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「蔵元のことばかり」つづくこれからの話“白隠正宗”高嶋一孝さんの場合。

こんにちは、山内聖子です。
本連載は、拙書の『いつも、日本酒のことばかり。』の特別企画としてはじまりました。新型コロナ感染症が世間に蔓延するなかで、蔵元さんたちがそれにどう向き合ってきたのか。蔵元さんたちの「今まで」と「これから」について書いていく記事です。
桜井博志会長につづいて登場するのは、静岡県沼津市で“白隠正宗”をつくる、蔵元の高嶋一孝さんです。

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<高嶋一孝さんプロフィール>
1978年生まれ。
代表取締役社長・杜氏
東京農業大学醸造学科出身。
1804年創業の静岡県沼津市にある、高嶋酒造の蔵元杜氏。経営難だった実家の酒蔵を継いで経営を立て直し、今や日本酒業界で知らぬ人はいない人気銘柄へと成長。(高嶋さんが蔵を継ぐまでの壮絶な物語は拙書『蔵を継ぐ』(双葉社)を参照)日本の酒類向上のために昭和28年に設立した、日本酒造組合中央会の技術委員もつとめる。
音楽への造詣も深く、今も現役のDJとして全国で活動中。
好きなアーティストはDavid Mancuso

はじめに

“白隠正宗”は、きっと誰もが好むと好まざるとにかかわらず、あれっというまに呑みほしてしまう日本酒です。
人によって嗜好が違うのは当然のことなのですが、このお酒はそんなのを超越してうっかり呑ませてしまう、やさしくて気さくな魅力があります。
今回のインタビューは、蔵元が頻繁に通っているという沼津の居酒屋「くいもんや一歩」で行いましたが(トップ画面の写真は店主の小池さんが撮ってくださいました)約8時間、白隠正宗をえんえんと飲みつづけ、蔵元と私でたぶん2升くらいはカラにしたと思います。
蔵元いわく「量を飲める酒」を目指しているということもありますが、本人も自他ともに認める超がつく飲んべえで、そんなところもうっかり呑んでしまう酒をつくれる秘密なのでしょう。
高嶋さんは「酒をつくるよりも酒を飲むのが好き」と冗談めかして言っているほどで、お酒をご一緒すると店から店へ転がるようにハシゴをし、一軒だけで終わったためしがありません。さまざまな酒場をハシゴすることで、酒のあり方を深く考える機会にしているとも言っています。
それなのに、コロナの影響で完全に自粛しなくてはならない状況になり、酒場好きな高嶋さんは街に繰り出せない日々を、蔵(自宅)でずっと過ごしてきたわけです。
実は、コロナ禍のさなかはちょうど、酒づくりがひと段落している酒蔵が多く、巣篭もりのように蔵から出ない日々を終え、営業活動も兼ねて蔵元が羽を伸ばす時期とも重なります。
なので、お酒の出荷状況を心配するのと同じくらい、自粛中の蔵元を案じていたのですが、今回のインタビューをしてすぐに、この時期を「けっこう楽しかった」と語っています。
そして、だんだんと蔵元が考える日本酒にまつわる深い話へ。自粛期間を経た今、高嶋さんの心境にどんな変化があったのでしょうか。   山内聖子

むしろけっこう楽しかったんです

今期も酒づくりは5月の連休前までやっていたので、蔵人にも働いてもらっていましたし、そんなに酒蔵の仕事的には支障がなかったのですが、いつもはだいたい3月後半から4月くらいから少しずつ、地元に飲みに出かけたり、県外へ出張する余裕が出てくるんです。酒づくりの期間がアウトプットだとすれば、外へ飲みに行くのはインプットの大切な時間です。
ところが、自粛しなくてはならないので、5月中まで全く飲みに行かない生活を送っていました。今までの僕からしたら信じられないことです。
いつもは、東京や大阪だけではなく、僕が大好きな札幌のススキノに行くのが当たり前だったのに、それが全くできない。最初は僕、札幌にも行けなくてどうなっちゃうんだろうと不安でした(笑)
でも、ふしぎなことに自粛は苦痛じゃなかったし、むしろけっこう楽しかったんです。
いつもなら外にいる時期で、離れているはずの家族ともずっと一緒で、子供たちに柔道教えたり(高嶋さんは元柔道家)毎日、家で料理をつくったり。(以下の写真は高嶋さんが手づくりした料理の数々)

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時間の余裕ができるので、いつも以上に蔵人たちともオープンマインドに接することができましたし、蔵をさらにきれいにしたり、壁に漆喰を塗ったり色々と修繕にも力を入れていたら、なんだかんだと忙しくなって。身内だけにしか会わない日々っていうのは、とても新鮮でした。
4月に入って売り上げが前年比30%までガクンと落ちましたが、
うちはもともと鮮度に気を使う生酒のような、フレッシュローテーションで動かす酒が少ないので、この際、出荷できない酒はタンクで熟成してしまおうと。
もちろん蔵元として、売り上げが落ちてどうしようという気持ちはあったのですが、いつもよりもお酒を寝かせられていいな、くらいにのほほんとしていましたね(笑)
だから、来期はつくる量を減らすかもしれませんが、今期は生産調整をしていません。

