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世界の猫案内 その2―写真家・岩合光昭さん―

動物写真家として、世界各国の動物たちを長年に渡り撮影し続けている岩合光昭さん。野生動物のエナジーを感じさせる写真は、世界でも高い評価を受けている。同時に、身近な動物である猫の撮影にも力を入れている。NHKで放送されている『岩合光昭の世界ネコ歩き』を筆頭に、さまざまな猫写真や映像を撮影し続けている。そんな日本を代表する動物写真家・岩合さんへのインタビュー第二弾。今回は南半球の猫たちを中心に話を伺った。

市長に愛される猫たち。

今回のインタビューへ伺った際、まず目に入ったのは岩合さんが着ている黒猫のTシャツ。「前回出なかった地域のことを話そうと思ったので、今回は南半球のほうがいいかなと思ったのですが、このTシャツに書いてある国のことを思い出しました。ネコのイラストの上に『RIGA(リガ)』と書いてあるのですが、これはバルト三国のラトビアという国の首都で、このTシャツはそこで買ったものです」

「NHKの取材で政治家のところへ行くことはないのですが、この国では唯一リガの市長さんのところへ訪問しました。市庁舎が街の中にあるのですが、そこに市長さんのネコたちが出入りしていて、自由に歩いていたんですね。キジトラのオスのムーリスと、白黒のオスのクジャというネコたちです。市庁舎は3階建だったかな、バロック様式の時計塔があったりと、立派な建物なんですけど、受付やら会議室やらを自由に歩き回っていました」。

これは2016年にリガを訪れた時の話だという。そして、リガはネコとゆかりのある街だと岩合さんが続ける。「リガに『猫の家』という、屋上に黒ネコのモチーフがのっている家があるんですよ。ギルドというヨーロッパの商工業者たちで結成される組合に、この家の家主は商人だったのに、ドイツ人じゃなかったから、入れてもらえなかった。それでギルドにお尻を向けるネコのモチーフを置いたそうです。そのあと、ギルドの制度が変わって仲間入りできたので、ネコの向きも変えて今の姿になったとか。ここは観光名所にもなっていて、それでTシャツなども売られているんです」

週に一度、リオの浜辺に現れる猫。

続いて話を伺ったのは、南半球ブラジルの猫について。「ブラジルのリオデジャネイロは、山の斜面にある街がスラム街になっていて治安が悪い。シキンニョはその斜面の中腹に暮らしていました。早朝、まだ暑くなる前、ご主人と一緒にバイクに乗ってコパガパーナまで降りてくるんです。ビーチに降りてきたら何をするかというと、ご主人が最初に砂浜をちょっと掘ってシキンニョの前足を持って、仰向けに寝かすんですよね。普通ネコって仰向けで寝かされるとパッと体勢を変えるんですけど、シキンニョはもう10年もやっているので慣れたもので、リラックスしているんです」。

「シキンニョは写真のような姿勢で1時間くらい、暑くなるまで動かなくて、彼にとってこの体勢は悪くないんだなぁと思いました」。この時、シキンニョとご主人がバイクに乗ってビーチへ来るシーンも撮影したという。「すごく格好良かったのに、番組では安全対策上ボツということになってしまって残念でした。そのあと写真展などではスチール写真をお披露目しました」。

 シキンニョのエピソードには後日談があるという。「この2年後ぐらいかな、彼がさらに有名になった話があるんです。さっき言ったように斜面で事件が多い街なので、テレビのリポーターが事件のリポートをしていたんですね。その時に、シキンニョを乗せたバイクがたまたま通りかかって、テレビ局に『あのネコは何なんだ?』という問い合わせが殺到したらしいです」。

フレディマーキュリーの生まれ故郷の猫たち。

リオデジャネイロで出会ったシキンニョに続いて、2017年に訪れたタンザニアでの話を伺った。「最近は漁港に行ってもネコがいないっていうことが日本でも多いのですが、タンザニアのザンジバルではたくさんいますよ!と言われたので、早朝、港へ向かいました。砂浜の真ん中に堂々といるので、漁師がきたら仕事の邪魔で、追い払われるんだろうなと思ったらとんでもない、みんな知らんぷりしていて、ネコもすごくリラックスしていて、何かを待っているんだなと思いました。案の定、船が漁から戻ってくると、当たり前のように、漁師が雑魚を投げていましたね」

