彼女は振り返って手を軽く挙げた。それに返しながら口を開く。

「早いね」
「あの人たち、遅れたらうるさそうだから」
「それは確かに」

 遠山さんは、普段の制服姿ではなくピンク色のコートに白色のマフラーという、なんだか可愛らしい恰好をしていた。足は黒いタイツで覆われているとはいえ、膝丈ほどのスカートなので寒そうである。

「今日雪降るらしいね」
「へぇ」

 僕の言葉に、遠山さんは空を見上げた。もう暗くなってきて空は真っ黒。しかし、ところどころ灰色に見える雲が空を覆っている。

「明日雪だるまでも作ろうかな」
「本気? 僕は無理だ」
「弱虫め」
「寒いのは耐えられないんだよ」

 他愛ない会話をしながら先輩たちの到着を待つ。寒いから移動したいので早く来てほしいという気持ちと、遠山さんともう少し2人で話していたいのでもう少し遅くても良いという相反する気持ちが僕の中では生まれていた。
 そんな想いに包まれているときほど、少し前に速水先輩に言われた、「遠山さんのことを恋愛感情で好きではないのか」という疑問が頭の中にちらりと過る。
 そんなことはないはず、と考えながらふるふると頭を振った。

「どうしたの」
「いや、なんでもないよ」

 僕の様子を見て遠山さんはおかしそうに笑う。その笑顔に少々癒されていると、「おーい」と、速水先輩の声が聞こえた。

「お待たせお待たせ」

 振り返ると、先輩が3人そろってこちらに歩いてきている。模試終わりの筈だが、案外皆元気そうだ。

「お疲れ様です。模試どうでした?」
「バカなこと聞いてんじゃねーよ。ほら、行くぞ」

 僕の問いかけが気に食わなかったのか、速水先輩は僕の肩に腕を回すと強引に歩き出した。「いてて、」半ば引きずられるようにして歩いていく。その後ろを女子3人が談笑しながらついてくる図が出来上がった。
 コンビニで軽くご飯を買って、持ち込みオーケーのカラオケに行く。各々曲を入れていこうという話になったのだが、僕と遠山さんはあまり歌う気にはならず、結局先輩3人が歌いまくっていた。
 僕達2人はそれを見守りながら、ごはんを食べる。

「盛り上がってるかあああ!?」
「いえええええ!!」

 先輩たちのテンションは異様なほど高い。これが模試を乗り越えた受験生の姿なのか。
 僕と遠山さんは言えば、「いえーい」と、ほぼ棒読みながらも便乗していた。先輩たちが歌い狂う中で、僕達はいつものように雑談を楽しむことになる。

「遠山さんはどんな曲を普段聞くの?」
「んー、色々」
「色々って、」
「ほんとに色々なんだよ。あんまりアーティストとかで絞らないの。その当時流行ってるものをなんとなく聞いてる。たまーに少し前に流行った懐かしの曲とかも聞いたりはする」
「へぇ。曲は静かな雰囲気のものが好き? それともテンション高めのもの?」
「どっちかと言えば静かな感じのが好きかな。Aimerのカタオモイとか好きだよ」

「Aimerのカタオモイ!?」

 ふと、僕達の会話に割って入るようにして葵先輩がマイク越しに叫んできた。キィン、耳に若干響く。「うるさい!」と部長が窘めていた。

「えー! 美佳ちゃんAimer歌えるのか! 歌おう! 入れるね!」
「え、ちょっと! 先輩そういう意味じゃ!」

 葵先輩は遠山さんの声を無視して曲を入れようとしている。さっきAimerのカタオモイという単語を聞き取った耳はどこにいったのか、今の葵先輩に遠山さんの悲痛な叫びは届かない。

「割り込み転送~!」

 あっという間に曲が予約されてしまった。
 遠山さんはがっくりと肩を落とし、最早諦めモードである。


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