定員割れから超V字回復!愛知東邦大学から学ぶ「0からのブランディング術」
こんにちは、ブランディングプランナーのヤマグチタツヤ(@yhkyamaguchi)です。
最近の気づきは、電話口で名前の漢字を確認された時に「あのTOKIOだった人と同じです」と伝えれば全てが1発で伝わることに気づいたことです。
さて、今回のブランド解体noteは受験シーズンということもあり、「大学ブランディング」を取り上げます。
※これまでの「音楽解釈×ブランディング」は"noteじゃないところ"で近く何か起きるはずなので、それまでお待ちくださいませ!
今回取り上げるのは、ブランディング・PR界隈でも知る人ぞ知る存在の「愛知東邦大学」。
「え、どこの大学?」と感じる方も多いかと思いますが、この大学、世界最大のブランディング専門会社であるInterbrand社が毎年発表しているアワード『Japan Branding Awards 2019』の受賞ブランドの中に彗星の如く突如として現れた謎の大学なのです。
(※ちなみに大学単位での受賞は初とのことです)
(出典:Interbrand)
愛知東邦大学、Airレジ、カルピス。
誰もが知るブランドといきなり肩を並べる謎のマイナー大学......。
良い意味で浮きまくっていますが、この大学、調べれば調べるほどに通常の私立大学のレベルを遥かに超えたブランド構築を行っていることが分かるのです。
詳細は後述しますが「え、あの教授だらけのお堅い大学の中でこれ本当に実行したんですか?」というほどに大胆なブランディング施策ばかりで、企業のインナー・アウターブランディングの両側面に応用可能なエッセンスのオンパレード。
「ここまでやったら、そりゃ評価されるわ......」と思えて仕方がないほどに申し分ない施策ばかりで、これはいつかブランドの秘密を解体したい!と去年からこっそりリサーチをしていました(笑)
というわけで、早速ですが愛知東邦大学のブランド解体に移っていきます!
1.「定員割れの地元大学」から「"一種"の難関校」へ
この大学、もともとは「よくある地元の小規模私立大学」でした。
「少子化の影響から私立大学の多くが定員割れを起こしている問題」はよくニュースにもなりますが、愛知東邦大学も同様の危機的状況にあったそうです。
そうした中、2014年にブランド論の教授を経営学部へ迎え入れたのを機に、上記の課題感から大学全体でのブランディングプロジェクト(以下、本PJ)を本格的に開始することになりました。
ちなみに、このブランディングの結果を先にお伝えすると......
・2015年度:出願者647人 入学者370人
・2016年度:出願者513人 入学者296人(PJ準備開始)
・2017年度:出願者551人 入学者340人(ブランドコンセプト/ロゴ等考案)
・2018年度:出願者684人 入学者402人(アウターブランディング開始)
・2019年度:出願者1,062人 入学者411人
※定員は350人。
2019年度、長い準備期間を経たブランディングが功を奏し、出願者が1,000人を突破。
大学は年度が3月で切り替わるので、2018年4月からアウターへ広報を開始したことを考えるとたった1年でこの結果を出したことになります。
そしてタイトルに書いた「"一種の"」ですが、大学のブランドコンセプトに沿った『自己プロデュース入試』という独自の入試形態を取っているのがその意味合いです。
後述をご覧いただくと分かりますが、既存の入試から考えると人によっては「ある意味、難関校」です。
では、この成功のプロセスをインナー部分から分解していきましょう。
2.教職員を集めての"インナー大改革"
後述の『じぶんブランディング手帳』や『自己プロデュース入試』などのアウターブランディングについ目が行きがちなのですが、実はこの大学ブランディングの肝はその裏に隠れている"インナーの巻き込み力"にあります。
担当者の方にお話を聞ける機会があったので聞いてみたところ、「そもそも大学は企業と違うので"トップダウンで物事を進める"という形が取りづらい」と仰っていました。
では、そのような中でどのように進めていったのか?
