ヤマナカ

エッセイを書きます。 文学/音楽/美術/映画/政治/植物

ヤマナカ

エッセイを書きます。 文学/音楽/美術/映画/政治/植物

最近の記事

金井美恵子のA感覚

「尼」と「尻」とを取り違えるということの滑稽さは、頭蓋骨によってなだらかな起伏を与えられた剃髪の頭の骨ばった丸みと、他方で、なべて老若を問わず、脂肪を蓄えてでっぷりと張りだしているはずの臀部の丸みとが同時に想起され、あたかもそのふたつの対蹠的な丸みがあべこべになってしまうかのような錯覚に囚われてしまうことにあるのだが、スタンダールの『カストロの尼』がそのような書字の形態的な取り違えによって、いっそうおかしく書き換えられてしまうのは、たとえば、あのキューバ革命の指導者がカーキ色

    • 魂が傷つけられて

      魂が傷つけられて 春のものたちがよく見えないあるいは そのようなものたちがまだ来ていないのか 花だけを詰め込んだ アラバスタの棺にすがる、 明け方にそのような夢が焼きつけられて 今もまだその焦げたタンパク質の匂いが 鼻腔に染み込んでいる。 乳白色の石の瓶に ひたひたにした水へと夢を吐き捨ててしまっても 燻された粘膜の匂いが流れだすことはないが 焦げ臭い水が、傷ついた魂と乳化する。 魂が傷つけられて 今日はもうあんまりだから 森へ帰りたいと思う、暗い森へ。 わたしの書いた

      • 詩「愛の詩の一息」

        「愛の詩の一息」 詩の一行を書きつける前に 鳩尾からこみあげてくる一息を ふっと吐くとき 漏らすとき 誰の声かと わたしは ふりかえって その声で書きつけるのだということを わたしは知る 恋と熱病との違いを あえて知らないままでいて 病を感染してしまうやもしれぬ 熟れた肺臓の その一息で 倒錯した愛のための一行を わたしは呼吸を止めて書く 呼吸と愛と 風船の赤いゴムの匂いのする 饐えた一息 よく熟れた肺臓は わたしの読むのを待っていて タバコの煙とコーヒーに汚れた 饐え

        • ananの「セックス特集」に注文をつけるべき者は誰か

           ジャニーズ事務所所属アイドルの半裸写真を表紙にいただいた婦人雑誌ananの「セックス特集」は若い世代の女性を中心として、当該アイドルのファンである男女をその主要な読者として想定しているのだと、私たちは思うはずなのだが、狭い範囲であれ、先日来Twitter上でこの雑誌特集が話題にされたのは、上記ファン層の間でというよりは、むしろ「オタク」という言葉でひとまとめにされてしまうものの、彼ら自身がその言葉によって自身のアイデンティティを構築しているという側面もあるのだから、そう呼ん

        金井美恵子のA感覚

          詩「レモンひとつ分のレモン」

          「レモンひとつ分のレモン」 レモンひとつ分のレモンの黄色 そのまま、逆立ちして見ていろ あなたのことばを逆さまにして 吐き出す、曝書。 よく焼けた書物のかさかさとした薫り そのまま、逆立ちして見ていろ 奥付けをはがして、逆さまにして 読み返すレモンの詩 レモンひとつ分のレモンの重さ いぶされた紙の、黄色い気泡が 逆立ちの食道を引っ掻く わたしのレモン、わたしの本 わたしのことばが逆立ちして 見ている。すえた匂いが 逆立ちの食道を引っ掻く。 もう出て来ないのか? いぶ

          詩「レモンひとつ分のレモン」

          女が栗木を植えるとき

          農村でもっともうつくしい風景は、木を植える農婦のいる風景である。しかもその木は栗の木でなければならぬ。 このことはあまり説得力を持たないかもしれない。ミレーの一連の秀作は、ため息の出るようなひろがりのある田畑に小さな小さな麦の穂を探し、みずからの手で拾い上げる女たちの誠実な仕事が、黒くてうすい布で覆われたような、静謐な色彩にまとめあげられ、異国の、そして異なる時代の農村の見たこともない暮らしぶりを伝えてくれるのだし、「ボヴァリー夫人」が乗り合い馬車で見つめる野原の描写も同様

          女が栗木を植えるとき

          重油まみれのシロクマ

          一日中、論文を書いたり、それにまつわる煩雑な作業、要約や、資料の整理、読み直し等をしていて、食事(どうしても作りおきのできるカレーやおでん、といった煮込み料理が多くなる)の時間にすこしテレビを見ることがある。昼にゆっくりテレビを観ることができる若い女性という存在は、仕事をしている人ではもちろん、家事育児に追われる主婦という存在としてもあまり想定され得ないのだが、ワイドショーとか呼ばれる昼のバラエティ番組ではそういった若い女性向けのファッション特集が多く、最近はそれを楽しく観て

          重油まみれのシロクマ

          トイ・プードル、¥486,000(税抜)

          先日、「好きなイヌの種類はなにか?」という話を小学生としていて、わたしは自分が飼っていたことがあって、最近では麻薬探知犬などといって文字通りの「警察の狗」として有名になってしまったビーグル、彼も同様に飼っていたというシバイヌを挙げたのだが、それでは日本で一番飼われている犬種は何だろうかという流れになり、調べる、というかグーグルで検索すると、まぁほとんど分かりきっていたけれど、それはトイ・プードルなのだった。 小学生としては、というかほとんどの人はきっと、では二番目は?三

          トイ・プードル、¥486,000(税抜)

          サン=テグジュペリと低空飛行

          「飛行機は、機械には相違ないが、しかしまたなんと微妙な分析の道具だろう!」 雨の降る夜に、駅から歩くとどうしても足先がじわりと濡れてしまうのを、不快に思いながら家に着くと、郵便受けにチラシがたまっており、水道工事のマグネット式のそれが(自分のポストからでなくても)落ちているのを見るとさらにどっと疲れがやってくる。とりあえず数枚のくしゃくしゃにおしこまれたチラシをひっつかんで読むともなくみていると 「東京上空 騒音 落下物 資産価値低下

          サン=テグジュペリと低空飛行