トイ・プードル、¥486,000(税抜)

先日、「好きなイヌの種類はなにか?」という話を小学生としていて、わたしは自分が飼っていたことがあって、最近では麻薬探知犬などといって文字通りの「警察の狗」として有名になってしまったビーグル、彼も同様に飼っていたというシバイヌを挙げたのだが、それでは日本で一番飼われている犬種は何だろうかという流れになり、調べる、というかグーグルで検索すると、まぁほとんど分かりきっていたけれど、それはトイ・プードルなのだった。

小学生としては、というかほとんどの人はきっと、では二番目は?三番目は?とその先の順位が気になるらしいが、わたしの関心を引いたのはその隣に記載されていた「価格」であって、それが「¥486,000(税抜)」(あくまで参考)という数字だったのだ。もちろん血統書付きのイヌは金銭と交換されて消費される商品なのだということは承知しているけれど、それでも「¥486,000(税抜)」はイヌが消費されるための価格としては考えられない気がするし、無邪気にもニンテンドーのゲーム機がいくつ買えるだろうかと計算してみせる小学生の彼と、税込だったら一年分の学費が払えると切実に思うわたしは一言で言えば、唖然とした、というわけなのだ。

そもそも、たしかにトイ・プードルは多くの人に飼われているが、わたしとしてはそのイヌとしての魅力というか可愛らしさがよく分からないので、イヌの飼い主特有の、自分のイヌにたいするうっとうしいまでの愛情を説かれたところでまったく共感できないし、あえてトイ・プードルを買うというのは、たとえばペット・ショップで売れ残りの、このままではガス室に放り込まれるかもしれないイヌを動物愛護の精神から救ってやるとか、何かドラマチックな動機でもあるのかもしれないと思うほどだが、それでもトイ・プードルは「¥486,000(税抜)」で消費されてゆく。

それではトイ・プードルを買う(飼う)のはどんな人間なのかというと、もちろんトイ・プードルに魅力を感じていて、税込で50万円を超えるような金額を払える経済力もある人間であって、たいていは保守的な中産階級の、物心ついた子どもがあまりにねだるのでオモチャとして(あるいは「家族の一員」として)買ってやることに決めたのだが、ある程度してその「オモチャ」に飽きた子どもに代わって世話の一切を引き受けることになる主婦だったり、ある程度経済的余裕がうまれ、独りの寂しさをなぐさめるべく、タワーマンションに「オモチャ」としてイヌを迎えようとするサラリーマンやOLなのだが、後者のほうになんとなくグロテスクなようすをみとめてしまうのは、多くの場合「モカ」とか「ショコラ」とか「ココア」とかひどい場合には「シナモン」とか、その毛色から連想される嗜好品的飲料やその材料の甘ったるいイメージにちなんで名づけられてしまうイヌ―かく言うわたしもその毛色と、畑をひとつ挟んで栗の木の林が近くにあったからということで飼い犬に「マロン」というフランス語で栗を意味する「甘ったるい」名前をつけたことがある―が、文字通り「大人のオモチャ」として消費されてしまい、そこに「トイ・プードル」というアイロニカルな名前のイヌの宿命を見ているような気がするからなのかもしれないし、あるいは基本的に多産であるイヌが、消費されるために産み、結果としてその仔犬が税込約50万円で買われていく様がたとえば戦前の、貧しい寒村の娘たちが家族を助けるために「身売り」を強制され、娼婦になってゆくというさまざまな映画でなじみのある典型的なシーンを思い出してしまうからなのかもしれない。

いずれにせよ、イヌを飼う人間特有の、自分のイヌに対するうっとうしいまでの愛情から、スマートフォンのカメラで撮られ、SNSで拡散される多くのトイ・プードルを見れば「¥486,000(税抜)」という交換価値が思い出されることになりそうだし、結局トイ・プードルが好きではない、もっと言えば、ダックスフントもチワワもポメラニアンも好きではないというのはビーグルを飼っていたからで、つまりはイヌの飼い主に特有の、うっとうしいまでの、自分のイヌだけに向ける愛情ゆえなのかもしれない。

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