大きく3つのステップに分け、順を追いながら説明していきます。
2-1.あえて「ゼミ生の研究テーマ」から狼煙を上げる
まず、とある教員が自分のゼミ生の研究テーマとして「自分の大学のブランドを考える」を設定したところからスタート。
学生たちがアンケートを作成し「在学生の意識調査」(回収は100人)を行いました。
その結果、自分から進んで入学した学生が少なく、反対に下記の理由から受動的に入学を決めた学生が多い事実を炙り出します。
・家から通える
・高校の先生に薦められた
・偏差値が自分に合っている
その後、学生たちはアンケート報告書を作成し、演習発表会で結果を発表。
その他、調査結果に関する音声付きの動画スライドを主だった教職員にデータで送りました。
小さなアクションではありますが、ここから「どうやら大学でブランディングを本気でやった方がいいみたいだぞ」という空気感を作り始めます。
(*上図はイメージです)
2-2.「圧倒的ファクト」で、課題の大きさを共有
こうした機運を受け、理事会でも「学園ブランドの構築」を決議。
そこから「ブランド推進委員会」を教職員7名で発足させ、ブランディングPJを本格的にスタートさせました。
チームを作った彼らがまず行ったのは「圧倒的なファクト収集」。
「単なるイメージや思い込みではなく、まず事実を正確に知ろう。それをもとに話し合おう」という考えの元、「在学生、教員、職員、東邦高校生、東邦高校教職員、保証人(親)、卒業生、就職先企業・保育園・幼稚園」の全3,039名にアンケートを実施。
各ステークホルダーから見える"大学に対するブランドイメージ"を徹底的に調査しました。
そして、そこから浮き彫りになった事実を下図の冊子にまとめ、全員に再度配布。
ここで注目すべきは「配布を"直接したこと"」です。
データ配布でなく、各教職員へ直接のコンタクトをすることで「なぜブランディングPJをやるのか?」をじっくりと説明・理解してもらう機会をつくることができます。
目的として、ただ理事長やブランド推進委員会が決めたことを押し付けるのではなく「全員で考えて創り上げるプロセスを経る」ことで、全教職員にブランドを自分ごと化してもらうことを狙っていたのでしょう。
見逃しやすい細かい点ですが「こうしたところがインナーブランディングの成否を分けるな......」と、深い学びになります。
2-3.全教職員が「ブランドを自分ゴトにする空間デザイン」
次に彼らが行ったのは、全教職員を巻き込んでのグループインタビューです。
1回につき2〜3時間ほど、合計4日間で全教員がリサーチ結果を元に座談会の形式で、それぞれが「どういう大学にしていきたいか?」「どういう学生を輩出したいか?」など意見出しをしていきます。
(*上図はイメージです)
さて、このステップでのポイントですが、実は座談会の議題内容よりも「空間デザイン力」がここでは着眼すべき点なのです。
もしかしたらドラマなどでイメージがあるかもしれませんが、いわゆる「厳格でカッチリとした会議」が大学における会議の雰囲気です(大学によって異なるかもしれませんが)。
ただ、それでは全員の本音が引き出せないと考えたPJメンバーは、通常の会議と趣を変えるために「会議」でなく「座談会」と称し、さらには「コーヒーやケーキまで用意する」という空間デザインを行っていることが、教職員を巻き込む上で実に上手いポイントになっています。
(*上図はイメージです)
上記の効果もあり、教職員からは意見闊達に以下のような言葉が数多く出てきたそう。
「小さな大学だからこそ、学生ひとり一人に向き合える」
「学生はやがて宝石になる原石」
「偏差値だけでは語れない可能性がある」
こうした意見を数多く集め、それらを元にしながら、次のステップで「大学のブランドコンセプト」を決めます。
3.ブランドコンセプトとVI決定
まずブランドコンセプトの定義を説明すると「ブランド活動の中心となる哲学」です。スローガン的に使われることもしばしばありますね。
例えばAppleですと下図のようなイメージです。
コンセプトに紐付いてすべての企業活動が行われることで、どの接点からでも「Appleらしさ」を感じるようにデザインされ、ブランドイメージを想起しやすくする効果があります。
先ほどの座談会で出たアイディアを元に、ブランド推進委員会でブランドコンセプト案を「人材育成に対する姿勢」や「学生に対するメッセージ」、「地域に対する姿勢」など、5つの軸に沿って約20案ほど出し、協議の上で最終的に2案まで絞り込みます。
そして、最終的にブランド推進委員会が推薦し、出来上がったコンセプトは......
