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国生みは壮大な王権拡大プロジェクト

やまとみずほの国に生まれて  第一話

隠伎之三子島は宗像三女神 佐渡島は関門海峡

邪馬台国の謎解きとして最も興味をを惹かれるのが、魏志倭人伝に書かれた行程だ。魏の都合のいい位置に書かれていると言われても推理してしまう。そこで「草薙剣は剣山から吉野川支流に流れ出た」に紹介した動画の行程をグーグルマップにまとめた。地図上部の→アイコンをクリックしても、説明は出てくるが、上部右の四角アイコンをクリックすれば拡大表示できるし、データをダウンロードしてマイマップを作成すれば距離を自動測定します。

道のりではなく、直線距離で魏志倭人伝通りになっているのが素晴らしい。したがって壱岐から九州への上陸地が宗像であり、さらに北九州を陸行にて横断する。何故そのまま船で行かないかと言えば、関門海峡を航行するのが難しいのではなく、他国の勢力下のため通行しないそうだ。古事記が実話なら国生みは支配権拡大の記録になるが、最初の淤能碁呂島(おのごろじま)は次回に譲るとして、本格的な大八島は以下の順番に生んだと記述される。

  1. 淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま) - 淡路島

  2. 伊予之二名島(いよのふたなのしま) - 四国

  3. 隠伎之三子島(おきのみつごのしま) - 隠岐島

  4. 筑紫島(つくしのしま) - 九州

  5. 伊伎島(いきのしま) - 壱岐島

  6. 津島(つしま) - 対馬

  7. 佐度島(さどのしま) - 佐渡島

  8. 大倭豊秋津島(おおやまととよあきつしま) - 本州

実話なら島を支配権の及ぶ縄張りの意味でのシマと考えるべきで、日本海の隠岐や佐渡が本州より先に支配されるのは全くおかしい。また実際に秋津島は大和国の異称と言われている。文字のない時代の出来事を後で漢字表記にしているのでおかしいことが起きる。隠伎之三子島と聞いて直ぐひらめいたのは世界遺産に登録された「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群である。

祀られている宗像三女神アマテラスとスサノオの誓約にて同時に生まれた三つ子なのだ。四国から九州へ渡海する際に距離が近い宇佐神宮の辺りから遷されたのではと神功皇后の熊襲征伐から想像した。支配権を拡大する際の土着の神を融合する常套手段を神話化している。アマテラスが遷らせたが、反乱分子を鎮めるため宇佐神宮の建立の際には中央に祀られたように思う。

中国へ朝貢を安全に行けるよう一直線に支配権を拡大し、逆に中国の威を借りて王権拡大する計画なのだ。効率を考えれば朝儀の際には北九州を横断するより船で関門海峡を通過して四国に上陸するに越したことはない。そこで秋津島より先に佐渡島を攻略する。佐渡から狭門を連想した。瀬戸とは海峡のことで狭門の意になり狭門ならサドとも読める。関門海峡を大瀬戸と呼び彦島と本州を隔てる水路を小瀬戸か小門(おど)海峡と呼ぶから決まりだ。

王権拡大した記録の国生みと魏志倭人伝の行程を並べて見ると、一つの結論が出る。それは阿波邪馬台国説が正しい仮説ならばではあるが、神武東征も阿波から始まるので、卑弥呼の時代は大和王権成立前になる。国生みはこの後も続きどうやら畿内から直接船で行けるよう瀬戸内海の島々を攻略する。四国を一月も陸行するのも、来島海峡辺りの支配が出来ていなかったのだ。また四国の道順は侵略されないよう軍事秘密にして誤魔化したと妄想する。

ミステリー好きに古代謎解きは実に楽しい。想像のつばさが広がる広がる。

#創作大賞2023


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