漁港近くにはフィッシュマーケットもあり、猫が多い港だったという。続いて街の様子について伺うと、「ザンジバルの街の中を歩いていると、フレディマーキュリーの生まれた家があったのですが、映画『ボヘミアン・ラプソディ』が公開される前の年だったので、スタッフに教えても反応が薄くて、僕だけが感動していた。でもフレディマーキュリーがなぜネコ好きかっていうと、生家の周りにもネコがたくさんいたからだと思うんですよね」。

ヘミングウェイ『老人と海』の場面に出てくる港。

タンザニアでは撮影の前のゴミ拾いが大変だったという。「ネコって低いところにいるので、ゴミがすごく目立つんですよ。だからそれらが映らないように、まずはゴミ拾いをするところから始めました。キューバでも同じことをしましたね」。そんなキューバで思い出に残っているのは、あの普及の名作に出てくる港だ。「ヘミングウェイの『老人と海』はキューバで書かれているのですが、その小説に出てくる港へ行ったんです。そこにチリから亡命してきた漁師がいて、その人が飼っている2匹の子ネコに出会いました。そこから見える光景が、ヘミングウェイがいた当時とまったく変わっていなくて、『あぁ、ここだったら舞台になりそうだな』と思いましたね」。そんなヘミングウェイも、無類の猫好きだという。

フロリダで暮らす「ビッグフット」たち。

フロリダのキーウェストにあるヘミングウェイの別荘にも、撮影で訪れたという岩合さん。「ヘミングウェイが知り合いの船長から、珍しいネコがいるよ!と言われて譲り受けたのが、多指と言われる指が6~7本あるネコたちです。そのネコたちが別荘で増えちゃったんですよ。今ではその別荘が博物館になっていて、観光客も入れる施設になっているんです」。多指の猫というのは初めて聞いたが、どんな猫たちなんだろうか。

「もうヘミングウェイと暮らしていたネコたちは当然いないのですが、代々受け継がれているので、多指のネコたちが別荘の周りに今も30匹くらい暮らしているんです。別荘だけでなくキーウェストの街に行っても、そういうネコが結構いましたね。中でも僕が好きだったのはビッグフットというネコでした。なんでビッグフットかというと多指だから、指が多いので足が大きく見えるんですよ。僕は抱えて指を数えたのですが、この子は確か7本あったかもしれないです」

世界各国、全国各地を回る岩合さん。

今回の取材では岩合さんの愛猫たちも撮影に参加してくれた。「トモ(智太郎)とタマ(玉三郎)という兄弟ネコで共に6歳になります」。とても可愛らしい猫ちゃんたちは取材中、撮影チームの足元を歩いたり擦り寄ってきたりと、とても人懐っこかった。

最後に世界を飛び回る岩合さんに、今までどれくらいの国や地域へ行っているのかを聞いてみた。「ネコの撮影では世界でいうと70地域くらいは行っています。日本は47都道府県すべて回りました。全国各地どこでもヤマトの営業所はあるので、機材等を送る際にはよく使用しています」と全国を飛び回る写真家ならではのエピソードも伺えた。

エピソードが尽きることがない、岩合さんの猫案内。今後も機会が許す限り話を伺っていきたい。

岩合光昭(いわごう・みつあき)
動物写真家。野生動物の息吹を感じるその写真は「ナショナル ジオ グラフィック」誌の表紙を2度も飾るなど、 世界的に高く評価されている。ライフワークともいえるネコの撮影にも力を入れ、NHK『岩合光昭の世界ネコ歩き』が好評放送中。著書多数。映画「ねことじいちゃん(2019)」「劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族(2021)」で監督をつとめる。岩合光昭 オフィシャルサイト https://iwago.jp/

スタッフクレジット:
photo:Kouichi Tanoue edit&text:Makoto Tozuka
Produced by MCS(Magazine House Creative Studio)

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