「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」
論文『小規模私立大学におけるブランディングの有効性』によると、この言葉の背景には以下のような思いがあるとのこと。
「学生が自らの可能性という宝物に気づき,それを磨き,自分らしい人生を歩んで欲しい,本学の教職員はそのために全力で取り組むという精神を表現している。」(上條 2018)
これに伴い、ロゴなどのVI(ビジュアル・アイデンティティ)も変更。
力強く温かいイメージの2つのオレンジのラインは「自立した学生と教職員」を表現しているとのこと。
双方の中心に生まれた白いラインは、「両者が向き合い、信頼関係を築く中で磨くオンリーワンの力や経験」をも同時に表現し、それが進むべき一本の道になることをも表しています。
「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」がキレイに視覚化されていますね。
(ちなみに変更前はこのようなロゴでした。コンセプト・時代性を反映させ、だいぶスタイリッシュになったことが伺えます)
4.既存の大学ブランドを越えるアウターブランディング
他記事などでも何度も書いていますが、ブランディングとは「ブランド(=意志・哲学)を体現し続けること」。
愛知東邦大学も例に漏れず、コンセプトを体現するためのコンテンツを既存の大学の枠を越え、これでもかと企画しています。
特に目を引かれるのが、以下の2つの取り組みです。
4-1.高校生から自己探索する『じぶんブランディングプログラム』。
この大学、大学入学前の「高校生向けのオープンキャンパス(通称OC)」からすでにブランディングはスタートしています(抜かり無いですね......)。
偏差値で選ぶのではなく「じぶんを考え、じぶんに合う大学に行こう」というメッセージを込めてOCの模擬授業で行われるのが、この『じぶんブランディングプログラム』。
(画像出典:愛知東邦大学)
50分の授業では
・「じぶんの才能・能力はどこにあるのか?」
・「そこからどう一歩目を踏み出すのか?」
といった問いから、インストラクションが行われます。
そしてその後、なんと"1年間、毎日じぶんと向かい続けるツール"である『じぶんブランディング手帳』を配布・活用を促します。
冊子の中では「普段の生活の中では考えないじぶんのこと」を探るようなお題がミッションとして出題される形式になっており、まさに先ほどのブランドコンセプトに紐付いた形で「愛知東邦大学に合った生徒像」や「大学からのメッセージ」を伝えることに成功しています。
(画像出典:愛知東邦大学)
4-2.自分が大学で学びたいことをプレゼンする新AO入試、『自己プロデュース入試』。
オープンキャンパスの後は入試フェーズに移る訳ですが、ここにも愛知東邦大学だからこそのブランディング施策が待ち構えています。
それがこの『自己プロデュース入試』。
「自分が大学で何を学びたいのか?なぜ学びたいのか?学んでどう成長したいのか?」をプレゼンテーションと口頭試問を通して伝え、個人と大学の理念・思想を擦り合わせる"愛知東邦大学だからこそのAO入試"です。
プレゼンを考えるにあたって、大学のシラバスだけでなく、先輩訪問や研究室訪問など、まるで新卒採用さながらに情報収集ができる環境を整えている点も見逃せません。
研究室訪問へ行けば、各教授が名刺サイズのクレドカードを通して「それぞれが大事にしている価値観」を「クレド」という形で学生に伝えるという細かなコミュニケーション設計もされていて、「大学でここまでやるのか......すごいな......」と非常に驚きました。
また、このクレドカードは、教員自らがオープンキャンパスに来た高校生にも積極的に配っているそうです。
このクレドカードにより、教授陣も自身の価値観に合う学生がゼミに来てくれやすくなるため、生徒の巻き込み方としても大変参考になります(ある意味、カードを渡す制度にしてしまえば逃げられなくなりますね笑)