今はただ堪え忍ぶことが大切な時期

今年の1月2月は前年比110%くらいの売り上げで、3月も85%だったので、このくらいのマイナスだったら我慢できるかなと考えていました。
しかし、先ほど言ったように、4月に入って売り上げがガクンと30%まで落ち込みます。5月もだいたい同じような売り上げで、こんなに落ちるのかっていうくらい、全く注文が入らなくなりました。
ですから、酒蔵の懐事情としてはたいへんですし、売れない酒のぶんを補填したい気持ちがなかったわけではありません。酒屋さんを通さずに、独自に酒を売ろうという誘いもいくつかありました。
でも、僕としては今、売り上げを補填する策を実行するのが最善なのか、ちょっと疑問だったんです。
つまり、落ちている売り上げの70%は、お世話になっている酒屋さんだったり、その先の飲食店さんなどの影響なのですが、そことは違うところで酒を売って利益を得ることが最善なのか、ということです。
会社の利益のためにはいいことですが、そういう違う出口をつくって酒を売るのって、なんか義理を欠いている気がして。
もちろん、酒蔵が独自に酒を売ることに対してネガティブな気持ちはないですし、批判するつもりもありません。
ただ、僕としてはお世話になっている売り先の人たちを、たいへんな時だからこそないがしろにしたくない。ある程度の内部留保は必要ですし大事ですが、利益を上げて自分の私腹を肥やすことが、僕の酒蔵の大義ではないからです。
そう考えると、今はどうやって売り上げを補填するかではなく、古い言葉かもしれませんが、こんな状況を有意義に過ごせるマインドを育みながら、ただ堪え忍ぶことが大切な時期ではないかと思ったんです。

自粛中につくり手として飲み手として見えてきたこと

今回の状況で、高グルコースの甘い酒だったり、必要以上に酸を強調するような酒ではないスタンダードな日本酒をつくる、というつくり手としての考えは、今まで以上に変えずに行こうと改めて思ったのですが、飲み手としても見えてきたことがあります。
やっぱり、うちの酒も含めて2回火入れの酒がいいですよ。(火入れとは酒を加熱殺菌をして鮮度を保つあるいは過度な熟成を防ぐ工程のこと)
最近は、フレッシュ感を保った一回火入れの酒が多いのですが、そういう酒って麹の独特な香りがまだ残っています。この香りは、酒を飲んでだんだん無意識に酔ってくると鼻についてくるんです。
でも、2回火入れをした酒だとその香りがないので、結局、最後まで手が伸びる。そういう酒の方が自宅の晩酌にはしっくりくるというのが、ほんとうに身にしみてわかりました。やっぱり本来の日本酒って、こういうことだなと。麹の香りが鼻につく酒だと料理を選ぶことが多いのですが、2回火入れの酒だと香りも味も、何かが突出していないぶん懐が深いのでどんなつまみにも合いますよ。
料理を選ぶ酒は、つまみごとに酒を取っ替え引っ替えしなくてはならず、忙しくて落ち着いて飲むことができません。自宅で飲むのにそんなの、めんどくさいじゃないですか。“酒飲み焦るべからず”です(笑)
家で飲むときは、酒に合わせて料理をつくる場合もありますが、ふつうは基本的に“あるもの”で飲むじゃないですか。
そうなると、2回火入れのような味わいのレンジの広い酒じゃないと、毎回腰を据えて飲もうって思わないですよ。特殊な味の日本酒を食卓に置いても、合わせるものがないんです。
今までうちの酒の中で2回火入れは、地元で流通している辛口純米と生酛純米しかなかったのですが、今後、ラインナップを増やすことも考えています。もう誰がなんと言おうと2回火入れの酒を中心にする方向で。
今までは「こういう変わった酒も個性ですね」とか「華やかな酒もいいですよね」なんて、足並みを揃えるふうにして、心にもないことを言っていたこともありましたが(笑)
これからはそういうのは言わなくていいやって、今回の自粛中に痛感しましたね。こんな状況が続いたり、またこんな状況が来るかもしれないのに、いちいち気を遣って本音を隠すなんて、もうしたくない。
僕はつくり手だし、わがままかもしれないけれど、嫌なものは嫌です。ふつうの飲み手に対して、誤解を招くくらいなら回りくどいことは言わずに、自分がつくりたい酒をもうちょっと主張していきたいと思っています。

嗜好品としての役割、必需品としての役割。

今どの日本酒蔵も、消毒用の高アルコールをつくるために、単式蒸留器で蒸留していますよね。でも、単式蒸留器は2回蒸留しないと高アルコールを得られないですし、歩留まりも悪いんです。
なので、僕は少ないコストで高アルコールをつくることができる、連続式蒸留機を購入しようと思っています。
ただ2500万円かかるので、政府に補助金を申請しているところですが、その協力を得られなくても実費で導入することを検討しています。
消毒用アルコールの需要がなくなったら、キンミヤ(甲類焼酎)みたいな無味無臭の酒として売ればいいかな、という発想もあります。
それより何より、こういうものが街にひとつあれば、今回のようにいざってときに役に立つじゃないですか。これも街への貢献かなと。
企業としての社会貢献を考えると、平常時は僕にいちばん近い存在の社員やその家族、お米屋さんなどの仕入れ業者の生活基盤になれるように、僕らの酒蔵が歯車になっていくことが大事です。それが大前提で、プラスアルファ、酒蔵として社会に貢献できたら最高です。
これからの“白隠正宗”は、ふだんは嗜好品として、コロナのような非常時には必需品として、みなさんのお役に立てればいいなと思っています。

(終わります。読んでいただきありがとうございました)

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