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花園の朝

 暖かな微睡みの底から、ゆっくりと意識が浮上する。ああ、朝だ。確か今日は、騎士団の視察、会食、それから…。覚醒しきらない頭で今日の予定を思い返すが、どうにも思考がまとまらない。まだ眠気がまとわりついている。寝具の心地よさに再び意識を手放しそうになるが、いや、手放してしまおう。きっとまだ朝の支度までは時間があるだろう。

 不意に、ノックの音が響く。

「お嬢様、お目覚めでしょうか。」

 女性にしては少し低い、凛とした声が、扉の向こうから聞こえた。残念ながら、もう起きなければならないらしい。

「ええ、起きているわ。おはよう。」

 声を絞り出し、渋々、重い瞼を持ち上げる。部屋の中は、思っていたよりもずいぶんと明るかった。窓から柔らかな光が差し込んでいる。

「失礼いたします。」

 そう言って入ってきた彼女に合わせて、鏡台へと移動する。椅子に座ると同時に、彼女が背後に移動してきた。毎朝のルーチンだ。彼女に髪を梳かしてもらうところから、朝の支度が始まる。

「本日もお美しいです、お嬢様。」

 これも、ルーチンの一つなのだろう。メイクが終わると、必ず言われる言葉だ。単純な人間故に、これだけで嬉しさが込み上げてきてしまうが、それでも少しだけ、その言葉を疑ってしまうのだ。
 長命の種族である彼女は、10年前、侍女としてこの館に就いたときから、その美しさを変えていない。その上、朝起こしに来るときには、既に身支度を完璧に整えているのだ。そんな彼女から褒められたところで、素直に受け取れないのは、仕方がないことだろう。

 いつもなら、ありがとうと聞き流して終わりだ。だが、今日は眠気故か、想いが少しだけ口をついて出ていった。

「貴方はいつも私のことを美しいというけれど、私からしたら、貴方の方がよほど美しいわ。外見はもちろん、心まで。惚れてしまいそうになるほどだもの。」

「それは…。」

 不意に訪れた静寂。不思議に思い後ろへ振り向くと、特徴的な長耳に、ほんのりと朱が差しているのが見えた。

「…貴方、意外とわかりやすいのね。」

「何を仰っているのか、わかりかねます。」

 やや顔をそらしつつ、彼女が答えた。何だ、彼女はこんなにも可愛らしい反応をするのか。

「…何を笑っておられるのですか?」

「何のことだか、わからないわ。」

 今度からはもう少し、思ったことを素直に伝えてみるのも面白いかもしれない。思わぬ収穫に心を弾ませながら、彼女と共に朝食へと向かった。

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