※こちら教授のクレドカード一覧表ですが、広報の観点からあえて下図の文字はぼかし気味にしてあります。
※なお、個人のクレドは大学のブランドコンセプトに紐付けるように考えられており、教職員全員が自分のクレドを掲げているそうです。スゴい......。
実際の入試形態ですが、プレゼン時は下図の「プレゼンテーションシート」を用いて、自分の思いを整理して伝えられるようになっています。
入試説明動画によれば、口頭試問も「プレゼンの中身に対する質問だけ」のようですので、「学生が徹底的に自分と向き合ってきたかどうか?」だけがシンプルに問われる入試スタイルです。
このスタイルは、「オンリーワンを、一人に、ひとつ。」のブランドコンセプトに紐付きながらも本学らしいスクリーニングを兼ねていて、機能性の観点から見ても非常に素晴らしいです。
(出典:自己プロデュース入試紹介動画)
コーポレートブランディングの中でも、この考え方は「採用ブランディング」と同じ構造(入試=選考)なため、採用担当者の方などはこの入試スタイルを参考にしてみるのも良いかもしれませんね。
※過去の採用ブランディング関連noteに、この構造を転用・実践した事例があったので貼っておきます。
まとめ:「個のブランド探索」が成功の大きな鍵
改めて全体像をまとめると、このような形になります。
*「下出民義」は同大学の創設者で「建学の精神」を定めた存在のため、ブランドのコアとして置いています。
約3年がかりで「インナーブランディング→ブランドコンセプト策定→アウターブランディング」を"大学"という特殊な環境ででもやり切ったからこそ、
・昨対比で志願者数約1.56倍
・『Japan Branding Awards 2019』でアワード受賞
こうした大きな功績に至ったのだと考えられます。
そして個人的には、プロセス全体を通して「個のブランド(=意志・哲学)をいかに引き出すか?」に着目していた点が成功の大きな鍵だったように感じています。
『じぶんブランディング手帳』や『自己プロデュース入試』のHowは、まさに「自分の価値観は何か?」「その延長線上でなぜ大学と自分が交差するのか?」を徹底的に考えさせるアウトプット。
この構造は、まさに「インナーブランディング(=個のブランドと企業ブランドとの融点探し)」と同じですね。
偏差値でも知名度でもなく「"価値観"や"思い"」で自分の人生を選ぶからこそ、"なんとなく"で大学を選ばない学生が増え、学びに対して前向きになる構造。
これは、"ミレニアル世代"や"自分で稼げる人"を中心に「自己実現欲求(生きがい・やりがい)>承認欲求(年収・肩書きなど)」へと働くモチベーションがシフトしている構造とほぼ同じです。
そう考えると、企業側はこの事例のように「価値観でつながる組織ブランド設計」の必要性が増していくと考えられます。
・そもそも「企業自体のブランド(=意志・哲学)」は何なのか?
・関わる「個人のブランド」は何なのか?
「個人ブランドと企業ブランドの"融点探索"」。
これらは一筋縄ではいかないですが、「*自社と個人のブランドがどこでどう重なっているか?」を可視化していく視点・スキルは、今後より組織において強く求められていくと推測しています。
*この話まで書くと、また1万字を超えてしまうので別途まとめます(笑)
というわけで!今回は「愛知東邦大学」のブランド解体でした。
また何かピンときたものがあれば解体していきます!
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【音楽解釈からブランディングを気軽に学びたい方向け】
・ELLEGARDENの活動休止から学ぶ!組織崩壊を防ぐためのインナーブランディングの秘訣
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・【5分でサクッと理解できる】忙しい人のためのブランド/ブランディング論
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