前編:”三度の飯より山が好き”『雪だるまカフェ』の看板母さんに聞く、白峰の好きなとこ
石川県白山市白峰は、『重要伝統的建造物群保存地区』に選定されており、江戸時代から明治時代初期にかけて建築された民家が軒を連ねている。
これから紹介する『雪だるまカフェ』もそのひとつだが、カフェとなる前は、前住人の退去に伴い取り壊しされる予定だった。店主が買い取りリノベーション後、カフェとしての第二の物語を紡ぐことになる。
このカフェは、初めて来た私ですら思わず「ただいま」と言ってしまいそうな、懐かしさを纏う。それは、カフェ店主の奥様で雪だるまカフェを切り盛りする小田咲枝(73)さんの、チャーミングで温かいお人柄からくるのだろう。
現場でのカフェ作りを一手に担う咲枝さんに、カフェで提供する食事に込められた想い、白峰の好きなことや魅力も含めお話を伺った。咲枝さんのお話からは、白峰の人の暖かさが垣間見えた。
「雪だるまカフェ」の名前の由来は、白峰の白銀世界
冬は世界有数の豪雪地帯となる白峰、多いときには4~5mほどの積雪があるという。静かにさらさらと降る雪は、都会で暮らす私にとって、とても美しく幻想的。
しかし、住民たちにとっての雪は、生活の一部であり、毎日の除雪は骨を折る作業の最たるものだ。
『そんな中でも、地元民には、雪の美しさや楽しさを忘れないで欲しい』という地域住民の有志団の思いから、毎年2月に『白峰雪だるままつり』が開催されている。
このおまつりは、住民それぞれが工夫を凝らした雪だるまをつくり、玄関前に飾るものだ。夜には、雪だるまの周囲に仕込んだロウソクが点灯し、神秘的な空間が広がる。
『雪だるまカフェ』は、「雪だるままつり」にちなんで名づけられ、その名の通り、店内には至る所に可愛らしい雪だるまが飾られている。
地元の名産品や素材のおいしさを感じて欲しい
白峰の名産品を食べて欲しいという咲枝さんの想いから、「おろしうどん」「かましいりこ」「ぼたもち」を看板メニューとして提供している。
「かましいりこ」の原料は、かましと呼ばれる雑穀だ。現在、白峰集落では、咲枝さんしか育てていないが、昔は集落の多くの人が、食用に育てており、馴染みのある食材だったという。
「かましにお湯とお砂糖を入れて、こねて食べる。私が子どもの頃には、"めんぱ"にドバっと入れて食べていましたよ。よかったら食べていってね」
粉状のかましいりこに熱湯を注ぎ、練っていくと粘り気がでてくる。そこに、砂糖を追加していくと、素朴な味にほんのりと甘さが滲みでて、あんこの味に近づくようだった。
練るたびに姿を変えるかましいりこの様子をみながら、「昔、やったことあるかも……」と幼少期の霞む記憶を辿りたくなるような、不思議な気持ちになった。
そして、紫蘇ジュースも特筆すべきメニューである。咲枝さんが育てた紫蘇を元に作られ、鮮やかに発色するジュースは、思わず目を閉じるほどの色彩を放っていた。
まるで、かき氷にかけるときのシロップのような発色。自然界のものは、こんなにも綺麗に発色するのかと、衝撃が走った。
そして、見た目からは想像がつかないほどの、清涼感。口内に紫蘇の香りが瞬く間に広がり、旅の疲れが一気に吹っ飛ぶような気がした。
”三度の飯より山が好き”時間を見つけては、山へ行く
「三度の飯より山が好き。山菜取りにいくのが一番の楽しみ」。目を細めて、クシャっと笑う咲枝さんを見て、とても魅力的だと感じさせられ、胸が熱くなった。いくつになっても、好きなものを好きと声に出して伝えることを、忘れたくない。
咲枝さんが登る白山は、春になると、紫式部や白式部など都会では商品として売られるものが、自然に生えてくる。そのほかにも、ゼンマイ、ワラビ、ウド、アザミなどさまざまな山菜が採れるそうだ。
このカフェには、至る所に咲枝さんが収穫してきた、木の実や花などの”お宝”が展示されている。季節を知らせるように、その展示は変化し、私たちを楽しませてくれる気がした。
信頼、助け合いの白峰
「白峰の好きなところや自慢したいところは?」と咲枝さんに尋ねると、「人間性が穏やかで、人付き合いがよく、助け合いの精神が強いところ」と即答してくれた。
私が感じた白峰の魅力の一つである「人の温かさ」の理由は、咲枝さんの言葉に表れている気がした。
街を歩いていると、住民たちが声を掛け合いながら、雪かきをする場面に何度も出くわす。除雪作業は、自分の家の周囲に留まらず、道路や近隣にまで。
「ここでは、これが日常なのか」。
人と人が自然に助け合う姿を都会で見ることは、あまりない。都会でよくみる風景といえば、電子機器を穴があくのではないかというほどに凝視する人たち。
私が知る日常と、白峰で暮らす人たちの日常との差に驚きつつも、人が助け合い、寄り添う姿に、体温が少し上がったような温かさを感じた。
「また帰りたい」そう思わせる白峰に、もう一度
人は無意識に、人との繋がりを求めているのかもしれない。そして、白峰では、その繋がりの当事者になれる気がする。信頼と助け合いのコミュニティ白峰は、外部から来た私たちをそっと優しく包み込み、招いてくれる心地よさがあるのだ。
田舎は閉鎖的に違いない、この旅では借りてきた猫のように過ごすかも。そんな私の想像を、早々に裏切ってくれた。
またこの人たちに会いたい。そんな気持ちを理解しているかのように、「また、来てね」と話す咲枝さんは、すごく優しくてホッとした。
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