女ふたり、立山で滑る
人生初のバックカントリーは、尻もちをつきながら滑った春の立山だった。
当時は内股女子だったうえにスノーシューでの歩き方もわからず、急登でずるずるとまぁすべるすべる。
「つま先じゃなくて踵を踏め〜」と先輩たちは言うけれど、スノーシューの原理がわかっていないので怖くて足が前に出ない。
滑り落ちて死んじゃうよ〜と泣いてもがく私のザックを後ろから支えて歩いてくれたSちゃんは、きっと走馬灯に出てくると思う。
鹿島槍スキー場みたいな狭いゲレンデ滑走が日常だった私の脳内辞典に、浄土山の地形の大きさは存在していなかった。
だからちょっと滑ったくらいでそれに気付いてもうびっくり。
スノーボードとお尻と両手の4点滑りを仲間へ披露する羽目となり、山は100で滑ってはいけないと大いに学んだ1日だった。
次の年には雷鳥沢キャンプ場ではじめての雪山キャンプを経験した。
前の年にあんなふうだった人間が、標高2,300mの5月の夜が何℃になるかなんて知る由もない。
ちらちら雪も降ってきた。
持参した3シーズン用のシュラフでは夜の寒さに耐えられず、とうとう一睡もできなかった。
こんなわたしにMSRの軽くて丈夫な高級テントを快く借して送り出してくれたスノーボード友達は、本当に心が広いなぁと感心しつつ、己の無知を恨み、これまたうっすいテントの中で震えながらしくしく泣いた。
たぶん人生でいちばん寒い思いをしたのはこの日。
翌日の山行は20代のノリと体力でカバーしたけれど、緊張で行動食も喉を通らず、ちゃんと行動出来ないとコレは死ぬぞと思った。
終電に間に合わない!まずい!
突如リーダーから知らされたピンチ。
2日連続は本気でダメなやつ。
キャンプ道具+スノーボード一式を担いでテント場から室堂駅まで走ったのは肩がちぎれるかと思った。
どこを滑ったのかすら思い出せない。
立山は本当におそろしいところだ、わたしみたいなヤツが足を踏み入れてはいけない、もう2度と来るまいと思った。
時は流れ…
令和5年4月27日
あれから7年、七転び八起き、人生8度目の立山。
女友達とふたり、扇沢発、貸切りの終電で室堂駅を目指す。
わたしたちは最初のバスの車内で缶ビールを10分しないで飲み干した。
中年女子2人が片手にスノーボード、もう片方にビールの空き缶を持ってバスを降りてきても、黒部観光の従業員たちはさわやかな笑顔で接してくれる。ありがたい。
案内されるがままに、ありとあらゆる文明の力に乗り込めば、ぼうっとしているだけで2,500mのオアシスへ連れて行ってくれる。
金にものを言わせれば、がんばらなくともここまで来られる。「観光」とはそういうこと。
室堂駅から歩いて10分のみくりが池温泉にチェックイン。
晩ごはんは遅い時間帯にしたので、2時間弱は余裕がある。
一本登って滑るかなんて話してたけど、ガスガスのガス。
よし。何はともあれ温泉だ。
標高2,400m、白濁の硫黄泉。
染みる。
まだ何もしていないのに染みる。
ぽかぽかになったら生ビールを片手に団らん室へ。
地形図を広げてあれやこれやと明日のルート会議。
お互いの経験や希望、天気、コンディションからタフにならないように数パターン練る。
そうこうしていると晩ごはんの時間。
陶板鍋がテンションを上げる、旅館のような料理の数々。
心配性は年齢を重ねた女性の特性かもしれない。
なにがあるかわからないからと来る途中にATMで3万円をおろしたが、バディも同じ金額を所持していたので、2人合わせて6万円持っている。
ぜんぶ使ったるぞー!とか酔っ払って言ってみたものの、白エビの刺身(1,600円)と白ワインのハーフボトル(2,000円)が限界。
こんな所業を赦してくれているパートナーに頭が上がらない私たちです。
部屋にもどったら早めの就寝準備をして、ちょっとカタいけど心地の良い煎餅布団で熟睡。
朝の早い時間は風が強く雪面はガチガチ。
昼前に晴れるとわかっていれば朝風呂かまして朝食バイキングもしっかり過ぎるくらい食べる。
「ちょっとだけ」とか言いながら横になり、愛しの布団にゆっくり別れを告げてから出発。
平日は人が少ない。
滑ることが目的の人もあまりいない。
サラリーマン辞めてよかったー!
今シーズン、新雪をこうやって踏めるのもあと数回のチャンス。
そう思うと一歩一歩雪を踏み締める足裏の感覚が愛しく、吹き溜りのラッセルもたのしく気持ちがいい。
この日この斜面に入るのは私が最初。
ふぅー、緊張。
風に叩かれまくって吹き溜まった雪が雪崩ないか斜面を横切りカットする。そんなに溜まってないけどギリギリ底付きしない。1番上が最も急なので、ここさえ大丈夫なら下部は気持ちいいはず。
よし!いける!…
ワンターンして目線を地形から足元に移し、ちらっと後ろを振り返る。
大丈夫!!
中間の緩斜面はアイシーで緊張感があったけど、8割方気持ちよくて、最後は目を閉じてワンターンした。
次はあそこがいいかなぁと遠くを指さし登り返す私に、明日の仕事を懸念するバディが冷ややかな目線を送っていることには気づいていた。
「あの面良さそうだな〜行けるかな〜」と迷っていると「行っといでよ!行かないと後悔するよ!下からいい画撮るからさ!」とか言ってバディは背中を押してくれた。
なんとか登って滑り降りた私を拍手で迎えてくれたけど、2人のギャップを埋めるために私の体力を削る作戦だったと後から聞いた。
バディも経験を積んでいる。
明日に疲れを残さない。
これが大人の女の流儀。
ラストスパートに室堂山荘で中華丼をかき込み、思い出し笑いしながら下山。
お互いパートナーを家に残し、当然自然の中なのでヒリヒリする場面もあるけれど、協力しながら山であそびまくる。
自分で考えて、自分で判断して、自分で帰ってくる。
当たり前のことだけど、その満足度をいかに上げられるかが難しくておもしろい。
ほんとまじでお前らいい加減にしろよなって感じなんだけど、こんな雪山パターンもイイなぁ、わたしもオトナになったなぁ、雪よかったなぁ、無事帰ってこられてよかったと、葛温泉の露天で針ノ木方面の未だ明るい空を眺めながら余韻に浸る。
山麓線を通り安曇野から遠回りしての帰り道、里山の南面は藤の花が満開で、それを見てやっと心に思い出が染みていった。
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