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沢村正義『柚子をさぐるーゆずの森よりー』フレグランスジャーナル社

柚子が中国から渡来して千三百年以上が経つ。その風味は「東洋のレモン」として人気がある。欧米、東南アジア、中東でも”YUZU”として知られるようになった。そんな柚子について深く知ることができる本である。

柚子の学名は、Citrus junos Sieb. ex Tanaka (Citrus junosはイタリック体が正式)である。日本の学術表記は「ユズ」である。

ミカン科のカンキツ属(Citrus)で、種名がjunos(四国、九州で使われていた「ゆのす」に由来)。Sieb.はシーボルト(Sieboid)、Tanakaは日本の園芸学の権威者、田中長三郎である。

シーボルトは医師としてだけでなく、植物学にも造詣が深く、日本各地で植物採集し、1,400種類に及ぶ植物に命名している。

もともと柑橘は、今から2千万年~3千万年前にインドのアッサム地域で発生したとされる。そこから世界各地に運ばれ、多くの品種を生み出した。柚子の発生は数百万年~1千万年以前の長江上流のチベットあたりと言われている。

柚子の繁殖は、おしべとめしべの受粉から始まり、めしべの基部に胚珠が成長する。受精した胚珠は2ヵ月を過ぎたころ生長を停止する。それに代わって胚珠の周辺にある珠心胚が生長して種子となる。珠心胚は無性生殖なので、親とまったく同じクローンである。

柚子の生産の50%以上は高知県で、徳島県、愛媛県と続く。四国全体で全国生産量の4分の3以上を占める。四国山地の中山間地が中心となっている。一日の気温差(日較差)が大きいところが、柚子を含めた香酸柑橘の適地となっている。

柚子という文言は、『続日本紀』に初めて登場する。宝亀3(西暦772)年6月の項で、19日、「戊辰 往々京師に隕石あり 其の大きさ柚子の如し」とある。遣唐使らの留学生が、長安で生活する中、柚子の種を持ち帰ったではないかと推測される。

京都中心に栽培されていた柚子は、平安末期、平氏の落人の貢献によって、北海道を除く日本全国の中山間地が生産地となったではないかと考えられる。1934(昭和9)年の生産統計によると、埼玉県、群馬県、栃木県など関東圏が主生産地であった。生産過剰の温州ミカンからの転換方針により、四国山地の山村で柚子の増殖が行われた。

柚子は、実生栽培では実がなるまで18年間もかかる。ほとんどの農家は接木栽培の方法による。台木にはカラタチを使うと、3年後には実をならせ、5年で十分商業的栽培を始めることができる。95%は接木柚子であるが、実生栽培にこだわりをもつ農家もある。

柚子は柑橘類の中でもっとも酸度が高い柑橘の一つで、クエン酸が5~6%含まれている。クエン酸は血糖値を上げないエネルギー源として働く。ペクチンの含有量も2%と非常に高く、大腸において便の成形や排便を助ける食物繊維としての役割をもつ。

また、果汁の中のポリフェノール類のフラボイドは毛細血管を強くする働きがあり、リモノイドは抗ウイルス、抗菌作用のほか、抗肥満効果、発がん予防、高コレステロール抑制効果、糖尿病予防など報告されているという。

なお、グレープフルーツに多くあるフラノクマリン類により、抗高血圧薬の効き過ぎが起きるとされる。ブンタン類が含んでいるフラノクマリン類は、柚子のほか、スダチ、カボス、オレンジ、温州みかん、ポンカンでは極微量~不検出で問題はない。

冬至近くになるとゆず湯の便りが各地から聞こえるようになる。平安時代から始まったとする説もあるが、一般的には江戸時代から受け継がれている。柚子果皮には香りの素になる精油が含まれている。リモネンという香り成分は、皮膚の毛細血管を刺激して血流を良くする。ビタミンEの含有も高く、肌の角質化予防効果をもつ。

入院患者の手術前後のストレス緩和のため、ユズ精油が使われる。終末病棟でもアロマセラピーが役立っている。さらに、うつ病の治療に、薬物療法や精神療法の補完医療としてユズ精油などの香りを使用したアロマセラピーの活用が期待されている。

柚子果実は他の柑橘に比べて種子が多い。重量にして果実の2割を占めている。種子は有効な利用法はなかったが、唯一、農家のご婦人たちが家庭で手作りする化粧水があった。乾燥した種子約140グラムを焼酎(甲類、20%)720ミリリットルに入れ、2週間後に種子を取り出す。ペクチンが浸出して粘性のある液体となる。冷蔵庫に保管して1ヵ月を目安に使い切る。なお、今では種子も活用されている。

柚子は国外でも注目されてきている。フランスのピレネー山脈のふもとのエウス村では、柚子の苗木を千本近く育苗し、EU圏内の国に出荷する。スペイン、イタリアにも柚子栽培者がいる。

アジアでは、中国の長江河口の浙江省をはじめ、江西省、湖南省、湖北省、貴州省、四川省などで、20年前から柚子の栽培が始まっている。中国でも温州みかんの生産過剰の兆しが見え始め、日本の先例から、柚子への転換をしている。甘い柚子茶は中国人の嗜好に合うので、自国での生産供給体制を目指している。近い将来、国際市場での競合が予測される。

1988年、馬路村農協の「ぽん酢しょうゆゆずの村」が「日本の101村展」で最優秀賞を受賞し、全国的に話題となった。その2年後、「ごっくん馬路村」という柚子はちみつ飲料を開発して大ブレークとなった。これをきっかけに、日本の食品産業は競って、柚子果汁加工品を開発し出回るようになった。

本書は152頁のハンディな本であるが、高知大学などでの著者のカンキツ類の研究成果が、平易な文章で詰まっている。知っているようで知らない柚子について理解することができる大変良い本だと思う。


















































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